閑話:怒り狂うルルノア



「くッッだらねえプライド出しやがって!!これだから男ってのは!!!!」


 ルルノアは荒れていた。原因は明らかである。ガリアンのせいであった。


 ガリアンが一党を解散させて数日、彼女はアンサドレアの砂海にて単独行動していた。


「タップもラージルも!!黒樽の腹黒ヒゲも清楚ぶったあの年増騎士も!!なァにが『ガリアンの覚悟』だ『優しさ』だ——馬ッッ鹿じゃないの!!!???」


 ドパンッッッッ!!!


 広大な砂海。うねりをあげて荒れ狂う砂が波を形作る魔境。それをものともせずに、ずんずんと進んでいくルルノア。


 苛立ち混じりに拳を打ち付けた砂丘が吹き飛び、大量の砂が彼方へと消える。


 散弾と化した砂粒が周囲をうろうろとしていた仙人掌駱駝サボテンラクダを貫き絶命させる。打ち上げられた砂海魚サンドフィッシュが幾匹もあたりに散らばる中、鬼神もかくやとあらんばかりに暴れ狂う彼女は防砂ゴーグルの中を涙で満たしていた。


「あんな安っぽいヒロイズムお涙頂戴に浸って自分一人で行こうなんて——絶対に許さない」


 一党や旅の仲間でただひとり、ルルノアはガリアンへの敬意を持たぬ女であった。


 それはガリアンを下に見ているという意味ではなく、また恩を受けたことを無碍にしているのでもない。


「あのクソガキがピーピー泣きながら飛龍に追いかけられてる時、アタシの盾がなきゃ消し炭になってた」


「アイツがいなきゃ大砂虫に喰われたマヌケのアタシは今頃このへんでクソになってる」


 ルルノアはガリアンの仲間だ。彼女があの男を救うのは当たり前のことであり、その逆もまたそうなのだ。いちいち、仲間に救われた救っただのと——戦場にはそんなセンチメンタルな暇はない。


「アタシたちはひとりじゃ勝てない。だから次も一緒に行く。それだけの……それだけのことだろうがァッ!!!!!!」


 ガリアンは死なないのだから命を一方的に救われているこちらには借りがある、などとラージルやサティアはしきりに言う。


 しかし、ルルノアの考えは違う。死ななくとも痛いものは痛いし、嫌なものは嫌に違いない。


 人間なのだから。


 それをこちら一党は背を預けあいカバーしているのだから、貸し借りなどない。ガリアンとルルノアは全くの同列。そこに強さや借りや尊敬などという不純なパワーバランスはなく、ただ信頼で固く結ばれた運命共同体であること。それがルルノアの考える仲間の姿だった。


 他の仲間の言うじめじめとした感情のあれこれは彼女から言えば『おままごと』染みていて面倒な話なのである。裏を返せば彼女だけが精神的に対等にガリアンの隣に立っている、と言えるだろう。


「ファティヒとサティアはまあいいわよ。アイツらには預かってる部下が山ほどいるんだから、準備やなんかで別行動になるのはね——」


「ラージルも教会ぶっ壊してくるって言ってたから許せるわよ……アイツら前々から偉そうでムカついてたし」


「——ンで、タップはどこで油売ってんのよ!!フツー盾役タンク一人で未踏破地帯進ませる!??!!?ふざけんな!!」


 どかどかと地面を殴りつけるたびに砂塵がもうもうと舞い地形が変わっていく。毎秒姿を変える砂海の只中であるために影響も少ないが、これが草木の茂る平原であれば池の一つでも出来そうな勢いだ。


「どいつも!」


「こいつも!」


「自分勝手で、ろくでなし!!!!」



「全員で行った方が勝率高いに決まってんだろ!!!!バカか!!!!?!?」


 顔を真っ赤にして怒り狂いながらも、ルルノアは目的地への歩みを止めることはなかった。砂海に足を取られ、背に負った大量の荷物を抱えてもなお、全くその足に衰えを見せない。


「だいたいアタシは——世界なんざどうだっていいんだよ!!!」


「世界が霧に覆われる?知るかッ!!!」


「アタシは身の回りの、自分が好きな人間と楽しく暮らせるなら他のヤツなんかどうだっていいのよ!!!」


 「いい加減にしろ!!」


 怒号が砂海に響き渡る。ルルノアは砂丘を拳で殴り飛ばし、撒き散らされた砂が強風のようにうねりを作って周囲を巻き込む。


 ドパンッ!!!


 巨大な砂の柱が舞い上がり、周囲の地形が大きく歪む。静寂を好む砂漠の生き物たちはすっかり息をひそめているが、この異様な騒ぎに惹かれた者たちもまた現れる。


「グオォォオォォオ!!」


 低い咆哮が響く。砂丘の向こうから現れたのは巨大な砂蜥蜴リザディオスの群れである。薄茶色の鱗を纏い、鋭い爪と牙を剥き出しにしながらルルノアへ殺到する。


「何よ……うるさいって?こっちの台詞だァァ!!」


 ルルノアが雄叫びを上げ、疾風のごとく砂蜥蜴の群れへ突進する。咆哮を上げて迫る巨獣に、拳を叩き込んで弾き飛ばす。飛ばされた蜥蜴は砂海に叩きつけられ、悲鳴すら上げる間もなく沈んでいく。


「ガリアン、アンタはいつだってそうよ!ひとりで背負い込んで!」


 吼えながら彼女はさらに拳を振るう。叩きつけられる蜥蜴たちは次々と散り散りになっていく。


 静寂。


 ふりしきる砂を一身に受けながら脳裏にガリアンの声が蘇る。あれはいつのことだったろう。


『ルルノア、お前はやっぱりすげえよ。お前がいるから安心して前に出られる』


 いつかの戦場で、ガリアンが微笑みながら彼女に語った言葉。無邪気で真っ直ぐな、無防備なまでに信頼に満ちたその言葉に、ルルノアは柄にもなく照れてしまったのだ。



 恥だった。

 彼女がこの言葉を生涯忘れることはないだろう。



 嬉しかった。まるで師に褒められたように、親に頭を撫でられたように、主人に餌を貰った犬のようにルルノアは嬉しくなってしまったのだ。


——あの・・ガリアンがアタシを褒めている。他の誰でもない、このアタシを。


 欲が満たされた。誇らしく、嬉しかった。


 一拍遅れて気付く。


 これが本当に仲間の姿か?


 そんな体たらくで何が対等、何が仲間か。


「アタシはッ、アンタに認められたいわけじゃない!」


 一際大きな砂蜥蜴が襲い掛かる。獰猛な眼差しで突進するそれを、ルルノアは地面を蹴り上げて跳躍し、頭上から強烈な蹴りを叩き込む。重たい音を立てて砂蜥蜴は地面に沈み込み、静かに息絶える。


「アンタを——アンタを助けてあげたいの……アンタの前にいる敵を全部やっつけて、ゆっくり休んでろって、そう言ってあげたいのよ……」


 荒い呼吸を整えながら、ルルノアは辺りを見回す。全ての蜥蜴を打ち倒し、辺りには静寂が戻っていた。


「なのにアンタはアタシを必要としないのよね。ふふふ——アタシはそれが一番ムカつくのよ。自分のクソみたいな弱さが」


 ふと視界の端に違和感を感じた。吹き飛ばされた砂丘の底、そこに人工的な石組みが見える。


「これは……?」


 近寄って砂を払いのけると、一軒家ほどの面積の大きな岩が扉のように一面を覆っている。彼女にとってはさして重いものでもない。指で岩を貫いて取っ手にすると、ぽいと放り投げた。


 すると、黴と古びた空気の香りが漂った。石造りの階段が下へ下へと続いているのが分かる。


「遺跡……?こんなところに?」


 好奇心と不思議な予感に突き動かされ、彼女は躊躇なく遺跡の中へ踏み込んだ。ガリアンの危急であるという意識を失わないままに。


 長い階段を降りた先、薄暗い空間の中央に鎮座する台座。


——黴の臭いが、しなくなった?


 そこは不可思議な清浄さに満ちていた。規則正しく成形された石畳が敷き詰められ、その側には水路じみた設計がなされている。


 石の隙間には苔が生い繁り、青々としたそれは見るものに癒しを与える清潔さを保っている。


 中央に置かれた台座には細かく彫刻が入り、この空間が何か大切なものを祀っていることを言葉なく理解させる。


——ファティヒやタップなら何時代のものだとか分かるかも。


 その上には青く淡く輝く一対の腕輪が置かれていた。


「……なに、これ?」


 彼女が腕輪に触れた瞬間、身体に柔らかな光が流れ込み、力が満ちていく感覚に包まれた。


‎『قوتي أمنحك إياها.我が力、汝に授けん。أنت تنقذ أصدقائك仲間を守れ、強き者よ


 どこからともなく響く、厳かで優しい声。ルルノアは思わず微笑んだ。


「こういうご都合主義——アタシ嫌いじゃないわよ」


 そう呟き、彼女は腕輪を身に着け、力強く遺跡の外へと足を踏み出した。

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