第6話

 俺は、手の中で固く握りしめたスマホを見下ろした。ここで、クラブとして認められなければ、俺たちはどうなるのか。


 路上ライブか……。今回はゲリラ的にやったが、毎回やるとなれば、警察の許可も必要になる。果たして高校生の俺たちに路上使用の許可が下りるのか?


 例え許可が取れたとしても、人気の場所はすぐに取られる。インディーズとして人気を上げるには、最初は高校を利用する方が遥かに楽だ。そもそも高校ならば人気に火がつけば、高校生のファンが確保しやすい。


 しかも、日々の練習も高校の方が時間効率がいい。

 

 なら、どうしても生徒会長に認めてもらう必要がある。


 リラは過去の自分を乗り越え、ここに立った。それなのに、俺が過去を隠して震えている場合じゃない。俺たちは、未来のためにここにいるんだ。


 決意を固めると、俺は静かにスマホのホーム画面を開いた。


 ずっと使ってきた懐かしい『SORA Manager』。俺は自分の作曲した曲をボーカロイドSORAに乗せて、多くのファンを獲得していった。

 だが父親に拒絶されたあの日、すべてを凍結した。


 あの日の父親の俺を蔑む表情を思い出すと指が震える。だが、立ち止まっていたら何も始まらない。俺は意を決してアンロックを押した。


 SORAのチャットサーバー管理画面が立ち上がる。懐かしい、ここはあの時のままだ。停止状態だった公式アカウントを、俺は手動で書き換える。


 【SORA】から【YOZORA】へ……。


 名前だけじゃない。プロフィールも、アイコンも、未来に向かって全部更新していく。もう、ボーカロイドじゃない。これは歌姫の物語なんだ。


 《新生YOZORA、始動。》


 俺は短いメッセージを打ち込むと、更新ボタンを押した。


 その瞬間、ピコン!


 スマホが小刻みに震えた。

 その後、止まっていたログが素早い速度で流れ出す。ずっと待っていてくれたSORAのファンたちが、一斉に湧き上がったのだ。


 (え!? SORAが復活!?)

 (SORAじゃないよ。YOZORAだよ!)

 (えっ!? ボカロじゃないの!?)

 (YOZORAって何!?新曲!?ライブ!?)

 (場所はどこでやるの?)


 タイムラインが、怒涛の勢いで流れていく。


「なあ、音弥どうしようか?」

「昔の友達に手伝ってもらうよ」

「手伝ってもらうって、音弥ボッチだったじゃん」

「リアルではね」


 俺はそう言って、スマホ画面を見せた。凄い速度で流れていくタイムラインをリラは目を大きくして見ている。


「え、ええええええ!? なにこれ、なにが起こってるの!? SORAって何?」


「音弥、もしかして……! おまえ……」


 和人が俺を振り返り、信じられないものを見る目で俺を見た。


「和人はSORAのこと知ってるの?」


「知ってるなんてもんじゃねえよ。SORAって言えば、ボカロ界では神と呼ばれる存在だぞ。確か、半年ほど前に突然休止を宣言した。お前がSORAなのか!?」


 俺は、和人の言葉に小さくうなずく。もう逃げてなんていられない。


「……ああ。俺が、そのSORAだ」


 和人は、しばらく何も言えず、唇を震わせていた。


「……マジかよ……俺、ずっと……ファンだったんだぞ……!」


「ボカロで有名人って、音弥凄い人じゃん」


 そして和人が、俺の肩をがしっと掴んだ。


「最高じゃねぇか!!」


 駅前ライブはもう終わってしまった。この場所を告知したって仕方がない。


 ただ。


 スマホの中では、確かに世界が動き始めていた。


 (YOZORAの新曲、聞きたい!)

 (ボカロじゃないって、じゃあなんなんだ)

 (早くYOZORAの新曲を聴きたいよ。YouTubeにアップされてないの?)


 俺はSNSに本日YouTubeに公開予定と書き込んだ。


 (うわっ、告知だ。絶対見るよ!)

 (俺も! 俺も! 見るわ)


 一つ、また一つと共有され、ハッシュタグが生まれ、ファン同士のリプライがつながっていく。


 リラが小さな声で言った。


「……すごいね。……みんな、私たちの曲を待ってくれてるんだね」


 俺も、そっと画面を見つめた。


 (やったSORA、いやYOZORA始動だよ)

 (いつアップされるの? 待ってられないよ)


 これはまだ、小さな、小さな灯りだ。


 だけど、きっとこれは消えない。

 どこかの誰かが、この声を繋げてくれる。


 リラは期待を込めた目で俺を見た。


「ねえ、YouTubeにアップする動画っていつ撮るのよ!」


「俺のマンションへ戻ろう! そこで撮影するよ!」


「へえ、楽しみ!」


「マジか、俺もYouTubeデビューできんのかよ!」


 リラは歌声を失うと同時に未来を失った。俺は父親に罵倒され、俺の技術ではオタク界隈でしか通用しないことを思い知った。


 どんなものをも利用し、父親にリラが歌姫だったことを思い出させてやる。


 まだ誰も通ったこともない階段を、確かに未来の足音が静かに駆け抜けていく息吹を感じた。


 父親にリラを、いやボーカロイドYOZORAを認めさせてやる!

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