方舟戦記~寵愛の神子姫~

ゆきやこんこ

第一節 『ありがとうのおまじない』




 けここっこー!

 ニワトリさんの鳴き声が、朝餉あさげの時間を教えてくれる。


「んぅ、うぅん……。さむぃ」


 障子の隙間からやって来る冷たい風に、ボクは急いでお布団の中にもぐる。

 ぬくぬくで、ぽかぽか。とってもあったかい。ミノムシさんの気持ちが少しだけ分かった気がする。


「きょうはこのまま寝てたいなぁ……」


 まぶたが頬っぺたとくっついちゃう。もう目が開かないよぉ~。

 でも──、



「──おはようございます、折姫様。朝餉あさげをお持ちいたしました」


 朝餉あさげはいつも決まった時間にやって来る。

 だからお寝坊なんてできない。


 折角のご飯が冷めちゃうし、作ってくれた人たちが悲しんじゃうから。

 ちゃんと一番おいしい時に、食べないと。


「ふぁ~い」


 お返事をする時に、あくびも一緒に出ちゃった。


「今日は白川産のあゆの塩焼きに、安土産の大根おろしを添えてます。ゆず醤油をちょっとかけて食べると、油っぽさが消えるのでオススメです! 玄米の方もおかわりたくさんあるので遠慮なく言ってくださいね~」


「うん……」


 頑張ってお布団から出ると、女中のお姉さんが朝餉あさげの用意をしていた。


 桜柄のお茶碗にほっくほっくの玄米をよそい、お味噌汁の入ったお椀のふたをそっと開く。

 ふわりと香るお味噌とだしの香りを嗅いだ瞬間、ボクのふにゃふにゃ頭がぴぴーんと冴えた。


「いただきま~す!」


 食べる前にありがとうの気持ちを、元気よく言う。

 それからボクは桃色のお箸を持って、まずは温かいお味噌汁に手を伸ばす。寒い朝は、まず身体の温まる汁物から味わうの。


「はぅ……」


 ぽかぽかだぁ~。やっぱり朝はこれだね~。


「このあゆもおいひぃ~♪」


 お塩加減もちょうどよくて、玄米もぽいぽいお口の中に入ってく。

 それに脂のまろやかさがお塩のピリピリを消してくれるから、とっても食べやすくて幸せだぁ~。


「おかわりもありますよ」


「おかわり~!」


 ボクはすかさず、鮎の塩焼きをお願いした。


「はむっ、んぅ~♪」


 今度は、大根おろしをちょびっと乗せて食べてみた。

 ちょっとだけ舌がピリリと痺れた。でも、脂のたくさん乗った鮎はとってもさっぱりしてて、さっきよりも、もっとおいしく感じた。


「このゆず醤油もさいこ~だぁ~」


 醤油のしょっぱさとコクに、ゆずのすっぱさとすっきりする香りが一緒になって、鮎のおいしさがもっとも~っと増した。


「まだまだおかわりありますよ」


 ボクの気持ちを分かってるなんて、このお姉さんはデキる人だ。


「あと十匹ほしい~!」


「さ、流石に、十匹はご用意してないです……。あと五匹ならあるんですが……」


 驚かせちゃったかな?

 でも、あと五匹は食べられるみたい。


「じゃあ、五匹~!」


 うれしくて声がピョンピョンしちゃう。だって、まだ食べられるんだもん!

 あっ、ついでにごはんもおかわりしよ~っと♪


「分かりました。でも、残したら怒りますからね~?」


「もっちろ~ん♪ たべものは粗末にしちゃだめって、紗季お姉さまに言われてるから、残したりしないよ~♪」


 紗季お姉さまにおしりペンペンされちゃうんだもん!

 言いつけはちゃんと守らないとね!


「てことで、ごはんおかわりぃ~! あとお味噌汁も~!」


 ボクのお腹は、ぶらっくぽーる?

 だから、たっくさん食べてもへっちゃらなんだぁ~♪


「ぷはぁ~! 食べた食べた~♪」


 ぽこぽこお腹をなでなでしながら、ボクは畳の上に寝っ転がる。

 でも、すぐに起き上がった。


 ひとつだけ忘れてることがあったんだ。

 それはね──、



「──ごちそうさまでした!」


 食べ終わりのあいさつ。ありがとうのおまじない、だよ♪

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る