第46話 アンナ・スクエア

アンナ・スクエア。


この名前に疑問を持ち始めたのは、いつ頃だったでしょうか。


お父様にあんな事を言われるまでは、私はそんなものに疑問を持ったことはありませんでした。


「お兄様...どうして」


政略結婚。


それが私に課せられた使命。


つい最近までは、それでいいと思っていました。


サラと離れてしまうのは辛いけれど、両親とお兄様と離れる事は辛くなかったのです。


「優しくなんてするから...」


それが嫌だと思ったのは、あの夜会を終えて、屋敷に戻ってきた頃からでした。


お兄様の態度が変わり、サラに使用人に、そして私に優しく、そして楽しませてくれるようになりました。


そんな感傷に浸っている時、私の部屋を誰かがノックしました。


「アンナ、俺だけど」


「はい、どうしましたか?」


「いや、少し聞きたいことあって、今時間いいかな?」


「...私はまだ怒っていますよ?」


嘘です。


もう怒ってなんていません。


それでも嘘をついたのは、今はお兄様と話したく無かったからです。


「そうか。じゃあ適当に話すから聞いといてくれ」


「...勝手にしてください」


「アンナって両親のこと好き?」


それは何の前置きも無い言葉でした。


そして、今私が考えていた事。


「どうして、そんな事を?」


「サラから聞いたんだけど、アンナって両親からの扱いあんまり良くないでしょ?政略結婚の話やら夜会やらで疲れるだろうし」


その全ては私が考えていたこと。


今までそんな事を言ってこなかったのに...


「それが公爵家の...アンナ・スクエアとしての役目です」


「んー、別に役目って思うのは良いけどさ。本当に嫌なら言いなよ?」


「お兄様は...どうして、そこまでお節介になったのですか?今まで通り傲慢に振舞っても良かったはずです」


(それなら、私だって...)


「そんな事言うけど、いざ傲慢に振舞ったら蹴られるでしょ?それに、もうそんな事しないよ」


「...どう...して」


私は今の言葉を聞いて、タガが外れてしまいました。


流すことも止めた涙が溢れてきて、言葉を止められなくなりました。


「お兄様はどうして、私に構うのですか!正直に言いますよ!お父様もお母様も好きではありません!お兄様の事も昔は嫌いでした」


「そうだね」


「それなのに...今!お兄様やサラ、セーナ嬢と話すことが楽しくて...すごく幸せなんです...それなのに...」


「うん、なら俺が手を貸すよ。嫌な事はしなくていい。アンナは俺の妹だから」


そう、妹。


私はスクロス・スクエアの...義妹です。


きっと、お兄様はその事を知らないから、こんなことを言えるのです。


「やめてください。私がどれだけ嫌だったとしても、それが私の存在意義です」


「どれだけ、自分の価値下げてるんだ?悪いけど、俺はそうは思わない。サラも、セーナもそして、アンナが関わってきた人達がそう言ってくれる」


「お兄様に...何が分かるんですか!お父様とお母様に愛されて、甘やかされてきた癖に!」


「アンナ...」


「もう話す事なんてありません!」


私はそれ以上聞かないつもりでした。


お兄様を傷つけたくないのもありましたが、それ以上にこれ以上言えば、甘えてしまう事が分かっていたからです。


お父様にもお母様にも甘える事が出来なかったから、きっとお兄様に甘えてしまったら、迷惑をかけてしまう。


「ごめん、アンナ...最後に一つだけ言わせて欲しい」


「.......」


「本当に辛くなったら、頼って欲しい。それだけ、じゃあね」


「待ってください」


私はこの優しさに甘えてしまう。


だけど、私は踏みとどまった方だと思う。


「お兄様はこれからも...私のお兄様で居てくれますか?」


私はスクエア家の血を引いていない。


だから、政略結婚に使われるもの仕方ありません。


義両親に私は見られていません。


それでももし、お兄様がお兄様で居てくれるなら、私は...


「当たり前の事すぎてびっくりしたよ。アンナがどれだけ嫌がっても、アンナは俺の妹だよ」


「...そう...ですか」


「うん、おやすみ。アンナ」


「はい、おやすみなさい。お兄様」


いつか...お兄様には私が妹では無いことがバレてしまうのでしょう。


でも、その時はまだ先のはずです。


(もう少しだけ、私を妹で居させてください)

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