task 3 : gift

朝目が覚めると、金縛りのように重い何かがのしかかっていた。


「おはよう、もう朝だよ」


起きて時計を見ると朝の4時半。

目の前に座っているのは紫がかった長い白髪に紫の瞳、意地悪そうな表情。


「神様、不法侵入ですよ」


神様だ。

神様だけど、あの神という文字の紙はもうない。

それでもこの人は神様だった。


姉くらいの歳にも見えるが朝が早いくらいだ。

実際何歳なのかはわからない。


「失礼な事を考えているわね?」


金色の髪をボサボサのまま二つに分けて結び、適当な服に着替えると神様は封筒を渡してきた。

ジョブネームの事もあるからつい身構えてしまう。


「願い事、叶えたのにずーっとつまんなさそうな顔しているからプレゼント」


にっこり笑う神様。

私にとっては悪魔の笑顔にしか見えない。


「叶ってないです。それに叶えて欲しいなんて一言も!こんなものをばら撒いて、世界中の人を巻き込んで一体何がしたいんですか!!」


「あら?巻き込んで、平和になったのよ。とても良い事じゃない。それに叶ってないと思っているのは自分がお家にこもっているからじゃない?」


神様は封筒を私に押し付ける。


「今日は外に出るととっても良い事が起きるわよ。私が保証してあげる」


ふふふ、と笑いながら神様は目の前から消えた。

ジョブネームの事も聞きたかったのに。


ため息をつきながら封筒を開くと地図が1枚。


「良い事なんて、あるわけがない」


そう思いながらもわずかな希望を持ち、外へと駆け出した。


***


そう、外へ駆け出して正味1時間。

中原沙羅なかはらさらは迷子になった。


「ここどこぉう」


目立つ金髪や瞳を隠す為にサングラスに帽子にフードをかけてみたが、もはや不審者ルック。

ちらちらと見られていて警察に通報されそうだ。

サングラスは外しておこう。


思えば1年前に兄の所に転がり込んでまともに外を出歩いた事がなかった。

地図があったとしても正しい道を行く事ができなければ迷子になる。

そして現在私はスマホを持っていない。

普段使っていなくて忘れたのである。

そもそも兄には家から出るなと言われている。

原因はわかっているし、私自身も外出してはいけないと思っている。


それなのに。


「そこのお嬢さん、熟女好きの執事バトラーはいかがですか?」


明らかに変な人に絡まれてしまった。

このような事態になるから外出してはいけない、というわけではない。

たまたまである。

そんなたまたまいらないよと思ってしまうが。


エプロンをしているから、居酒屋のキャッチなのかなと思いきや周りに居酒屋なんてものはないし、目の前にはカフェしかない。


「こ、コンセプトカフェ?」


ジョブネームの特殊なジョブに当たった困った人たちの救済として職業になりきるコンセプトカフェも流行っているらしいと兄に聞いた。

しかしながら兄には接客業というものが向いていない為断念したという。


「大沢ぁ!!ウチは・普通の・カフェ・じゃーい!!!!」


バスッバスッバスッという音と女の子の怒鳴り声と同時に目の前の熟女好きの執事さんが殴り倒された。


「こんの変態が!!!!」


白シャツにエプロンをつけた青い髪の女の子がお盆の角で大沢さん?の頭をぐりぐりと押さえている。


「あ、あのそのへんで……」

「あーすみません。この人ジョブネームが執事なんですけど熟女好きの変態で。だから若い人には手を出さないと思っていたのですが……」


ちゃんとこの人専用のトレイなので安心して下さい、とにこやかに話す青髪の女の子。

熟女好きの執事さん専用って。


「そう!若い子には興味ないんだけど!熟女の香りがしたもので!!お知り合いに熟女がいらっしゃるのではないかと思いまして!!」


吐血しながら大沢さんはキラキラの笑顔でイキイキとおっしゃいました。


熟女かどうかはわかりませんが、今日私が接触したのはあのお方しかいらっしゃいません。

しかし、神出鬼没で現れてくれるかどうか。

そもそもこの熟女好きの執事さんに紹介して良いものなのでしょうか。


「ごめんなさい。紹介はちょっと難しいと思います」

「しなくていいし、真面目に考えなくていいんですよ!?」


青い髪の女の子がツッコミを入れてくれた。


「よかったら入って行きます?勿論この人の奢りで」

「勝手に話が進んでるぅ!別にいいですけど」


コンクリートの上に何故か敷いてあるブルーシートの上で吐血している大沢さんが叫ぶ。


「いえ、今日は用事があるのでまたの機会に……」


そう言いかけ窓越しに見覚えのあるポスターがみえることに気がつき、背筋が凍った。


「アレ?お姉さんどこかで見たことがあるような」

「ごめんなさい!急ぎの用事があるので!!」


現在地を確認せずにまた走り出す。

大事なものを落とした事に気が付かずに。


***


「お姉さん逃げちゃった……って何か落ちてるじゃん。地図とジョブネーム?」


裏になっているが、この短冊はきっとジョブネームだ。

今では個人情報のようなもの。

間違えて裏返して見ないよう、地図で挟んだ。


「あれ、ユキ。早いな」


立っていたのは藤本透一。

すぐそばにビニールシートの上で吐血して倒れている人がいるが、ちらりとみただけで視線を戻す。


「今日学校早く終わったから……そうだ!お兄ちゃん、コレさっき帽子とフードかぶったお姉さんが落としたから渡してきて!!」


実のところこの二人は兄妹だ。


妹のフルネームは藤本由紀。

ジョブネームは幸か不幸かさっぱりした性格であり、ボーイッシュな見た目からか違和感のない男装女子を引いていた。


「え?でもどこにいるかわかんねーだろ」

「それにジョブネーム挟んであるから多分わかると思う」


ユキが透一に渡した地図を指した。

ジョブネームの追跡機能は忘れ物を届けに行くのに便利だ。

なにしろ勝手に戻ってきてくれるのだから。


ただ、その書いてあるものが普通だったらの話だが。


「わかった」


そう一言返事をすると突然ジョブネームがピクリと動き出し、持ち主の元へと進んで行った。

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