第3話

 今やるべきは強くなること。そんなことを言った自分はいなかったことにしよう。

 とりあえず、当分は。

 あれから約1週間。自作の弓が自らの怪力に耐えられずに砕け散ったのを見て、手に持った残骸を放り投げながら座り込む。

 いや、まぁ。エルフといえば弓だという思い付きだけで行動するにしては頑張ったほうだと思う。

 怪力に耐えられる弓を作れたら良いのかもしれないが、そんな技術も知識もあるはずがない。

 そして現代日本人である僕に近距離戦闘なんてする度胸もない。

 ない事尽くしである。

 ならば逆転の発想だ、何かあった際に交渉のテーブルに着くために武力が必要なのであれば、そんな状況にならないようにすればいい。

 つまり人に会わなければいいのだ。

 弓が使えない引きこもりエルフ……さすがにまずいか?

 字面的にもかなりまずい気がする。それにいい加減、川魚と果物だけの食生活にも飽きてきた。塩味の効いた大きな肉が食べたい。そして米。デザートも欲しいな、タルトとかあれば最高だ。

 ……いかん、食欲に溺れるところだった。森にひきこもるのは無理そうだ。

 そんなことを考えながら涎を垂らしていると、不意に背後から物音が聞こえる。

 するとそこにいたのは、手に弓を持った獣人と思われる、銀色のケモミミ少女と、お供のオオカミっぽい黒い毛皮の生き物。大型犬かもしれないが見分けがつかないのでここではオオカミとする。


「あ、ども」


 予想外の遭遇に、気のきいた台詞が出てくるはずもなく、現代人らしい当たり障りのない言葉と共に会釈をする。


「エルフ、はじめて見た」


 さいですか。

 少女は弓を持ち、訓練されているであろうお供まで連れている。

 彼女が悪人だったら詰んでるな、これ。

 幸いにも彼女はすぐに僕をどうこうするでもなく、首を傾げながら観察してくる。その様子からは少なくとも敵意は感じられない、はずだ。

 とはいえ、油断はできない。敵意がなくとも対立することなど幾らでもあるのだから。

 そして彼女は、僕の首輪を指さしながら言う。


「それ、もしかして逃亡奴隷?」


 こんな風にね?

 ちくしょう。完全に首輪こいつの存在を忘れていた。

 さてどう誤魔化そうかと考えたが、こういうのは下手に嘘をつくとあとで困ると相場が決まっている。

 幸いにも彼女は悪人には見えない。違うよな?

 であれば、いっそのことありのままをぶっちゃけてしまうのが吉かもしれないと判断する。


「それが、その。僕にも分からないんですよ。記憶がなくて、目が覚めたらここにいて、首にはこれが嵌ってる状態でして」

「記憶が、ない?」

「はい」


 こちらの記憶がないというセリフに、彼女の耳がピクリと動く。

 まさか心音とかを聞き分けて嘘が見抜ける、みたいな技術を持ってたりしないよな、異世界ケモミミ娘。

 可能性がなくはない以上、嘘をつくのはやめておこう。


「正式な奴隷なら、体のどこかに奴隷紋があるはず……調べさせて」

「分かった」


 そんなものがあるのか。特に断る理由もないので了承して頷きながら抵抗しないことを示すために両手を上げる。

 それを見た少女は、一言、動かないでとだけ言うと少しずつ近づき、僕のワンピースのようなぼろ切れをたくし上げる。

 普通であれば恥ずかしがるところなのだろうが、こちらの中身は男である。それも恐らく、頭の回転からいって、成人済みの。羞恥心なんてものは存在していないようだった。


「ない。たぶん、違法奴隷か、奴隷にされるために捕まったばかり、かな? ほかに仲間はいないの? ひとり?」


 確認を終えて服を元に戻すと少女が聞いてくる。


「目が覚めた時からひとりだけですね。主人のいない違法奴隷だった場合、見つかったらどうなりますか?」

「特には。違法奴隷の場合、奴隷として扱われること自体が違法だから。普通は主人が捕まって終わり」


 つまるところ、扱いとしては一般人とみていいだろうか。

 街に行ったとして、すぐに捕まるような扱いにはならなさそうで安心する。


「それで、どうする?」

「どう、とは?」

「貴方は私が街に連れて行ってもいいし、エルフの森に帰ってもいい。街では違法奴隷を保護することになっているから、少なくとも悪い扱いはされない、はず」


 そうは言ってくれたものの、エルフの森がどこにあるかなんて知っているはずがないので、実質選択肢がない。


「街に、連れて行ってほしい」


 僕が希望を伝えると、少女は嫌な顔一つせず頷いてくれる。


「任せて」


 黒い毛皮のオオカミ(?)も任せろと言わんばかりに吠える。


 どうやら、この世界にきて初めて対面した人はとても良い人たちのようだった。

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