義妹が元カノなんて異々わけない!

狐隠リオ

プロローグⅠ

「ごめんなさい、私と別れて下さい」


 中学三年の冬。

 卒業を目前としたその日、彼女はそう言ったんだ。

 俺、穂村ほむらハイジに初めて出来た恋人、立華りっかフウカ。

 一年間続いた俺の初恋は、そうやって終わったんだ。


 ——そして、終わったのはそれだけじゃなかったんだ。


「なんだよこれ! どういう事だよ!」


 ——全てが。


 ——そう、全てが終わったんだ。


   ☆ ★ ☆ ★


 朝になったら起きる、それは高校生にとって当然の事……なんだけど……。


「……眠い」


 目は覚めた。確かに一度は覚めたんだ。目を開けた勢いで特に何かを考えたわけでもなく、反射的に上体を起こした俺は、欠伸をしながら頭を横に向けた。


 向いた先にあるのは時計。出席確認のホームルームまで登校時間を含めてもまだ余裕があると計算ではなく記憶から判定した俺は、そっと身体から力を抜いた。

 ボブッと音を立てて横になると、カーテンの隙間から僅かに漏れ差す太陽光から隠れるように、掛け布団を持ち上げて潜り込んだ。


 光から逃れる方法の内、一般的なのは目を瞑る事だと思う。しかしそれでは足りないんだ。

 そんな薄い膜では光から完全に流れる事なんて出来ない。もっと厚いものを纏わないといけないんだ。


「……はぁー」


 長い間篭っていた気分だけど、実際には一分前後だろうな。頭を出すと思わずため息がこぼれた。


 布団を被っている間は一切の光がない暗闇だった。

 それを求めていたからこその行動だったのだけど、視界という脳のリソースを大幅に使用する要素が消えた事によって、余裕を得てしまった脳みそ君は、過去の映像を俺の視界へと投影した。

 一年間の幸せな記憶……ではなく、それらが終わったあの日の記憶。


『ごめんなさい——』


 最低で、最悪な記憶だった。


「……起きるか」


 沈んだ想いを浄化するかのようにカーテンを開き、日光をその身に浴びた。

 朝に日光を浴びるのは良い事らしい。細かい理由はよくわからないけど、人間も植物のように実は光合成的な機能があるのかもしれないな。

 対して二度寝は良くないらしい。理由? 勿論知らない。バランスとかよく知らない。


「おはよう母さん」


 この二ヶ月で随分と馴染んできた高校の制服に着替えて下の階に向かうと、オープンキッチンで料理をしている母さんの姿が見えた。


「おはようハイジ。今日は随分と早いのねー」

「目が冴えちゃってさ。何か手伝う事ある?」

「そうねー、それならごはんをよそってくれるー」


 穂村家は俺と母さんの二人暮らしをしている。父親は家にいないけど、単身赴任をしているってわけじゃない。もっと単純な話で離婚したんだ。

 円満離婚。だから母さんはあいつの事を恨んではいないらしい、だけど正直に言って俺は違う。


 俺はあいつを恨んでいる。俺たち家族を捨てて他所の女と早々に再婚したあの男の事を。結婚したのなら、将来を誓い合ったのならば……その通りにしろよ。ずっと側に居ろよ。それが出来ないなら、結婚なんてするなよ。


「ハイジ、今日の夜なんだけど外でご飯を食べる事になったの、良い?」


 朝食を食べていると母さんはおもむろにそんな事を言い出した。夕飯が外食になる事について否定する要素は何もないけれど、気になる部分はあった。


「事になったってどういう事?」

「その……あのねー」


 言い出し辛そうにしながらも、何故かほんのりと頬を赤くする母さん。


(あっ、もしかして……)


 母さんはのんびりとしていて、結構照れ屋だ。だから照れてる姿は見慣れているけど、今回は少し違うように見えた。


 母さんは息子の俺から見ても若く綺麗だと思う。だからいずれはその時が来るとは思っていたん。来て欲しいと思っていた。

 ついにその日が来てくれたんだ。


「わかった。そういう事なら」

「あらら、流石はハイジね。隠し事出来ないわー」

「母さんが正直過ぎるだけだって」


 返しからしてもやっぱり俺が思った通りなんだろうな。

 紹介されるのだろう。母さんの新しい恋の相手を。


(それにしても紹介までするなんて、もしかすると再婚するのもそう遠い未来じゃないのかもしれないな)


 新しい父親か。どんな人かは知らないけど、母さんが選んだ人だ。きっと……大丈夫だと思いたいな。


「それじゃあ行ってきます」

「行ってらっしゃいハイジ。待ち合わせの店、忘れないでね?」

「一応スマホにメモったから平気だって」


 店には母さんと一緒に行くのではなく、後から合流するという形になっているらしい。

 母さんは仕事をしているからな。少しでも二人でいられる時間が欲しいのだろう。正直俺としては二人が先にいるところに後から合流するのは気まずい気持ちもある。


 ……あれ、そもそも相手は知っているのか? 母さんがバツイチで高校一年という中々に大きな子供がいるって事を。


 もしかして……今日初めてその話をするとか、ありえる?


 どうしよう。急に胃がキュッとしてきたのだが。


 まあ、あれだ。母さんは若くに結婚したからまだまだ若い。弟か妹を授かる未来は十分過ぎるくらいにあるだろう。


 個人的にはそうだな、妹が良いかな。

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