西部劇のサムライ

笠原久

第1話 誰だよその女ァ!?

 スイングドアを開けて、酒場に入る。


 先頭を行くのは我らが主人公ウェイン・ロックだ。カウボーイハットの下にある顔は優男ふう、まだまだ少年の面影を残している。だがジーンズにブーツ、腰のガンベルトには二丁のリボルバー。


 どっからどう見ても立派なカウボーイ、あるいは西部のガンマンだ。


 一方の俺はといえば、着物姿に総髪、腰に刀を差していて――なんだこの場違いな男は……? と言われかねない東洋のサムライ・スタイルだった。


 酒場の中にいるのは、もちろんウェインと同じカウボーイ・スタイルの男たちだ。どいつもこいつも腰に銃を下げ、入ってきた俺たちに胡乱な目を向けている。


 ウェインと俺はカウンターまで行って、店主に声をかけた。


「ダリル・エイデンはいるかい?」


 ウェインが言った。


「逮捕状が出てるんだ。荷馬車を襲ったらしいな」


「誰だ? ここはガキが来るところじゃねぇぞ?」


 店主は敵対的だった。


「そう邪険にしないでくれよ。僕らだって育成校からの依頼で来てるんだから」


 ウェインの言葉に店主は顔色を変えた。


「てめぇら! 保安官――!」


 俺は抜刀した。店主の喉元に刃を突きつける。


「その手に持っているものをカウンターに置け。そしてこっちに来い。荷馬車を襲ったのは二人組ッて話だ。お前だな? ダリルの相方は」


 店主は悔しげな顔でうなり、ゆっくりと右手のライフルをカウンターの上に置いた。先ほど店主の腕がカウンターの下に伸び、かすかに銃を握りしめる音が聞こえたのだ。


 ヒュウ! とウェインが口笛を吹く。


「いやぁ、相変わらず見事なバットウ・ジツだねぇ。動きが全然見えないよ」


 完全に気を抜いているように見えるウェインだったが、彼は見向きもせず銃を撃った。背を向けたまま、素早く一撃ちだ。


 ぐあ! という悲鳴がして、男が――ダリル・エイデンが銃を落とした。撃たれた手をもう片方の手で押さえている。店主に気が向いていると思って、発砲しようとしたのだ。


「サラッと撃ち抜いといてよく言うぜ。お前と同じことができるヤツが果たして何人いるやら……」


「僕はそんな大層なもんじゃないよ」


 さて、とウェインはダリルに向き直った。


「それじゃあ一緒に来てもらおうか? ダリルとその連れ……。そして、これで僕らも立派な保安官だ」


 ウェインが肩をすくめる。


「油断するなよ、ウェイン。連行するまでがお仕事だぜ?」


 俺は油断なく二人を――そして酒場にいる人間の動きを探りながら言った。


「途中で逃げられちまったら卒業証書はもらえねぇからな」


「わかってるさ、仙吉せんきち


 油断大敵だ、とウェインは笑う。


「さ、そんなわけで僕らの卒業証書のため、僕らが正式な保安官の資格を得るために……一緒に来てもらおうか。これ以上の抵抗はオススメしないけど、どうする?」


 クソが! と二人は毒づいたものの――結局、戦っても勝てないと理解できたようで、無抵抗のまま連行された。


     ◇


 さて、いったいどうしてこんなことになっちまったのか……。


 まさか「トラックに轢かれて転生」なんてのが本当にあるなんてな。まぁ轢かれたッつーか、後ろから追突されて死亡ッて感じだったッぽいが。


 やっぱ自転車が車道を走るのは無謀だったんじゃねぇかな……。広い道路ならまだしも、日本のせまい道路の端っこ走れッたって、そんなもん――いや、俺の話はどうでもいいか。


 今はこの世界についてだ。といっても、勘の鋭いヤツならすでに見当はついているんじゃないか? そう、俺が転生したのは『ウエスタン・メイジ』の世界さ。


 知らない? マジか……。実況動画とか――まぁ大人気ゲームだからって、みんながみんな知ってるわけじゃないよな。当たり前の話だ。


 タイトルでわかると思うが、こいつァ西部劇をモチーフにしたファンタジーRPGだ。いわゆる中世ヨーロッパ的な世界とはまったく異なる西部開拓時代のアメリカをモデルにした異世界ッてわけさ。


 架空のフロンティア大陸を舞台に、杖の代わりに銃で魔法を放つガンスリンガーたちが活躍するRPGだ。


 主人公ウェイン・ロックはチュートリアルで保安官育成学校を卒業し、正式な保安官――ああ、言っとくが異世界だからな? 実在する保安官とは別物だ。


 わかりやすく言っちまうなら冒険者だよ、冒険者!


 よくある言い替えさ。別に西部開拓時代なら冒険者呼びでいいんじゃないか? と個人的には思うんだが……制作スタッフのこだわりッてヤツだ。


 この世界では冒険者的な「なんでも屋」を保安官と呼んでいる。ただ、いわゆる冒険者ギルドみたいなもんはない。そこは西部劇だからな。


 保安官となった主人公は各地の酒場をめぐり、依頼書を見たり依頼人を探したりして様々な仕事を引き受ける……そんなストーリー。


 ん? ウエスタンな西部劇世界に、なんでお前みたいなサムライがいるのかッて? そりゃあタイトルが『ウエスタン・メイジ』だからな。


 このメイジは、魔法使いと明治時代の二つにかけられてるのさ。いわゆるダブルミーニングってヤツだな。実際、アメリカの西部開拓時代と日本の明治時代はかぶってるんだ。


 ほら、OK牧場の決闘ってあるだろ? 映画にもなった有名な話だ。保安官ワイアット・アープたちとクラントン一家による銃撃戦。これが起きたのが一八八一年、つまり明治十四年の出来事なのさ。


 制作スタッフはこの事実に目をつけ、廃刀令で刀を持てなくなったサムライたちが、住民が武装していても問題ないフロンティア大陸にやって来ている――という設定を作ったわけだ。


 ま、俺は孤児だから、別に極東の島国ジパングからやって来たわけじゃない。見た目は完全にジパング人だから勘違いされがちだがな。


 とはいえ、この見た目に助けられたのも事実だ。なにせ親なしだった俺は、見た目がジパング人ってことで剣術道場に引き取られた。そこで剣術を学びつつ、すくすく育ったってわけさ。


 名前ももらった。一応、浅利家の養子ってことで浅利仙吉あさりせんきちと名づけられた。


 で、転生した俺としては、割とすぐにこの世界が『ウエスタン・メイジ』そっくりだってことに気づいたよ。なにしろ設定が特徴的だ。


 銃で魔法を放つガンマンがわんさか出てきて、そこに(数は少ないながらも)着物姿のサムライが登場する作品なんざそう多くはない。


 予定外な出来事といえば……ゲームに出てこない完全モブキャラなはずの俺が、なぜか主人公と友人になっちまったことだろう。やっぱサムライってのは目立つらしい。ジパングからそこそこ数が来てるッたって、ここはフロンティア大陸だ。


 着物に刀差してるやつなんざ珍しい。まして保安官育成学校に通ってるヤツなんて、それこそ数えるほどしかいない。そんなわけで俺は目立った。主人公ことウェイン・ロックとも知り合って、なんだかんだ仲良くなっちまうほどに。


 ゲーム本篇との差が――なんてことが頭をよぎるが、まぁ大丈夫だろうよ。


 なぜならゲーム本篇の開始は育成校を卒業したあと! つまりウェインが正式に保安官ライセンスをもらったところから始まる!――厳密にはメインヒロイン選択がスタート地点だ。


 このゲームはちょいと特殊でな、ゲーム開始直後にヒロインを選ぶのさ。ああ、もちろん好感度システムはちゃんとあるぜ? ただ、それはそれとして主人公の相手役となるヒロインをプレイヤー自身で選べるんだ。


 そして……俺は今、最高に高揚している。なんせウェインが「紹介したい女の子がいる」と言って、俺を校内のカフェで待たせているからだ。これがどういう意味を持つか、あんたにわかるか?


 そう! いよいよヒロイン選択のときが来たッてわけさ! 今この瞬間、俺はついにウェインのヒロインを知ることができる立場にある!


 実のところ、俺はこの話題にものすごく興味があった。プレイヤーではない、ウェイン・ロックという一個人がどのヒロインを選ぶのか? やっぱゲームのファンとしては気になるわけよ。


 当たり前だが、ゲームじゃプレイヤーが好きに選ぶ。だからウェインの好みがどんなもんかなんて知る手段がなかった。それが今、ようやく判明するッわけさ!


 といっても『ウエスタン・メイジ』のヒロインはみんな巨乳爆乳ばっかりだから、女の趣味という意味ではあまり意外性はないかもしれない。制作スタッフの趣味全開だもんな。


 ゲームユーザーからはさすがに「もうちょっとバリエーション考えろ」とか「ひとりくらいスレンダーなヤツ入れてもいいだろ……」とか、この点に関してはよく不満の声を聞いた。


 俺個人としては制作スタッフの趣味に大いに共感しちまうから、ぶっちゃけ文句のつけようもないんだが……まぁ不満に思うヤツの気持ちもわからないでもない。


 とはいえ、だ……。それでも誰を選択するのかはやっぱり気になる。俺はそわそわとカフェテリアのなかを見回し、意味もなくテーブルの上のコーヒーをかき回したりして、今か今かとそのときを待っていた。


 と、そこへウェインがやって来た!


「おまたせ、仙吉」


 ウェインはちょっとばかり気恥ずかしそうな顔をして、ひとりの少女と手をつないでいる。


「紹介するよ。僕の彼女、鹿島頼子かしまよりこさ!」


「はじめまして!」


 と、かわいらしい少女が頭を下げた。


 肩の長さまで伸ばした黒髪が静かに揺れる。ずいぶんと小柄な娘だ。頭のてっぺんがウェインの肩あたりにある。別にウェインが大男なのではない。ウェインの身長は俺と同じで普通だ。大きくも小さくもない。


 おそらく少女の背丈は四フィート五インチ(およそ一三五センチメートル)そこらしかないだろう。まるで十歳未満に見える。体つきはもちろんスレンダーだ。胸だってぺったんこさ。ロリータ・ファッションに身を包んだ彼女は、文字どおり西洋人形のごとき可愛らしさだ。


 そうか……ウェイン、お前が選んだのは鹿島頼子……。


 誰だよ、その女ァ!?

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