第15話 VS凶悪な角鹿
「ごめん、ちょっと本気出すから……、見失わないでね?」
走り出した雪花さんがそう言って、翔んだ。
木の幹を蹴って、空中で得物の斧部分を木の枝に引っ掛けて、投げるように突き出したハルバードで地面を刺す事で大きく跳んで。
魔法も、翼も使っていないのにすごい速度で木々の間をすり抜けていく。
……人狼の力でも、魔法を使っても、レタには出せないすごい速さで。
>>はっっっっっっや!
>>黒コートがバタバタするからまだ何処にいるかわかるけど、あれ人間の出せる速度?
>>あんな速度で空中移動しといて、レタちゃんが見失わないように地味に木に傷を付けながらかっ飛んでるの普通に技量おかしい
>>まあ、雪花姉さんはスピード特化みたいな面あるから。火力は得物の重さと遠心力頼りでそんなにパワーは無いよ
>>あの斧部分がでっけぇハルバードを平気でぶん回しといてパワーがないは無いんだよ!
>>注:探索者上澄み勢基準です
「でも、レタもがんばるもん……」
雪花さんみたいに、あんな綺麗な翔び方は出来ないけれど……。
「
魔法で、局地的に強い追い風を作り出し、歪翼を広げてそれを最大効率で受け止める。
あとは……。
「とーーーっ!」
身体に当たる木だけはぎりぎり避けて、枝も、藪も、全部無視して全力で走るだけ!
実験場から脱出する時は魔法を使うと魔力波動が追跡されちゃうから使えなかったけど、今なら強力な魔法が使えるし、何より……。
「このお洋服なら、邪魔な枝も、倒れてる木も、全部壊せる!」
レタの手足は今、すごく硬いお洋服に包まれてるんだから!
>>わぁお、これは重戦車
>>今、メジロの重戦車って言った?
>>言ってないから。誰も硝子の脚なんて言ってないから
>>……お前のせいでドレス着たレタちゃん連想しちゃっただろうが!描いてくる!
邪神>>先生!お願いします!
>>というか、レタちゃん手足の甲冑をお洋服扱いするのやめよう?
流石に、レタも必死で走ってるからコメントを読む余裕なんて無い。
そして、これだけ必死で走っても雪花さんとの距離はちょっとずつ離れていってる。
……まあ、雪花さんの通ったルートにある木のわかりやすい位置に斧の切れ込みがあるから見失っても迷わないとは思うんだけど。
あ、フタの上からつつかれてトタテグモが死んでる。
レタの為にこれだけ気配りする余裕あるなら、雪花さんあれ絶対本気じゃないよね?
追いかけっこは、しかが川の方に追い詰められることで終わった。
しかは逃げられないと悟ったのか雪花さんの方に向き直って戦闘態勢……なのかな?しかの戦闘態勢とか見たこと無いからレタ、ちょっとわからない。
雪花さんは多分、レタが到着するまで待ってくれてるんだと思う。
ハルバードを構えて、しかと睨み合ったままだし。
……んー、しかはまだレタに気がついてないみたいだし、先制攻撃してみようかな?
肩からかけてた輪っかを尻尾で持ち上げて回転させる。
んー、縦でぶつけるのと横でぶつけるの、どっちがいいんだろう?
とりあえず、また逃げられたら困るから脚狙いで横かな。
回して回して、尻尾で回すのが限界になるぐらいまで回して、レタは輪っかを投げ飛ばした。
当然、投げるのなんて初めてだし狙い通りには飛ばないから、風の魔法で軌道を補正する。
……でも残念、音で気が付いたのか、足を狙った飛び道具はしかがステップを刻むように横移動して避けられちゃった。
「レタちゃん、いい仕事ね!」
それでも、雪花さんにとってはしかに隙を作る十分な手助けになったみたい。
しかが輪っかに意識を向けた瞬間に踏み込んで、地面を這う様な斬撃でしかの足を狙って……。
だけど、しかも避けられないのを悟ったのか凄い反応速度で頭の角を地面に突き刺して防御した。
一見すると、斬撃を普通に防がれただけの攻防。
だけど、雪花さんにとってはそうじゃなかったみたいで……。
>>角にフックを引っ掛けて、鹿野郎が頭を上げると同時にそれを利用して突っ込んで空中で回転しながらハルバードを引き戻して、着地の衝撃を槍での刺突に乗せて首筋にぶっこんだ……でいいのこれ?
>>非探索者ワイ、鹿が頭を上げたと思ったら槍が刺さってたのしか認識できず
>>多分、初撃の水面斬りが当たればそれでおk、防がれたらこうやって相手のモーションを利用して接近しながら攻撃するからおkの勝ち確二択を仕掛けたんだと思われ。
>>FOE鹿の瞬発力なら何もなければ初撃の薙ぎ払いも大きくかわせたんだろうけど、レタちゃんの援護がいい仕事したな
んー、レタ、攻撃を避けられただけなんだけど、コメントの人達からするとレタは雪花さんの援護にお役立ちした……って事みたい。
ただ、しかはモンスターだけあって胴体を槍でひと突きされた程度じゃ普通に動けるみたいで、角で雪花さんのハルバードを弾きながらまだ戦ってる。
それでも、完全には防ぎきれなかったハルバードによる攻撃でしかは小さな傷をたくさん受けているし、雪花さんはまだ余裕がありそうだから多分放っておいてもしかを倒しちゃうんだろうけど、どうせならもっとお手伝いしたいな……。
こっそりと近寄って、ちょっと離れた位置に落ちていた輪っかを回収しつつ戦闘を観察していると、しかは時々大きく息を吸って何かをしようとしているのがわかる。
雪花さんはその「何か」をさせないために息を吸うタイミングで攻撃の密度を上げて妨害してるみたい。
レタが介入するなら、そのタイミングかな?
本当は、レタも一緒に接近戦に混ざって攻撃の密度を上げるのが良いんだろうけど、今のレタじゃ多分、雪花さんの邪魔になっちゃう。
だから、えっと、ピンポイントで妨害して援護……できるかな?
>>いや邪神よ、この鹿どう見てもこんな低階層で出して良いモンスターちゃうやろ。いくらなんでも探索者の上澄み勢と打ち合えちゃいかんでしょ
邪神>>いや、追い詰めて戦闘態勢にならないかぎり攻撃してこないし?攻撃してきても探索者側が戦意喪失すればどっか行く仕様だし?
>>明らかな強敵とは無理に戦わなくて良いって仕様は一貫してるんよなこの邪神
>>特殊なケースを除いて、だけどな。レタちゃんは第十階層のボスとは戦わなきゃならんだろうし
>>あいつヤバいって話なんよなぁ……。雪花姉さん居るから大丈夫だとは思うけど、怪我とかしないで欲しい
んー……、先の階層の強敵の話も気になるけど、今は雪花さんの援護が先。
狙うのは、しかの鼻先。悟られないように魔法の規模は最低限で……。
動いてる標的の鼻先を狙い撃つのは多分すごく難しいけど、魔法を魔法ではなく手足で起こす現象として操る天使と悪魔の因子がレタの魔法の精度を熟練の使い手以上に引き上げてくれる。
だから、後はタイミングを逃さない事だけに集中すれば良い……。
戦闘はずっと雪花さん優勢で、突きこまれた槍による深手と角で打ち合う際に引っ掛けるように付けられる無数の傷跡からの出血でしかの動きは徐々に鈍ってきている……と思う。
そして、幾度目かの攻防の末に普段よりほんの少し雪花さんとの距離が離れた瞬間……。
ここっ!
「
大きく息を吸い込もうとしたしかの鼻先を包むように炎が現れる。
突然現れた炎、だけれど、奴は呼吸を止められない。
勢いよく鼻から吸い込まれる炎。
喉が焼ける痛みに、しかは大きな隙を晒して……。
「お見事!」
距離を開けた事でしっかりと遠心力を乗せることの出来た雪花さんのハルバードが最高の角度で首へと叩きつけられる。
喉が焼け、首も半ば断ち切られたしかは瞳から光を失い、その場にどうと倒れた。
「っと、血抜き血抜き!」
……ちぬき?
ただ、相手が倒れてからも雪花さんは止まらなかった。
バッグから取り出したロープをしかの身体に結びつけると川の浅瀬に沈めて……。
「角は角で薬の材料になるんだっけ?」
そのうえで、角の根元にハルバードをがつんがつんやって角を折り飛ばそうとしてる。
「雪花さん、なにやってるの?」
「美味しいものを美味しく食べるための下ごしらえね」
「したごしらえ!」
「美味しいものほど準備に手間がかかるものなのよ。困ったことにね」
はえー……。
水に沈められたしかの死体を覗き込むと、何も映さないおめめがレタの方を見てた。
……ちょっと怖いから、閉じとこ。
☆★☆★☆★☆
今回のBGM「戦場 眼前に突風」
ということで、混乱の叫びはレタちゃんによって防がれました。
……鹿、ナンバリングやらシリーズによってステップだったり叫びだったりで頭縛れば良いのか脚縛れば良いのか戦ってみるまで正解がわからないの地味にめんどいですよね。
ついでに、レタさんの構成要素がこれで6種類は出ました。
次回は、鹿刺しを食べるために第六階層を駆け抜ける話……だと思います。
更新予定は連休が終わったので通常に戻って8月20日の21時予定です。
どうかよろしくお願いいたします。
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