第二十一話 垣間見える

 「いいよいいよ、その必死さ!まーじで最高!もうさ、顔とかぐっちゃぐちゃでさ!ねぇ、今どんな気持ち?」


 まるで遊びでもしているかのような、軽い口ぶりだった。


 でもこれは、遊びなんかじゃない。

 命を奪われる、現実だ。


 枝をかき分け、何度も転びながら必死に走った。

 身体は悲鳴を上げ、呼吸は荒く、足はもう感覚を失い始めている。


 それでも、止まるわけにはいかなかった。



 「そろそろ……やるか」


 不意に、背後で低く囁く声がした。


 次の瞬間、アレクの足元が”爆ぜた”。

 地面が盛り上がり、爆裂音とともに泥と石が四方に飛び散る。


 咄嗟に、腕をかばいながら転倒する。しかし地面に叩きつけられ、息が詰まる。


 視界が揺れる中、目の端にあの”化け物”が映った。


 「ほら、捕まえた」


 お兄さんが、にやりと笑いながら手をかざす。

 その指先がゆっくりとアレクの額を指し示す。


 「ねえ、最後にひとつだけ教えて?今いちばん憎いの、誰?」


 その瞬間、アレクの内側で何かが燃え上がった。


 父と母を殺された。

 信じた者に裏切られ、笑われた。

 踏みにじられ、壊された。



 __許さない。こいつも村人たちも、全部。絶対に許さない。



 「……お前だよ」



 掠れた声だった。

 けれどその声に、お兄さんが一瞬だけ動きを止めた。


 その隙を逃さなかった。


 アレクは走り出し、崖のような斜面へと身を投げる。


 木の根に身体を打ちつけながらも、痛みなど顧みず転がり落ちる。


 擦りむいた腕から血が流れたが、それすらも感じなかった。



 「……へぇ。言うじゃん。クッソゾクゾクするわ!!」


 後方から笑い声と、何かが爆ぜる音が響いてくる。


 だが、アレクの意識はすでに前だけを見据えていた。


 __生き延びて、復讐するために。


 涙も悲しみも、もうどこかへ消えていた。

 心に残っていたのは、燃えさかる復讐の炎だけだった。





 いつの間にか、森の外れ――隣村の近くまで来ていた。


 あたりは夕暮れ。空は朱に染まっていた。


 村の入り口近くには、見慣れない馬車が一台止まっていた。

 旅装の男たちが数人、荷の積み下ろしをしている。


 「王都へ行くんですか?」


 どこかの村人が尋ねる声が聞こえた。

 男たちは軽く頷きながら、作業を続ける。



 __王都。そこまで行けば……生き延びられるかもしれない。いや、行くしかない。この辺りは、もうダメだ。



 チャンスは今しかない。


 アレクは気配を殺し、馬車の後方に回り込む。

 そして、小柄な身体を活かして荷の隙間へと滑り込んだ。


 その直後、あの声が聞こえた。


 「あれ、アイツどこ行った?トドメ、刺したかったんだけど」


 「ま、近くにいるか。俺の才能なら……あれ?いないぞ……」


 その異変に眉をひそめる。


 だが、それは当然だった。アレクの生存本能は、今や異常とも呼べるほど研ぎ澄まされていた。


 


 「死んだか?いや、アイツはゴミ食って生き延びる。生きてるだろうな……」


 「おい、そこの村人たち!ここら辺で“才能ゼロ”を見かけなかったか?」


 「才能ゼロっていうと……あぁ、この間いたらしいな。でももうのたれ死んでんじゃねえのか?俺は何も知らないぞ」


 その後のやり取りは、もう耳に入らなかった。

 バレていない……そう確信したアレクは、ゆっくりと息をついた。







 __逃げるだけじゃない。


 生き延びて力を手に付けて、すべてを返すために。


 荷に潜むアレクの目には、まだ幼さが残っていた。

 だがそこには、前よりも強く、確かにあった。


 憎しみと、決して折れぬ復讐の意志が。




▽あとがき

復讐固まりました。

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