第2章: 黒曜の影
佐倉悠真は、三浦葵の言葉が頭から離れなかった。「迷宮の入り口」「黒曜の呪い」。彼女の青白い顔と、霧の中へ消えた姿が、まるで幻のように感じられた。黒崎鉱業の坑道入り口を後にした悠真は、町の中心部へ向かった。
霧崎の町は、昼間でもどこか薄暗く、通りを歩く人々の目は好奇と警戒に満ちていた。東京での生活に慣れた悠真にとって、この閉鎖的な空気は息苦しかった。
町の図書館は、古びた木造の建物だった。黒曜事件や黒崎鉱業について調べるには、ここが最適だと考えた。司書の老女は、悠真の顔を見るなり目を細めた。「佐倉さんの子だね。美咲ちゃんの弟か。ずいぶん大きくなった。」彼女の声には、懐かしさと同情が混じっていた。
悠真は黒曜事件の資料を求めた。司書は渋々ながら、奥の書庫から埃まみれのファイルを持ってきた。20年前の新聞記事、警察の公開資料、そして町の歴史書。事件の概要はこうだ。1995年の夏、霧崎の若者5人が次々に失踪。最初の被害者は高校生の山本亮太、最後は悠真の姉、佐倉美咲だった。
警察は広範囲に捜索したが、手がかりはゼロ。唯一見つかったのは、黒崎鉱業の坑道近くに落ちていた黒曜石の欠片だった。
記事を読み進めるうち、奇妙な点に気づいた。失踪者たちは皆、黒崎鉱業の工場や坑道近くで最後に目撃されていたのだ。だが、警察は黒崎恭一への事情聴取を早々に打ち切り、「関連なし」と結論づけていた。なぜだ? 黒崎の影響力か、それとも何か別の理由か。
さらに、町の歴史書には「黒曜の伝承」が記されていた。霧崎の黒曜石は、古代から霊的な力を持つとされ、特定の儀式に使われていたという。だが、詳細は曖昧で、「迷宮」という言葉が何度か出てくるものの、具体的な説明はなかった。悠真は美咲の日記を思い出した。「葵が言ってた『迷宮』の話」。三浦葵は、この伝承を知っているのだろうか。
図書館を出たのは夕暮れだった。霧がさらに濃くなり、街灯がぼんやりと光る。悠真が旅館へ戻る途中、路地裏で誰かが囁く声が聞こえた。「佐倉……知りすぎるな……。」振り返ると、黒いフードをかぶった人影が一瞬見えた。追いかけようとしたが、霧に紛れて消えた。心臓が激しく鼓動する。これは警告だ。だが、誰からの?
その夜、旅館の窓を叩く音で目が覚めた。時計は深夜1時。恐る恐る窓を開けると、誰もいない。だが、窓枠に小さな黒曜石が置かれていた。表面には、細かな傷で「戻れ」と刻まれていた。悠真は石を握りしめ、恐怖と怒りが込み上げた。誰かが自分を脅している。だが、引くつもりはなかった。
翌日、悠真は霧島玲奈に連絡を取った。警察署の喫茶コーナーで会うと、彼女は疲れた顔でコーヒーを飲んでいた。「悠真、昨日は変なこと聞いてごめん。黒崎さんの話、気にしないで。」彼女の声はどこかぎこちなかった。悠真は黒曜石を見せ、昨夜の出来事を話した。玲奈の目が一瞬鋭くなった。「その石、どこで手に入れた? 黒崎鉱業のものじゃないよね?」彼女の口調に、焦りが滲んでいた。
「玲奈、黒崎について何か隠してるだろ?」悠真が詰め寄ると、彼女は目を逸らした。「何も隠してない。警察として、黒崎さんはクリーンだよ。」だが、彼女の指はカップを握りすぎて白くなっていた。悠真は確信した。玲奈は何か知っている。だが、なぜ話さない?
その日の午後、悠真は黒崎鉱業の事務所を訪ねた。受付で黒崎恭一との面会を求めると、秘書らしき女が冷たく答えた。「社長は多忙です。予約のない方はお断り。」だが、悠真が美咲の名前を出すと、彼女の表情がわずかに変わった。「お待ちください。」
数分後、悠真は豪華な応接室に通された。黒崎恭一は、50代半ばの男だった。鋭い目と、彫りの深い顔。スーツは完璧に仕立てられ、まるで王のような威圧感を放っていた。「佐倉悠真君、だね。美咲君の弟か。懐かしいな。」彼の声は低く、どこか嘲るような響きがあった。
悠真は単刀直入に切り出した。「姉の失踪と、黒曜事件について知りたい。あなたの坑道が関係してるんじゃないですか?」黒崎は微笑んだが、目は笑っていなかった。「君の姉は優秀な子だった。だが、事件とは無関係だ。私の会社も、警察の調査で潔白と証明された。憶測で動くのは危険だよ、佐倉君。」
話はそこで終わった。だが、黒崎の態度には何か不自然なものがあった。悠真が事務所を出ると、背後で誰かがつけてくる気配を感じた。振り返っても誰もいない。だが、霧の向こうで、黒い影が揺れた気がした。
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