5.幸子、決意する
五人目を出産した時、幸子はすでに30代のおばさんだった。
だけど、何歳になっても、何度産んでも、出産は毎回不安で怖いものだった。
特に第五子の時は、第一子から第四子までの出産で付き添ってくれた旦那がそばにいなかった……ちょっと頼りないと思っていたはずの旦那だったのに、いざいないとなると、その不在がとても心細かった。
ミレイは、まだ18歳。しかも初めての出産。
きっと私以上に、心細かったに違いない。
ミレイになった直後、頭に流れ込んできた記憶。
それがあっても、これまでミレイに起きた出来事は、どこか他人事のように思えていた。
だけど、公爵の冷たい態度を目の当たりにして……そして出産中の女医さんへの酷い振る舞いも、もしかしたら、寂しさや不安の現れだったのかもしれない。そう思ったら──
その時、女医さんがハンカチを差し出してきた。
最初は意味がわからなかったけど、彼女の心配そうな視線に気づき、自分が泣いていることに気がついた。
「……うぅ」
「ミレイ様……っ」
涙を流す私の背中を、女医さんがそっと撫でてくれる。
おそらく彼女は、夫の冷たい態度に傷ついた私が泣いているのだと思っているのだろう。
でも、私の心情は少し違っていた。
ミレイと、幸子の子供たちの年齢は近い。
だからだろうか、あの男の酷い態度が──まるで自分の愛娘が、嫁ぎ先で粗末に扱われているかのように感じられて……自然と涙があふれてしまったのだ。
私から見れば、まだまだ子供にしか見えない15歳の年齢で、五条家に嫁いできたミレイ。
夫は彼女の倍以上の年齢だったが、ミレイは後妻として、五条家の人間として、その夫を支えようとしていた。……最初は。
五条家の仕事を覚えようと努力し、夫にそのことで質問した時、彼はこう言い放ったのだ。
「貴女の仕事は跡継ぎを産むことだ。金なら好きに使って贅沢すればいい。だが──
私の邪魔だけはしないでくれ」
……ふざけんじゃねぇぇぇぇ!!
私は心の中で、あの男にドロップキックを決めた。
Theモラハラ男! 女を、子供を産む道具としか思ってない発言じゃない! くっそムカつく──っ!!
ピチピチの若いお嬢さんと結婚できたっていうのに、大事にしないどころか追い詰めるって何事!?
そして何年も、そんな扱いを五条家で受けていたせいで、ミレイは……。
たとえば、さっきのあの男の言葉。
『女など跡継ぎにもスペアにもならず、役に立たない』
これまた女を見下した最低な発言。
私は今、怒り心頭だけど……おそらく、幸子が入る前の“本来のミレイ”だったら──
『跡継ぎを産むという唯一の役目さえ果たせなかった。どうして私は、そんなこともできないんだろう……』
きっと、そうやって自分を責めて泣いていたに違いない。
──完全に洗脳されてるぅぅぅ!!
子供の性別なんて、選べるわけないじゃない!
ミレイが悪いわけがないでしょ!?
赤ちゃんの性別は、受精の瞬間に決まるのよ!
偉そうなことを言うなら、自分でY染色体の精子だけ選んで出してみなさいよ!!
私の中で、あの男へのクレームが止まらない。
できるわけがないとわかってはいる。けど、理不尽な扱いに傷つき落ち込む“過去のミレイ”のもとへ行って、「ミレイは悪くないよ!」と、抱きしめてあげたくなった。
「─────決めた」
私は涙を拭って立ち上がり、ベッドに寝かされた愛娘を抱き上げた。
ミレイがかつて言われた言葉。
『金なら好きに使って、贅沢したっていい』
──言ったわね? 好きにさせてもらうわよ。
さっきのあの男の言葉。
『名前を呼びたいなら勝手に決めろ』
──ええ、私が決めたわよ。
「愛美。あなたの名前は、マナミよ」
私は腕の中のマナミを見つめ、そっと微笑んだ。
愛美……“美麗”から「美」の一文字を。
そして「愛」は――たとえ父親からの愛がもらえなくても、その分、私が精いっぱい愛するから。
「改めて言うわね。
私はあなたのお母さんよ――そして、
マナミ。あなたを絶対に守るわ」
私はマナミに誓い、これからの未来に思いを馳せた──。
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