ファミリーヒストリー~妖魔から助けた美少女姉妹になつかれながら、異世界スローライフを満喫する~
手塚エマ
第一章 美しい遊牧民
第1話 二本の大小
生きたヤギや羊が店の柱にくくりつけられ、大小の鍋や鉄板、石鹸、立て襟に脇腹近くのボタンで閉じる上着と帯とズボンの民族衣装が軒先に吊るされた店と同じく、雑多な店が立ち並ぶ村へと俺は一人で逃げてきた。
行き交う人は今日の晩飯の用意をするための材料を買いに来た地元民か、観光客か、食堂の仕入れに来た者たちだ。
俺はあてどなく歩いているうち、砂漠の中のオアシスにほど近い村へと流れついてしまっていた。
だから民族衣装の帯に日本刀の大小を差した俺に奇異の目を向ける者も多かった。
「そこの異人のお兄さん」
不意に声をかけられて、思わず足を止めていた。
声の主は肉屋の主人だ。
店先では串刺しの肉が火のついた炉を囲むようにして焼かれている。
店主は椅子に腰かけ、退屈そうにキセルをふかしている。その足元では羊が二頭、柱に紐で繋がれて大人しく座っている。あと数時間もすれば他の店のように軒下に吊るされる運命の商品だ。
「最近は外国からの観光客や貿易に来る商人が多くなったよ。香辛料や乾物なんかをね。あんたもそうかい?」
「俺が観光客や商人に見えるのか?」
「見えないねぇ。だから声をかけたのさ」
店の主人はくつくつ笑い、煙草の灰を盆に落とした。
「言っておくが、俺は肉なんか買わないぞ」
「話し相手になってくれればそれでいいさ。肉の串刺しの一本でもくれてやるよ」
店の主人はあらためて煙草の葉をキセルに詰めて火を点けた。夕飯の時間に肉の串刺しがふるまわれるとあっては、話し相手にぐらいなってやる。
「名前は?」
「
「あんたは?」
「ザンゲル」
ザンゲルはむくりと起き上がった羊の背中を押して地面へと伏せさせた。
「何をしにここへ来た?」
「ここでなくてもかまわなかったさ。気が向いたらまたどこかの村に移動する」
「答えになっていないぞ、惣三郎。何をしに来たと聞いたはずだ」
「別にここが目的地だった訳じゃない。たまたま通りすがりに寄っただけだ」
「腰の二本刀は物騒だな」
「今の俺には必要なのさ」
「大陸の男たちは刀を腰にぶら下げたりはしてないが、あんたのような男がたまに大刀と小刀を対で腰に差している。そんなに物騒な国なのか?」
「寝首をかかれることもある」
「それは物騒だ」
「大陸の人間はおおらかで明るい。刀なんて似合わない」
「そうでもないぞ。刀ではなく毒殺も多い土地柄さ」
「俺は毒殺よりは刀で斬られて死にたいね」
俺は話を切り上げる。
「俺も日が暮れる前に宿を探す。さっさと肉の串刺し一本くれよ」
「ああ、焼きたてがあるぞ。肉は仔羊がおすすめだね」
「じゃあ、仔羊にしてくれ」
「わかった、わかった」
肉屋の主人から鉄の串差しを受け取った。日も落ちて、そろそろ寒くなってきた。マントが欲しいが金がない。
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