第11話 7年前
車を数十分走らせる。既に時刻は深夜を回っていた。焼け跡は、時間に風化されていた。
それでも、鉄とススの匂いはまだ薄く残っている。
尾崎大輔は懐中電灯で瓦礫を照らしながら、足元をゆっくり歩いた。
風が吹くたび、錆びた鉄骨が軋む。
「……あの火事を石岡が追い始めたのは、偶然じゃない。なにかに、気づいたんだ」
7年前、被害者なしの火災。
都内の工業倉庫群の一角。中には“何もなかった”ことになっている。
だが、石岡旋がその火災を皮切りに、公安の裏金ルートを追い始めたのは記録に残っている。
では――なぜ?
「……石岡は、“火事そのもの”じゃなく、“燃やされた物”を見たんだ」
尾崎は立ち止まり、崩れた金属棚のそばでしゃがむ。焼け残った床の一角には、他より明らかに熱量が集中していた痕跡がある。
「普通の倉庫火災じゃない。“ピンポイント”で何かを処分しようとした跡……これは、事故じゃなくて意図的な焼却」
そして、焼かれたのは――
「証拠だ。“資金の流れ”を示す書類、もしくは記録媒体。それを石岡はどこかで目にした。そして、“これは公安がやってる”って気づいた」
それが、石岡が1人で宮島の周囲を探り始めた理由。
尾崎の胸に、鈍い痛みが走る。
「……あの火事は、“始まり”だった」
そう呟くと、尾崎は立ち上がり、倉庫の焦げた壁に目をやる。
「7年前の火は、“誰かの痕跡”を消すために燃えた――それは、国家組織の中にいた誰かの“不正”だ。そして、石岡はそれを嗅ぎ取った」
尾崎はポケットからスマホを取り出し、一ノ瀬から送られてきた公安の出費リストを見直す。あの冬、灯油を“二缶”買っていたのは公安だけだった。
「意図的に、綺麗に焼くための量だったんだな……あの日、あの火事で、何かを“完全に消せる”と確信していた」
そして今、7年の時を越えて――その火事がまた尾崎を動かしていた。
今度こそ、石岡が見た“真実”にたどり着くために。
あの火事は、たった一つの目的のために起こされた。
「“証拠の抹消”。……それも、2回も公安内部の人間によって」
尾崎はもう一度、焼け焦げた床面に目を落とした。
ここが“火元”だった。そして燃えたのは――おそらく、紙の束か、ハードディスク。
「……当時、旋は放火事件としてじゃなく、“資料焼却事件”として見てたんだろうな」
その証拠に、石岡は火事の後、単独で公安の金の流れを追い始めている。
つまり――
「この倉庫にあったのは、“裏金の存在”を証明するものだった」
そして、それを燃やすよう命じたのが、宮島の部下。
宮島が持っていた石岡のあのペンについて、
より詳しく頭に浮かび上がった。
ペンを持っていた理由は…
「“俺が証拠を持っている”って、自分自身に暗示をかけるみたいにな」
そして――なぜそれを“今も”使っていたのか。
「……『証拠は全部燃やした。だけど、あのカメラだけは手元にある』。
そう信じ込むことで、自分を正当化してたんだ。『あの火事で全部終わった』って、そう思いたかった」
つまりあの火事は、ただ証拠を消すためではない。
**罪の記憶を、火で“封じた”**のだ。
だが、封じられなかったものが一つあった。
――USBに移されていた、あの映像。
石岡は火事の前に、カメラのデータを抜いていた。
公安の金がどこに流れていたか、誰が指示していたか。
その答えが、今も尾崎のポケットにあるUSBに映っている。
「……全部、あんたの仕業か。宮島」
尾崎の目に、静かな怒りが灯る。
あの火事は“事実”を焼いた。
でも、“記憶”までは焼ききれなかった。
そして今、尾崎はついにたどり着いた。
あの日、石岡が見た“真実”に。
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