秋
第7話 実りの胸音、栗羊羹
秋の風が、金色の葉をさらっていく。
ピアニストの里奈は、菓子処いろどりの暖簾をくぐった。
ふくらんだお腹に手を添えながら、ゆっくりとした足取りで。
妊娠七ヶ月目。
身体も、心も、思うように動かない日が増えてきた。
「いらっしゃい、里奈さん」
店主の宗次が、笑顔で迎えてくれる。
ショーケースには、つややかな栗蒸し羊羹が並んでいた。
「もうすぐ収穫の季節ですね」
里奈がそう言うと、宗次は奥から栗羊羹を一切れ、皿に乗せて差し出した。
蒸しあがったばかりの栗が、羊羹のなかで黄金色に透けている。
一口。
しっとりとした甘さと、ほっくりとした栗の食感が、口いっぱいに広がった。
──ああ、生きてるんだ、私も、この子も。
胸の奥が、じんわりとあたたかくなる。
ふいに、お腹のなかで、小さな胎動が跳ねた。
「……元気だね」
里奈はそっと笑い、ピアノケースに目を向けた。
「……ちょっとだけ、弾いてもいいですか?」
「もちろん」
宗次が頷く。
店の隅に置かれた、小さなアップライトピアノ。
木の香りが残る古い楽器だ。
里奈はそっと椅子に座り、深く息を吸った。
指を鍵盤に置く。
ゆっくりと、優しく──子守歌のメロディを奏で始めた。
単純な旋律。
でも、それは、秋の光に満ちた、豊かな音だった。
ぽろり、ぽろりと降る音に、羊羹の栗が重なる。
豊穣な実りのリズム。
小さな命の鼓動。
音楽に合わせて、お腹の赤ん坊がまた跳ねた気がした。
──この手で、守っていこう。
誰に言うでもなく、心の中でそっと誓う。
曲を終えたとき、宗次は手を叩きながら微笑んだ。
「この子も、きっと音楽好きになりますね」
里奈は、照れたように笑いながら、
またひと口、栗羊羹を口に運んだ。
外では、秋風に乗って、鈴虫たちの声がささやきはじめていた。
実りの季節は、もうすぐそこだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます