第4話 涼やかな翳り、水羊羹

真夏の日差しは、容赦なく街を焼きつけていた。


コンクリートの照り返しに目を細めながら、紗羅はカメラバッグを抱えて歩いていた。

コンテストの一次選考、落選。

あの日、通知メールを受け取った瞬間から、心の中に重たい雲が広がっていた。


──やっぱり、私には向いてないのかな。


無意識のうちに、菓子処いろどりの前に立っていた。

涼しげに垂れた簾の向こう、店内はどこか別世界のようにひんやりしている。


茜が笑顔で迎えてくれた。


「暑かったでしょう?冷たい水羊羹、どうぞ」


透明な皿に載った水羊羹は、まるで水面を切り取ったように滑らかだった。

ひと口含むと、舌の上でふるりと揺れ、すっと溶けていく。


──ああ、夏って、こんなにやさしかったっけ。


ふと、ガラス越しに外を見た。

日差しは強い。でも、影のなかには、きらきらとした光がこぼれている。


紗羅はカメラを肩にかけ直した。


「ちょっと、行ってきます」


***


川沿いの遊歩道まで足を伸ばす。

強い日差しに焼かれたアスファルト。

でも、そのすぐ隣、川面には無数の光が揺れていた。


シャッターを切る。


キラキラと弾ける波紋。

通り過ぎる風にひるがえる簾。

石畳の上に映る木漏れ日。


構えたファインダー越しに、ふと、自分の姿がちらりと映り込む。


──撮りたいものなんて、きっと、ずっとここにあった。


気づけば、神社の鳥居をくぐっていた。

境内はひんやりと涼しく、蝉の声だけが頭上から降り注いでいる。


石段の下で、水羊羹を思い出した。

透明な涼しさ。

溶けて消える甘さ。

それは、消えたわけじゃない。

一瞬のなかに、確かに存在していた。


もう一度、シャッターを押した。


***


夕方、店に戻ると、茜が水を打った石畳にしゃがんでいた。


「いい写真、撮れた?」


「──うん。たぶん」


バッグのなかには、いくつもの光と影が詰まっている。

まだ拙いかもしれない。

でも、何度でも、撮りたいと思った。


茜がにっこり笑って、もう一つ、水羊羹を差し出した。


「おつかれさま」


ふるりと揺れる甘さが、今日のすべてを優しく包み込んでいった。


空は少し赤く染まり、夏の夕暮れが、静かに町を満たしていた。

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