第一章 信孝切腹(二)

 三好笑岩康長という老人がいる。

 三好氏は永禄の昔に畿内・四国で権勢を振った天下人の一族である。当主の修理大夫長慶――それより前実弟達が次々が死ぬと、内紛と東から将軍義昭を奉じた信長の攻勢で、徐々に没落していった。

 咲岩はこの三好氏の一族で、長慶の叔父に当たる人物である。

 信長が上洛したから、元天下人である三好氏――中にはずく将軍義昭に敵対した三好三人衆はもちろん心服しない、三人衆と織田は戦って、後に左京大夫義継も加わり信長包囲網の一翼を担当した。しかし天正元年に、当主の三好義継が味方の劣勢の末自刃し、三好の勢力は次々と壊滅した。しかし咲岩は阿波三好を預かり河内高屋城に最後まで抵抗を続けた。天正三年に信長に攻められた際にようやく降伏したが、あの反骨の振舞と四国への縁を買われ信長から気に入られ、一転重用された。

 天正も将軍義昭が備後入りの時、四国には英傑――長宗我部元親が四国一統へ取り組んでいるが、その勢力の拡大は信長へ織田を脅かすかという疑念を生んだ。さらに伊予で元親は毛利氏と手を組んだので、天正四年来毛利と交戦する織田家としても、懸念であった。

 瀬戸内から毛利の牽制と長宗我部の対抗馬として、阿波より発祥の一族、三好氏は好都合になる。

 天正十年に、阿波と伊予を巡る長宗我部との国分問題で、元親は遂に元親は決裂を宣言。信長は四国征伐に踏み切った。

 「今度は三七を取り立てよう」

 安土城の天主の花鳥の間に信長の声が甲高に響き、木霊まで聞こえると思うほどだった。

 その四国征伐の総大将は、信長はこれまで様々な働きをした信孝を抜擢した。

 「俺は、総大将?!」

 信孝は驚く限りですが、声には喜びの色が帯びた。

 「ただの総大将ではない」

 安土城の天主に座る信長はそう言った。

 「主は今回、五郎左と蜂屋兵庫(頼隆)を補佐につけ、四国へ討ち入れ。長宗我部めを滅ぼし、鎮西の島津、大友と今備中に陣する筑前とともに、毛利を一気に崩す軍略じゃ。失敗する訳にはならぬ」

 信長は彼に丹羽長秀、蜂屋頼隆などの副将を付け、西国一統を目指していた。

 「この合戦に勝利の暁には、主は阿讃の大名になる」

 それはありがたい限りの話だ。長年不遇の時期を過ごしたと思えば、間もなく二ヶ国の大名になれるのである。それまでの道程と思うと、信孝は涙を流し、父の前に平に伏していた。

 「涙を流すのはまだ早いぞ。主はこれから四国仕置きの箔を得るべく、『神戸』を捨て、笑岩の養子となり、その名跡を継ぐべし。そうなると、四国平均する際に、三好の本国阿波は笑岩へ、讃岐は主へ宛行するのじゃ」

 五月七日付で信孝に発給された信長の朱印状にこう記されている。

 「万端対山城守、成君臣・父母之思、可馳走事、可為忠節候、能々可成其意候也、」

 と、信孝は三好笑岩の養子になる予定がある。

 だが、そもそもこの時には、笑岩はもう四国攻略の先陣として、阿波へ渡海していた。合戦が間近であるにせよ、この養父子は対面すらなかったのである。

 「ははっ!」

 だが、信孝は大声で応じた。彼にとっては「織田」こそ第一で、神戸や三好などはただの道具にすぎない。それほどの感情を持っていない。

 「直ちに出陣せよ!我らは長宗我部めの首を一人残らず刎ねて見せるぞ!」

 信孝は自分の所領である伊勢河曲・鈴鹿二郡の名主・百姓を尽く動員して、兄信意の領地である南伊勢でも兵を借りた。さらに信孝は信長から貰う軍事指揮権で丹波、丹後、山城の国衆たちに対して兵糧・飼葉・武器弾薬・船人夫を徴集し、四国遠征軍に補給するように命じていた。

 これで一万四千人の軍勢を、寄騎含めてかき集めたのである。

 「若様は出世でしたなぁ」

 「元々若様の才覚は小身で留まらないと思いますぞ!」

 幸田彦右衛門と小島兵部少輔は感慨深い顔で、意気揚々と煌びやかな武具を纏めて従軍した。

 「お前たちは今回も武勲を飾って、俺は四国の大名になればそなたらは家老になるぞ!」

 それに対して、岡本良勝はまた異なる考えがある。

 「兄弟たちと仲良くしたからそんな結果になるでござろう」

 若様も丸くなったなぁ、それは続けば良い。と彼は考えている。

 (だが、些か不安が目立つの)

 最近、信孝は血気盛んである。この時に終わったばかりの甲州征伐で、兄信忠は織田の長年の宿敵――東国の大々名武田氏は僅か一月余りで呆気なく滅ぼした事で、信孝は兄への考えも改めた。

 だが、信忠は恵林寺を焼き討ちしたので、その苛烈さも信孝の兄への考えも改めた。彼は今信忠を負けないような思いで、敵に対して過酷な振る舞いに及びかねないのである。

 「それで敵の反抗を激化しないといいのう……」

 織田の「戦」はいつもそうだが、延々と似たやり口になるから戦は終わらない。このやり方、そろそろ変わるべきと思う……言っても誰も聞く耳も持たないだろう、そう思っている良勝は一人で呟いた。

 五月二十七日に、信孝はそんな搔き集めた軍勢で、安土に伺候した。副将は織田の名将丹羽長秀、蜂屋頼隆,津田信澄を付けた。

 「威勢が良い軍勢や~」

 民たちは信孝の軍容は驚き。徒士の足軽でも新しい具足を着て、槍と刀と共にキラキラ輝いている。その勇状さと勢いは『織田軍記』にこの時、信孝の地位について「南海の総管」と呼んでいる。『イエズス会日本年鑑』でもこの時、信長は信孝へ「一夜に大名にお成り候」というほどの人夫・馬・兵糧・黄金など莫大な贈り物を与えたという。

 そんな大軍は翌二十八、九日に摂津に至り、信孝と頼隆は住吉に、信澄は大坂に着陣した。六月に渡海して阿波へ上陸。笑岩を支援する予定だが、その六月二日に、異変が起こった。


 「な……な……何だと……?」

 信孝は声だけではなく、書状を握る手も、体も、実は心も震えているとみえる。

 しかも、これは決して「武者震い」ではなかった。

 「もう一遍言え!」

 これも咆えではなく、慟哭である。

 けど、信孝の陣中に来た使者の低い声は無情にそう告げた。

 「はい、六月二日、京・本能寺に、上様は、惟任日向守(明智光秀)殿の謀反による、討たれ遊ばれ申しましたとの由」

 それを聞いた所、信孝は激昂のあまり立ち上がり、書状を破った。

 「馬鹿なぁ!!そんな事はあるはずがない!」

 それは、かの有名な「本能寺の変」が勃発した事である。信孝らの四国遠征軍にいる摂津は都と近いので、変の知らせが届いたは恐らく勃発した当日と考えられる。

 「お……俺は四国を攻める総大将であるぞ!昨日までは大々名の扱うを受けているこの俺は……高転びに転んでたまるか!!」

 信孝は怒り心頭で吠えた。

 「おのれ!日向守め!おのれ!おのれ!おのれ!おのれ!おのれ!おのれ!」

 うろつきながら怒鳴しても無駄の事である。この四国遠征軍は元は寄せ集めた部隊で、変事を知れ渡られた時から、歴たる士分ではない足軽たちは恐怖で逃亡が相次いだ。ルイス・フロイスが「変事を聞いて大部分は彼(信孝)を棄て去った」と記されるほどの有様である。

 「これじゃどうするのじゃ!大将!」

 「謀反者の日向守を討ちましょう!上様の仇を討って、弔い合戦致しましょう!」

 「弔い合戦をしようにも……今軍勢は散り散りになっちまうぞ!」

 「さらに、我々は都と一番近いので、真っ先に討たれやもしれぬぞ!」

 「それで座って死を待つという事か!?」

 「そう申しておらぬ!!」

 随行している幸田孝之と小島兵部少輔も大変狼狽えて、これからの行動をどうすべきか、話がまとまらなくなる。

 何と言う有様じゃ。それを見ている岡本良勝は思っている。

 幸田、小島、いえ、主――信孝さえも、いつも信長の命令を従い、それを大過なくこなしたが、上様の鶴の一声がなくなると、行方さえ分からなくなる。ましては彼らは負け戦と言える負け戦の経験がない故、今のような天変地異に見舞われたるや己で決めかね、半狂乱になるのも仕方あるまい。

 「方々、落ち着かれよ!」

 あまりにも見苦しいので、耐え兼ね岡本良勝はいきなり叫んでいた。

 「若様!貴方様は仮にもこの軍の総大将であるぞ!大将まで慌てると、全軍は浮足に立つでござる!それでは全軍は惟任勢に負ける前先に壊滅するでござる!」

 「おお……おう」

 それを聞くと、まるでビンタされたようで、信孝はしばらく呆然したが、静かになった。

 「そう……そうよの。今は残る軍勢を纏めるべきじゃ。攻めるか守るかそれ次じゃ」

 そう言った所に、陣所の外から「失敬」と一言で、ある人が入って来た。

 質素の甲冑と同じく朽葉色の陣羽織を身につける、丸顔を持つ武将である。

 「五郎左か?」

 「如何にも拙者でござる、三七様。上様の御難のこと、既に聞き及すでござろう?」

 さすが歴戦の武将、惟住(丹羽)五郎左衛門長秀。彼は日常生活のような口調で信孝へ問いかけた。

 「それは……まさかそんな事があるとは……」

 信孝はそう言いながら頭を抱えている。

 「悩んでも仕方ございませぬ、慌てても理解出来ます。しかし、一番大事なのは上様の仇を討つ事じゃ」

 長秀は言った。

 「そこで、一つ提案がござる。七兵衛殿を攻めるのはどうじゃ?」

 七兵衛とは、今回の四国遠征軍に副将格を持つ織田一門、大坂周辺の指揮権を信長から与える津田信澄である。

 「七兵衛は味方じゃないのか?」

 それを聞いた長秀はなぜか嘆いた。

 「三七様、彼奴は日向守の聟じゃぞ。いつ寝返りでもおかしくはない」

 実際そのような噂も出て来たでござる。長秀はそう言った。

 「けど、証がないぞ……」

 「確証が出たともう手遅れ。今は七兵衛殿を討ち、摂津と京の道に至る大坂を確保する方が肝要じゃ。惟任討つにせよ味方を集めるにせよ、あるいは味方を待つまで惟任を塞ぐにも欠かせぬ一手じゃ!」

 そう考えると本当にどんな策でも出来る一手である。反応が早いのか?信孝はすぐ「大坂へ進軍!七兵衛を討て!」と下知を出し、皆が「はい!」と応じた。

 「それで良きものでしょうな」

 出陣する岡本良勝はそう言ったが、隣の長秀は厳しい顔をしている。

 「いえ、いかんでござる。やるにせよ知らせがそろうまでは」

 「どこがいけませんか? 進言したのは五郎左殿でございましょうに」

 「いかにもじゃ、ただしこれを打つには欠かせぬ知らせがある。時に岡本殿、本能寺の変事を伝えた使者殿は、妙覚寺にいる三位中将様(信忠)の生死も伝わたのか?」

 長秀は露骨に話を逸らした。

 「これは……いえ、分かりませぬ。なれども惟任日向に与同の者がどれほど増えるか知らぬ以上、動くべきではござらぬか? ただでさえ兵が逃げてしまったとなれば僅かでも勝ちがなければ、総崩れにしかならぬ」

 「そうか……そうじゃな、此度ばかりは即断でいかねばならぬのう」

 この話題はすぐ終わり、長秀もそれ以上追求しなかった。だがこの時、長秀は何かを察した表情を浮かべていた。


「これより日向守通敵の津田七兵衛を討つ!出陣じゃ!!」


 六月五日、信孝は惟住長秀と蜂屋頼隆に軍勢を預け大坂城を急襲。同城千貫櫓にて津田信澄を討ち取った。

 その行動は風聞によるものにせよ、宣教師のフロイスは報告書にて河内の諸侍はこれを評価し、信孝を主君と認めた。

 その折には、一人の武将とその軍勢が畿内に帰還した。

 「羽柴筑前守の書状?」

 「はい、羽柴殿はもう摂津尼崎へ辿り、信孝様とともに上様の弔い合戦をしたい所存でございます」

 書状を読み上げた長秀はそう言った。

 「毛利と対陣中によくこんなに早く陣払いできたとは……」

 「さすが戦上手の筑前じゃ」

 「だが、羽柴殿も織田の家臣ではないか?ならば、上様の御子である若様こそ上。同陣し弔い合戦するなら、筑前殿が大坂へ来るこそ筋合いでございましょう?」

 信孝の乳母兄弟として、幸田孝之は強気で質問した。

 「だが彦右衛門殿、我々は今の兵力で筑前殿を上回るのですかの?」

 「それは……五郎左殿」

 丹羽の指摘に孝之は言葉を詰まらせた。今の信孝、長秀、頼隆らの兵力はただ四千ばかり。しかし、秀吉の書状によると、今の羽柴軍は二万と書いている。

 「今摂津の池田殿、中川殿、高山殿の兵も筑前殿の陣へ参りますので、もし遅れを取ると、我々には面目がございません」

 「それでも羽柴殿の旗下に加えるのか?!これでは若様は羽柴殿の下になるみたいでござる!」

 小島兵部少輔は不服らしい。

 「筑前か……」

 そう呟いた信孝は顔を少しゆがめた。

 「家臣の指図を受けるのは嫌なのは承知致します。されど、今はこの畿内には三七様は一番年長の連枝衆。この戦を勝てば、三七様は名を世に轟くでござろう?」

 長秀はそう言った際に、声が急に低くなった。

 「羽柴殿が三七様を総大将を奉ると申しましたが、もし断ると手柄は全て羽柴殿に取られますぞ」

 「ぐぅ……それも一理ある……」

 それを聞くと、信孝は強い勢いで立ち上がり、口に苦虫を噛むような表情が出た。

 「それは、三七様のご決断次第でございます」

 長秀はそれ以上語らなかった。

 「よっし!出陣じゃ!筑前と合流して、惟任日向守を討つ!」

 斯くの如し、信孝勢は山城山崎の羽柴陣所へ向かった。その到着は十三日の朝ですが、羽柴勢は前日にもう軍議を始め、陣立を決めたから、この戦の主導権はどう見ても羽柴秀吉が握っていた。

 それでも、信孝勢が到着した所、秀吉は信孝の前に頭を下げて礼をした。

 「三七様……良くぞご無事で……」

 「筑前、毛利からの大返し、大儀である」

 《金井文書》によると、秀吉はこの時、「御落涙、筑前もほえ申候儀限無」と言及されている。

 「俺が来たら、あの惟任も相手にならないだろう」

 軍議の時に、信孝は自信満々に言った。

 「そうじゃ。こりゃ心強いでござる。三七様、どうか万事、我々をお任せくださいませ」

 総大将様、泰然にすればよい。と秀吉は言った。

 「今上様お隠れで、三位中将様とご嫡男三法師様の安否も分からぬまま。もしこの戦を勝てば、悪くでも名代、良くなれば」

 秀吉は信孝の耳に近づいて言った。

 「三七様は跡取りになれるやもしれぬぞ」

 「それは誠か?!」

 これを聞くと信孝は驚いたが、目には嬉しさが出て来た。

 「すべては天命次第でございます」

 秀吉はそれ以上言わなかったが、信孝の顔にもう喜色を浮かべ、浮き浮きしていた。

 「ならば、皆の衆、頼むぞ!」


 山崎の戦いは羽柴勢・池田勢、そして信孝旗本衆の奮戦によって、惟任勢を敗走させ織田方の勝利に終わった。光秀はその日に山城の小栗栖に土民の襲撃を受けて、落命しました。

 「でかしたぞ、筑前!」

 「忝のうございます」

 信孝は狂喜乱舞しそうですが、それに対して、秀吉は戦に勝ったにもかかわらず、顔には表情が見えませんでした。

 「何だ?筑前、陽気の其方らしくないぞ」

 「いえ、わしゃはただ少し考え事が……」

 この頃の信孝は、自分の能力が世に示して、織田家の当主になると想像していたでしょう。

 六月十四日、朝廷から信孝と秀吉のもとに勅使の勧修寺晴豊らが訪れ、太刀を授かり、勝利が祝賀された。

 信孝は勅使を歓待して、彼らを求める継目安堵を約束した。

 「それじゃ、俺はいつ入京出来るのか?」

 信孝の心には、自分は天下人みたいに入洛したかったと思っていた。

 だが、信孝のそれを聞くと、勅使の言葉が濁った。

 「それは、しばらく待つ方が良いかと……」

 「三七様、日向守の首を分からぬ今、それを申すのは如何なものか……」

 「儂も、日向守の加担するお公家衆もいるでござろう。まず状況を鎮めた入洛する方が良いと存じます」

 信孝はイライラして、「おかしいではないか?」と言いつつが、秀吉と長秀の諌めを聞き入れて、糺明の使者だけ派遣した。

 その夜、元天下所司代を務めた村井貞勝の一門で家臣の村井清三が信孝たちが山崎に張っている陣所が訪ねると、衝撃の事実も持ってきた。

 「御注進!御注進!謀反人――惟任日向守殿の首は小栗栖に民たちに討たれ申した!今届いておりまする!」

 天下所司代の元で働いている村井清三はその大声でそう知らせに来た。

 「でかしたぞ!清三、小栗栖の民たちは永年年貢なしじゃ!」

 信孝は光秀らしいあの髪がないが、肌が崩れて、血汚で黒いっぽいになる首の前に称賛した。だが、知らせは一つだけではなかった。

 「御注進!御注進!」

 ダンダンと馬の蹄声が急いで響いている。

 「何じゃ誰の早馬か?」

 「それは……」

 清三は答えする所に、一人の騎馬武者は早い速度で陣所へ駆けつけて来て、その速さで陣所の中にぶつけるほどである。だが、その武者は「誰か!誰か!」と叫んで彼を止めようとする信孝の下知が家臣たちが行動する前に、馬が止めて、その人も落馬と思われるほど、馬から転んだ。

 「其方……兄上の馬廻である桑原助六殿じゃないか?!」

 信孝は驚く声で言った。確かに、今、鎧は埃と血で汚れる武者信忠の馬廻の桑原助六に違いない。

 「はい!某!羽柴殿と三七殿が山崎に大勝した知らせが届いたと、それは昼夜問わず、水と飯も何も食べず、岐阜からここまで駆けつけて来たでございます!」

 そして助六の次の申した言葉はさらに信孝にとって晴天の霹靂である。

 「惟任に大勝する儀、目出度し候!三位中将様はこれを聞いたと大変喜び、今岐阜へ出陣して、前田孫四郎、蒲生忠三郎殿、山岡をそれを呼応して、近江へ制圧して残留している惟任勢を掃討する目論でございます!羽柴殿と三七殿も、しばらく休みを取った以上、畿内の惟任勢を討ってくると、三位中将様の願いでございます!」

 「な……に……兄上が……」

 信孝は呆然で立ったまま唸り声しか出せなかったが、秀吉はそれを聞くとすぐに平伏した。

 「ああああ!三位中将様、まだ生きているでござりますか?!有難や、有難や!」

 秀吉は大袈裟の動きと声で言った、言葉もあまり激昂すぎて何を言っているか分からなくなった。

 だが、彼は信孝のあの憮然とした顔を見逃していなかった。

 「わしゃは整えた次第すぐ山城、丹波へ出陣する、三七様は河内、和泉へ出陣致しましょう」

 秀吉がそう言ったと信孝へ向いて来た。

 「お……おう」

 信孝はこれまでの威勢を失っているようで、萎える声で応じた。

 「忝いでござる。これは、三位中将様が貴方様たちへの書状でございます」

 六月十三日、於勝龍寺表惟任勢討ち勝てる儀、最も神妙に候……と、助六は懐に書状を取り出して読み上げていた。書状の内容は信孝と秀吉たちの武勲を褒めている。所謂感状らしい物であるが、信孝は聞く気がなくなってしまった。

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