第109話 夏海の母親

 ……扉が。


 明らかに金が掛かっている。

 これがタワマンの扉か……


 俺の家のマンション扉も結構しっかりしているけど。

 こっちはなんというか……


 最新鋭の防犯技術が入ってそうな、高級品の雰囲気があった。

 ひょっとしたら夏海の家は、家の扉だけ交換したのかもしれない。


 隣の家の扉ともなんか雰囲気が違うし。


「ちょっと待って」


 扉を見て固まっている俺にそう言って


 夏海はインターホンを押して


 ……中の人が動く気配がした。




 夏海の母親が中から鍵を開けて。

 俺を家に迎え入れてくれた。


 ……確か夏海の両親は共働きで、母親の職業は教師……だっけ?


 調べたのがアイツだから、ムカつくが多分間違いは無いはずだ。

 でなきゃああも自信たっぷりに俺だけが犯人だと断定しないだろうし。


 学校の仕事はどうしたんだ……?

 半休でも取ったんだろうか……?


「よく来てくれたわね」


 夏海の母親は、背丈は夏海くらいで。

 そのまんまだった。


 ……順当に夏海がトシを取ったらこうなる。

 そんな感じ。

 髪型も夏海と同じおさげだし。

 眼鏡も一緒。


 見た感じの年齢はアラフォーで間違いないんだけど、目に夏海同様知性の光がある気がする。

 多分、母親の上澄みってこういう人なんだろうな……


 ……いいなぁ。


 俺は


 リビングに通されてテーブルにつかせて貰い

 コーヒーを出されて。


 テーブルを挟んで俺と向かい合って座っている、その黒セーターの女性を見て。


 少し、夏海が羨ましくなった。

 そんな俺に


「天麻くん、どうしたの?」


 俺が何も言わないので、夏海が隣からそんなことを

 俺はハッとし


「いえ、今日はお招きありがとうございました!」


 慌てて頭を下げる。

 一応自己紹介はさっき家に入った瞬間にやったけど


「夏海さんとお付き合いさせていただいてます! 頼朋天麻です!」


 ……そのときに言ったことをもう1回言ってしまった。


 そんな俺の様子に夏海の母親……いやお母さんはクスクス笑う。


「……迷宮1階で、ウチの子を助けてくれたのが切っ掛けなんだっけ」


 そしてそんなことを言って来た。

 夏海が事前にその辺をもう話してるんだな。


 俺は


「ええ。偶然でした。たまたまトレーニングで迷宮に1人で入ったときに出会ったんです」


 誤魔化す内容でも無いし、そのまんま応える。

 すると


「……ゴメンねぇ、ウチの馬鹿娘が足りない頭で無謀なことをしたせいで」


 ……なんだか本気で申し訳なさそうにそんなことを言って来たんだ。


 あれ……?


 何で1人で迷宮に入ったんだ、とか。

 何でそのときに夏海にクラスを与えたんだ、とか。


 俺を問い詰めたりしないのか?


 高校生男子が1人で迷宮に入るのは多分普通じゃ無いし。

 そもそも論として、あのとき夏海にクラスを取らせなかったら、夏海が今のように迷宮探索者になることもなかった。


 なんとなくだけど、そこを言われると覚悟していたのに。


 このひとは、訊いて来ない。


 ……何でだ?


 数瞬考え


 俺は


(あっ)


 そっか。

 すでにそういうこと、全部知ってるのかもしれない。


 俺が家庭の事情で独立のために、プロの迷宮探索者を本気で目指していたこととか。

 その家庭の事情が一体何なのかとか。


 知ってるから、訊いて来ないんだ。

 ……夏海と一緒だ。


 俺は目の前の女性が夏海の母親であることを、その見た目以外の理由でも実感した。

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