第5話 スチームディズ 街角に咲く花

 

『ノアのみなさーん、今日も蒸気とともにいきましょう!スチームデイズ、始まり ます! 街角に咲く一輪の花を見つけたら、いいことあるかも?』


――ザーッというノイズとともに、ラジオが流れる。


ナツメの花屋やスナック茜 カイヅカがある商業街は、元々工場街の作業員のための居住区だった。イーストフォージと呼ばれた地区。今はフォージと呼ばれる地域。ノアの中では古い街並みだが、最近は蒸気機関の駅など再開発が進み。街が騒がしい。


昼下がりの街。蒸気の音、バイクの振動、遠くで響く汽笛。

そんな街を、ひときわ静かにバイクが走る。


蒸気が薄く流れる裏路地を、黒いバイクが走っていた。蒸気は少なめに、ピストンの動きも静か。ナツメの手によって、密かにカスタムされたバイクだった。


配達用の箱には、今日の届け物が積まれている。

小さな花束――華やかではないが、柔らかく、静かな存在感。

黒いシャツに白いエプロンをつけ、ミニスカートから太ももを見せる。大人びた雰囲気を漂わせながら、どこか幼さの残る横顔。配達に出たナツメの姿に、思わず目を奪われる通行人も少なくない

スチームアイドル、イリスの歌声が遠くに聞こえてくる。誰かの開けた窓から漏れてくるラジオだろう。


『蒸気ホールで今夜、ライブ開催!イリスとセラのダブルヘッドライン! チケット残りわずか!』


興味はない。 ナツメは、バイクのアクセルをほんの少しだけ開いた。


蒸気にかすむ商店街を抜け、裏通りの奥へ。 小さなスナックの看板が見えてくる。


《スナック茜》今日の配達先だ。


バイクを降りると、蒸気の音がひときわ大きく耳を打つ。 ナツメは、ゴーグルを額にあげ、静かにドアをノックした。


「はいよー」


がちゃりと開いたドアから、タンクトップ姿のバンビが顔を出す。 筋肉隆々の腕には、鍋をぶら下げている。大柄のドワーフの青年。可愛らしい顔をしているが、バンビと呼ぶには筋肉が多い。だが彼はバンビという名で定着していた。スナックの店主でもあるアカネがつけたのか、ナツメはその由来を知らない。


「花? ああ、アカネさんが頼んでたやつだな」


鍋を片手に、サインも受け取りも適当に、バンビは花束を受け取る。


ナツメは黙って軽く頭を下げた。


「今日は……赤い花じゃないんだ」


奥のソファから、少女が眠たそうに声をかける。 しろいシャツにメーターや歯車のデザインを施された革のホットパンツ小柄な少女。剥き出しの太ももが若さをアピールしてくる。この蒸気の街では珍しくないファッションだが、少女はそれを自分なりにアレンジして着こなす。

スナック茜の居候で、看板娘リョウだ。


「今朝は……良い状態が手に入らなかったので。」


ナツメは淡々と答える。

リョウはあくびをしながら、ぼそりと漏らす。


「うん……今日の花、きれいだね。赤いのより、こっちのほうが好きかも」


ナツメは、軽く礼をして戸口を離れた。



外に出ると、蒸気が街を覆っている。小さな花屋には、まだ今日も配達が待っている。バイクにまたがり、ナツメはゴーグルをかけた。


バイクを静かに走らせる、背中からふわりと、蒸気が漏れた。

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