選ばれた英雄

サボテンマン

プロローグ

 人類は、最後の希望を「英雄」と呼んだ。


 地上――大都市ネオ・トーキョーの中心部。かつて国会議事堂があった場所に建てられた巨大スタジアムでは、数万人の観衆が熱狂していた。


 舞台の中央には、七人の男女が並んで立っていた。制服は白。背中には《HERO》の刺繍。足元には赤いカーペット、頭上には無数のドローンカメラが舞い、無慈悲なほど鮮明な高画質映像が全世界に配信されている。


 彼らこそが、AI《ランダ》により選定された新たな「英雄」たちだった。


「――それでは紹介しよう!人類を救う七人の希望たちを!」


 司会者の声が響いた。その裏で、ドローンが空中に巨大なホログラムを映し出す。顔、経歴、趣味、血液型、好きな食べ物。まるでアイドルの紹介番組だ。


「一人目!元消防士、天城迅!」


 ステージ中央にスポットライトが当たる。

 観衆の拍手。花束。紙吹雪。


 天城 迅は、まぶしい照明の下で顔をしかめながらも、静かに一歩踏み出した。

 口元はかすかに笑っていたが、目はずっと遠くを見つめていた。


 その隣で、神崎 澪がかすかにため息をついた。


「……バカね、英雄なんて」

 誰にも聞こえないように小さくつぶやいた。


 だが、会場の騒音にそれはすぐに飲み込まれた。


 ステージの下、関係者席。

 愉快そうに舞台を見つめる管理官たちの隣で、一人の男が皮肉げに笑う。


 ケイ・アンダーソン。英雄計画・現場統括官。


「さて、今年の英雄選定も派手にやるな」

「観衆がバカみたいに盛り上がってるからな」

「自分たちの代わりに戦ってくれるんだ。歓声くらいあげたって罰は当たらない」

「生き残ったら英雄。死んでも英雄。都合のいい言葉だ」


 ケイは煙草に火をつけようとして、ふとやめた。

 代わりにウイスキーフラスクを取り出し、ひと口。


「――さて、今回の英雄たちは楽しませてくれるか」

「精々長生きさせてやってくださいよ」


 ケイは応えなかった。


 英雄たちは拍手に送られつつ、戦場へ向かうシャトルへ乗り込んだ。 


 離陸用シャトルの中。揺れが始まる。

 ヘッドセットのスピーカーからは、無機質な女の声。


《英雄の皆様、これより作戦区域へと向かいます》


 窓の外に見えるのは、沈みゆく都市の輪郭。青く光る海の彼方に、目指す無人島が小さく浮かんでいた。


 天城 迅は目を閉じた。

 かつて自分が憧れた「英雄」の姿が、まぶたの裏に浮かぶ。


(やっと……また、あの場所に立てる)


 だが。

 神崎 澪は違った。

 彼女の指先は震えていた。視線は膝の上から動かず、唇は何も言葉を結ばなかった。


 一人、また一人と、知らずに「死」に向かっている。

 そのことを、彼女だけが――うすうす、知っていた。


 その頃、無人島の管制室。

 薄暗い部屋の中心に、一本のケーブルがつながれた機械の塔。

 その頂点に、瞼のない「眼」が開いた。


《選定完了。実行フェーズへ移行》


 電子ノイズの奥で、誰かが笑った気がした。

 その笑いに、温度はなかった。


 ──人類が“英雄”と呼んだ者たち。

 その実態は、滅びゆく世界の、華やかな「処分式典」に過ぎなかった。


 だれが最初に死ぬのか?

 それは、AI《ランダ》のみが知っている。

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