第12話

 インテリジェンスウェポンやリビングクロスたちに「無闇に人を襲うな」と命令していなければよかった。

 やってきたのは




――あの貴族だった。




「バミューダ様! 爆発の形跡は見られませんでしたが、結界が張られている家を発見しました! 我々は入れませんが、見事な結界です! 入ることができれば……!」


「おお! 結界! いい、いい! 誰にも邪魔されない! 捗る、捗る!」



 多くの私兵を連れて門の前にまで来てしまっていた。

 それを俺たちは玄関の扉を少しだけ開けて覗くようにして確認していた。


 話を聞く限り、俺を追ってきたわけではなく、先日家の周りに群がったオークにめぐるが攻撃魔法を使って対処した時に起きてしまった爆発の調査をしに来たようだ。

 くっ、オークどもめ、面倒なことを……!



『どうする? まためぐるに森破壊魔法ぶっ放させる?』



 物騒なこと言わないでくれ、妹。

 ……しかし、もしもの時は殺す覚悟を持たなければならないかもしれない。

 人の首を絞めて悦ぶような奴だからな……。

 そうなった時は――



「……できればそれはしたくない。殺しやるなら俺が殺すやるめぐるを、お前たちをお尋ね者にするわけにはいかない」


『おにいちゃん……』



 汚すなら俺の手だけでいい。

 いや、そうでなければならない。

 それが父親の代わりである俺の務めだ。

 たとえ俺が、今はこの中で一番弱かったとしてもみんなに危害を加えられないように俺がする。

 それだけは譲れない。


 決意を固める。

 そんな俺を見てめぐるが不安そうな表情をしていた。

 だから、頭を撫でてやる。

 落ち着かせるように。


 あの貴族どもにどうやって対処すべきか、と考えていると母が言ってきた。



『駄目よ、しらせちゃん。他人を痛めつけて悦ぶ人なんでしょ、あの人。そんなののためにあなたが苦しむなんて間違ってるわ』



 母親として大事なことを教えようとしてくれているのだろう。

 けれど、俺はもう前世で人を殺してしまっている。

 だから、どうにもなずもう手に掛けるしかないとなった時は、俺がやるのが一番そのあとの弊害を抑えられるはずだ。

 罪悪感と自己嫌悪あんな感情に苛まれるのは俺だけでいい。

 俺はそう伝えようとした。

 だが。



「母さん、俺は――」





『もしもの時はお母さんが殺すから』




 驚きの言葉が母の口から飛び出した。

 あの母がそんなことを言うとは思ってもみなかった。

 少々抜けていておっとりしていて優しい母だったのだ。

 そんな母が……。



『だからしらせちゃんたちは何も背負わなくていいの。ううん、背負わないで。そういうのは全部お母さんが引き受ける。あなたたちとまた逢えた時に、そう決めたから。……それに、あのアビ・ア・ラ・フランセーズを着た音楽家みたいな髪型の人、なんか変な感じがするし……』



 一回死んだことが、母にそう決意させてしまったみたいだった。


 ……しかし、後半はどういう意味だ?

 貴族服アビ・ア・ラ・フランセーズを着た音楽家みたいな髪型の人というのはあの貴族のことだと思うが、「変な感じがする」とは……?


 わからなかったが、考えている場合ではなくなった。

 母が外に出て行こうとしたから。

 いくら母が俺たちに苦しんでほしくなかったとしても、その願いは聞き入れられそうにない。

 母は手を汚して苦しまない性格をしていない。

 それなら俺が汚れた方が断然いい。

 母に苦しんでほしくはないから。


 俺は母を止めようとした。

 しかしそこで、予想外のことが――いや、ある意味簡単に予想でき、起きて当然なことが起こる。



『ううん! やるよ、ボク……! ママとおにいちゃんだけを、いたいきもちにさせない!』


『ううん! あたしが! あの時は怖くて動けなくて、やられるだけで……っ、守ってもらうばっかで……! あたしだってみんなの役に立ちたい!』



 めぐる樹音じゅおん――二人が母を止めた。

 もしもの時は自分が請け負う、と。

 二人も母に苦しんでほしくなかったのだ。

 顔を見ればそう思っているのは一目瞭然だった。


 ……大変なことになった。

 みんながみんな、自分以外の家族に傷ついてほしくなくて自分が対処しようとしてしまっていた。

 俺が行こうとすると三人に止められ、母、樹音じゅおんめぐるが行こうとするのは他の三人で止める。

 家族のことを思っての行動だった。

 しかし――事態は悪化する。


 それを知らせたのは上からひらひらと降ってきた紙だった。

 床に、文字が見えるように落ちたそれにはこう書かれていた。




『申し訳ありません。一人の侵入を許してしまいました。結界はすぐに張り直しましたが……』




 目にした瞬間、時が止まったかのような錯覚に陥った。

 けれど、無情にも時は動いていて。

 玄関の扉が開けられた。



 入ってくる。

 あの男が。

 アビ・ア・ラ・フランセーズを着ていて。

 音楽家みたいな髪型をしたあの男が。

 無作法に。

 不躾に。

 図々しく。

 その男は。

 俺を見つけるや否や。




――俺を押し倒し、馬乗りになって、そして、首を絞めてきた。




 恍惚とした表情で。



「見つけた、見つけた! やる、やる! 楽しい、楽しい!」



 とっさに魔力を纏わせたが。

 おかしい。

 こいつ、こんな喋り方してたか?

 ――いや、今はそんなことどうでもいい。

 苦しい……っ。

 肉体の強化が施されていない……?


 腕に魔力を纏わせて、そいつの手を引き離そうとするも。



「うぐ……っ!?」



 そいつの手に触れた瞬間、ものすごい疲労感に襲われた。

 力を吸い取られでもしているのか……?

 まずい……。

 この謎の現象をどうにかしないことには手の施しようがない……っ。

 それでも、俺は足掻いて魔力を首に集中させていた。

 生きようと。


 母は俺を魔法で回復してくれていて。

 樹音じゅおんは俺の首を守ろうとしてくれる。

 そしてめぐるは、俺に乗っている奴を吹き飛ばそうとしていた。

 ただ、芳しくなかった。

 母の回復魔法は確かに発動していたが、樹音じゅおんがつくった土の壁は擦り抜けられ、めぐるの風邪の魔法は暴風だったにもかかわらずまったく意に介していなかった。

 けれども、みんなが諦めることなく続けていると、奇跡は起きた。




――急に奴の両手が石に変わったのだ。




 俺たちの誰にも異常な状態を付与する魔法の適性はないはずなのに。



「うわっ!? うわっ!?」



 けれど、好機には違いない。

 奴が驚いて仰け反った。

 俺は出せる力すべてを使ってがむしゃらに動き回り、辛うじて奴の拘束から脱け出せた。


 尻もちをつき、石になった両手を見て慌てふためくそいつを冷ややかな視線を向けているとそいつが言った。



「最悪! 最悪! これじゃ女の子絞めれない! また絞めれるチャンスもらったのに!」



 何を言っているのかさっぱりわからなかった。

 ただ、ヤバい奴だということは痛感した。

 そんな時だった。

 母が「あっ!」と思いついたような声をあげたのは。



『おかしいと思った理由がわかったわ! この人、しらせちゃんと同じ感じがするの! 魂が二つある、みたいな……!』



 ……それって――。

 嫌な感じがする。

 『おれ』にも魂と呼べそうなものが二つ存在している感覚はあった。

 今は『俺の人格』が前面に出ているが、奥の方に『私』がいる。

 それを意識すると、どういうわけか、俺は思い返させられていた。

 『妹』が首を絞められてやられている光景を。

 まさか……。

 戸惑っていると、奴が明言した。




「女の子絞めるの、楽しい! でも、男嫌い! 巨乳の子絞めてるの、邪魔された! 殴られて死んだ! でも、転生した! 今、この身体、俺のもの!」




 衝撃だった。

 気持ち悪さが押し寄せてくる。

 こいつはあいつだったのだ。




――前世で『俺』の家族を殺した不審者。




 その魂がこいつの中に宿っていた。


 こいつを生かしておいてはいけない――そう感じた。

 殺さなくては……! ――と強すぎる憎悪に突き動かされる。

 一歩踏み出した時だった。

 顔の前すれすれに突然何かが落ちてきて止められる。

 思わずそれを掴んでいた。

 それは紙だった。

 文字が書かれた紙。



『そいつが敷地内に入ってきたので調べることができました。

 そいつは「猟奇的なディープストーカー」という転生特典を持っています。

 その効果は二つ。

 「指定した女子の元に行くのに障害となる“この能力の保有者が対象となる、または対象として含まれる魔法”を破壊し突破する」というものと、




――「指定した女子を死んでも追い駆け続ける(指定した女子が生きていたらこの能力の保有者は即刻超再生し、指定した女子が死んだらこの能力の保有者も死亡する)」というもの。




殺そうとするのは推奨しません』



 内容を読んで絶望しかなかった。

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