第9章:限界を超えて、嵐の中へ

ルクスダラ南の城壁の前にて。

空気は張り詰めていた。

電気ではない。

何かが、いまにも壊れそうな確信に満ちていた。

アマデオは深く息を吸い込んだ。

嵐の轟音が近づき、空を呑み込もうとしていた。

背後では、聖騎士たちが陣形を組んで見守っていた。

その上、ギャレスと指揮官たちが立っていた。

だが、アマデオは命令を待っていなかった。

一歩、前へ。

そして、もう一歩。

最初の突風がマフラーを吹き飛ばしたとき、

彼は静かにマスクをつけた。

深紅の髪が激しく舞った。

青い瞳は異界の炎のように輝き、

視線は嵐の中心に向けられた。

「今だ、ユビー。」アマデオはささやいた。

「命令を、パクスター。」ユビーが応えた。

アマデオの足元に青いエネルギーの足場が現れ、

彼は跳び上がった。

真正面から、

嵐へと。

生きた槍のように、風の壁を突き破った。

そして、そこにいた。

七人。

虚無の使徒(ヘラルド)たちが、稲妻の中に浮かんでいた。

その中心に……ゼドラク。

一瞬の沈黙。

ゼドラクは彼を見据えた。

そして、パラゴンの戦い以来、初めて……

ゼドラクはそれを認識した。

彼はただの兵士ではなかった。

魔導師でもなかった。

ただの「聖騎士」ではなかった。

彼は――

深紅の影(シャドウ・カーミシン)。

ゼドラクは少し降下し、稲妻に包まれた体を持ちながら、鋭い視線を向けた。

「お前は……

ただの人間ではなかったな。」

アマデオは、原初のエネルギーでできた円形の足場の上に浮かんでいた。

彼は、ソーを攻撃したときのように、原初の鎖を召喚した。

鎖は生きた蛇のように彼の周囲でうねっていた。

「いや。」彼は静かに、しかし力強く答えた。

「俺は違う。」

ヘラルドたちが低く唸り声を上げ、同時に体を震わせた。

彼らは円陣を組み、道を塞ぐ。

七つの影。

ただ一人の敵。

ゼドラクが手を上げた。

「今だ!」

戦いが始まった。

暗黒の雷が空を裂き、

エネルギーの爆発が空を焼き尽くす。

アマデオは、自ら生み出した足場の間を跳び回り、

爪や雷撃を滑らかにかわしていく。

彼は無暗に反撃しない。

彼は原初の鎖を巧みに操り、

ヘラルドたちを自分の元へと誘い込む。

一体が側面から攻め込もうとした瞬間――

アマデオは螺旋状の鎖でそいつを縛り上げ、

別の一体に向かって叩きつけた。

もう一体が、集中した雷撃を放った。

アマデオは空中で回転し、フラクタル状の盾でそれを弾き返した。

「もっと速く!もっと攻撃的に来い!」彼は叫び、挑発する。

「かかってこい!」

ゼドラクが咆哮した。

そして――嵐が回り始めた。

風向きが変わる。

南から……

南西へ。

城壁の上から、ギャレスはそれを見ていた。

「うまくいってる!」

「部隊を動かせ!南西の封印が準備できているはずだ!」

聖騎士たちが馬で駆け出し、

魔導師、召喚士、剣士たちは嵐の縁に陣を組む。

嵐は飢えた獣のように彼らの周囲を回る。

空気が彼の周りで縮まり、まるで空そのものが押し潰そうとしているかのようだった。

アマデオは動き続けた。

雷撃をかわし、鎖を正確に投げ、操る。

だが、永遠にここに留まるわけにはいかない。

一体ずつ、アマデオは鎖を引き、絡め、ヘラルドたちを自分と繋ぎ止めていく。

彼の目的は明確だった――封印。

ヘラルドたちは一瞬捕らえられたが、すぐに暴れ出す。

彼らの暗黒のエネルギーが空気中で火花を散らし、嵐のあらゆる隅を目も眩む怒りで照らす。

アマデオは歯を食いしばった。

影の爪と生きた稲妻の間を駆け抜ける。

かわし、

引き寄せ、

生き延びる。

そして彼の頭の中で――

ユビーが叫んでいた。

「今だ、跳べ!

右だ!

三番目に気をつけろ!

行け、パクスター、止まるな!」

アマデオは荒い息を吐き、

額には汗と灰が混じっていた。

だが、彼は決して諦めなかった。

「さあ、ついてこい……

あと少しだ。」

封印の方へ。

終わりの方へ。

今回は――街を燃やさせはしない。

彼は封印の場所へと進む。

アマデオの呼吸は鋭く、

彼の体は血と汗、ひび割れた鎧でボロボロだった。

ヘラルドたちは、嵐の中を逃げる彼を打ち、傷つけたのだ。

それでも彼は、

原初の鎖で彼らを縛り、

鎖で閉じ込め、

南西へと引きずっていった。

ヘラルドたちは鎖を引っ張り返す。

嵐が頭上で轟き、

封印の円に向かう一歩一歩が、まるで天を背負うかのように重い。

「くそっ……!あと少しだ!」彼は唸り、

震える筋肉で踏ん張った。

ゼドラクは後方に浮かび、

逆らっていた。

その暗黒の雷が、鞭のように空を叩きつける。

「嫌だぁぁぁああ!!」ゼドラクが奈落の怒りで吠えた。

「俺たちを引きずり込めると思うな!!」

鎖はきしみ、張り詰め、ねじれた。

他のヘラルドたちももがき、

そのエネルギーは空気を蝕み、虚無の叫びを響かせる。

それでもアマデオは――引く。

「行け、行けっ!!動けぇ!!」

彼は限界の声で叫び、両手で鎖を引き寄せた。

ユビーも、心の中で震えていた。

「パクスター……場が不安定だ。

今すぐ閉じなきゃ、崩壊する……」

アマデオは足を滑らせ、膝を地面に打ちつけた。

血。

痛み。

そして、その目の前には――

まだ閉じていない封印の円。

彼は中心に一つの言葉を書き始めた。

הַקָּדוֹם

アマデオは目を閉じた。

祈らない。

叫ばない。

ただ、心の中で思った。

「神よ……もし俺が選ばれし者だったなら……

今こそ見せてくれ、頼む、助けてくれ!!」

その瞬間――

風が変わった。

逆向きの風。

青い渦巻き。

封印の円から湧き上がった。

それは普通の風ではなかった。

それは、原初の流れ(カレント・プリモーディアル)だった。

最初のヘラルドが吸い込まれた。

その悲鳴は短く、まるで悪夢から目覚めた者の叫びのようだった。

その体は石化し始め、輝く青い石に覆われ、星が鍛えたような結晶となった。

「嫌だぁぁぁ!!」別のヘラルドが吠える。

「こんな……終わり方は……!!」

一体、また一体と――

ヘラルドたちは中心へと引きずられていった。

アマデオはただ、見つめていた。

もう引っ張らない。

もう力を込めない。

鎖は――自ら応えていた。

まるで、何か別の力に導かれているかのようだった。

空は音もなく裂け、

黒い稲妻は消え、吸い込まれていった。

そして、その中心で――ゼドラクは……

抗っていた。

彼の体は、汚染された数百万ボルトの電流で震えていた。

その顔は歪んでいた。

怒りではない。

恐怖だった。

封印されたことは以前にもあった。

だが、このエネルギー、この存在感――

それが彼の存在の中心を揺るがせた。

「お前……

存在してはいけなかった。」

アマデオは、かろうじて立ち、

彼の目を見つめ返した。

「それでも……俺はここにいる。」

ゼドラクが咆哮した。

そして――封印の円が閉じた。

原初の流れ(カレント・プリモーディアル)が上空へと爆発し、

燃えるような青い光柱が立ち上がった。

その純粋さに、空は完全に開かれた。

ゼドラクは、かつてない悲鳴を上げた。

最も耐久力のあるその体は、最後に引きずり込まれた。

青い石が胸を覆い、

顔を覆い、

そして――目を覆った。

彼が消えた瞬間……

嵐は止んだ。

空は澄みわたり、

空気は……静寂に包まれた。

そこにただ一つ、

ヘラルドたちの封印された石像の中に、

膝をつき、灰とまだきらめくエネルギーに包まれた一つの影があった。

アマデオだった。

遠くで、聖騎士たち、魔導師たち、避難した学生たち――

皆が見つめていた。

封印はほのかに煙を上げていた。

リサンドラは両手で口を覆い、涙を流していた。

そして彼の心の中で、ユビーが震える声で言った。

「やったな、パクスター。」

アマデオは答えなかった。

ただ、疲れたように微笑み、

目を閉じかけ――

そして、崩れるように倒れた。

封印の直後――

青い煙がまだ空き地に漂っていた。

空は静かだった。

まるでルクスダラ全体が息をひそめているかのように。

そして、円の中心で、

結晶化したエネルギーの破片と青い灰の中に……

アマデオが横たわっていた。

赤と白の鎧はひび割れ、いくつかの箇所は焼け焦げていた。

スカーフは裂け、血に染まり、風にわずかに揺れていた。

壊れた仮面は、泥と傷に覆われた頬を露わにしていた。

彼は動かなかった。

そして、そのとき――

「アマデオ!!」

その叫びは、感情そのものの爆発だった。

リサンドラは考える間もなく、封鎖線を飛び越えた。

まだ煙を上げる円を駆け抜け、

焼け焦げた跡に足を取られ、

彼のそばで膝をついた。

「いや……いや、お願い……!」

彼女は息を詰まらせながら、声を震わせた。

「目を開けて……!お願い……大丈夫……大丈夫だから……!」

彼女の手は震え、必死に彼を揺さぶった。

壊れた仮面の破片を取り除き、

血まみれの頬を優しく撫でた。

「こんな……こんな形で私を置いていかないで……今じゃない……!」

彼女の涙が彼の胸元に落ちていく。

そして、その後ろで――

一つの影が足を止めた。

アニッサだった。

彼女はギャレスと共に後方に残っていたが、

リサンドラの叫び声を聞いて……

走り出した。

「バカッ!!」

声が喉の奥のつかえで震え、叫ぶ。

「今死ぬなんて、ふざけんな、このクソ野郎!!」

彼女はリサンドラの隣にひざまずき、

アマデオの肩を思い切り叩いた。

「説明が要るんだよ!

謝罪だって!

……それに……あの……

あんたが何も言えないときに浮かべる、あのバカみたいな笑顔もだ……!」

声が震えていた。

そして、気づけば、

涙がこぼれていた。

アニッサは乱暴に手の甲で涙を拭った。

「ちっ……これは、戦いの緊張のせいだ……それだけだ……」

リサンドラは何も言わず、

ただ、彼をもっと強く抱きしめた。

そのとき、

聖騎士たちとギャレス・ヴォン・ルクレールが、

戦場の端にたどり着いた。

ギャレスは、目の前の光景を見て、

静かにヘルメットを脱いだ。

「……生きて……?」

隣にいた若き騎士が小さくつぶやいた。

「俺は見た……あれは、彼だった。

あの村の男……深紅の影(シャドウ・カーミシン)。」

ざわめきが広がっていく。

「……異国の英雄?」

「学生じゃなかったのか?」

「今の……あれは一体、どんな力だ……?」

ギャレスはしっかりとした足取りで近づいてきた。

彼はアニッサを見た。

リサンドラを見た。

血に塗れ、意識を失ったアマデオを見つめ……

低い声で命じた。

「神殿へ運べ。

慎重にな。

俺の許可なしに、下手な真似は絶対にするな。」

騎士たちはうなずいた。

二人がひざまずき、アマデオを持ち上げようとしたそのとき――

アマデオが、かすかにうめいた。

微かな吐息。

かすかな手の動き。

リサンドラがそれに気づいた。

「生きてる!!」

安堵と痛みが混じった涙声で叫ぶ。

「生きてる……!」

アニッサは、自分が息を止めていたことにやっと気づき、

大きく息を吐き出した。

ギャレスは一瞬、目を閉じた。

「……神よ、感謝を。」

そして――

嵐が封じられた戦場のただ中で、

誰にも理解されない若者。

血筋を持たぬ異邦の者は――

彼はルクスダラを救った。

だが今は……

休む必要があった。

空気は重く、温かかった。

天候のせいではない。

静寂のせいだった。

希望の、ゆっくりとした深い呼吸のせいだった。

神殿の中心――

光を放つ石の担架の上に、

アマデオが横たわっていた。

包帯を巻かれた腕は両脇に休められ、

胸は苦しげに上下し、

生き残ったユビーの破片――鎧の残骸は、

眠る鱗のように、彼の胸と脚の上に縮こまっていた。

その傍らには、リサンドラ。

静かに、

しっかりと、

彼の手に手を重ねていた。

その接触だけが、

彼女を繋ぎとめているかのようだった。

彼女は話さなかった。

泣きもしなかった。

ただ、そこにいた。

見守り、

守り続けた。

部屋の反対側では、アニッサがぐるぐると歩き回っていた。

腕を組み、

視線は床に釘付け、

アマデオを見ないことで、何とか心を落ち着かせようとしていた。

「ちっ……」彼女は小さくつぶやいた。

「静かで……英雄気取りで……ほんと、バカなんだから。」

足を止めた。

くるりと振り返った。

彼を見つめた。

そして、

喉の奥に詰まったものを、ぐっと飲み込むようにして、

さらに眉をひそめた。

「……死ぬところだったんだからね、バカ……

……死んでたら……」

だが、アニッサは最後まで言葉を繋げなかった。

ただ、強く鼻を鳴らした。

そこに、穏やかな足取りでギャレスが入ってきた。

彼は指揮官のローブをまとい、まだ戦場の痕跡が残っていた。

灰色の瞳は、妹のアニッサ、リサンドラ、

そして最後にアマデオへと向けられた。

「……容態は?」とギャレスが尋ねた。

リサンドラは視線を外さずにうなずいた。

「ユビーが言うには……ただ眠ってるだけ。

時間が必要だって。」

そのときだった――

「俺?寝てる?寝たことなんかないよ。

ただ、みんなが邪魔しないように寝たフリしてるだけさ。」

その声は――

鎧の中から聞こえてきた。

金属的で、調整された音声。

だが、誰もがすぐわかる、ユビー特有の茶化すような口調だった。

皆、分かっていた。

彼女が喋ることは知っていた。

だが、それでもビクリと驚かされた。

アニッサはまるで感電魔法を食らったかのように飛び上がった。

「はぁぁぁ!?まだ起きてたの!?

心臓に悪いんだから、ちゃんと前もって言いなさいよ!!」

ユビーは満足げに笑った。

「心臓発作にならないように手加減してやったんだよ、お嬢ちゃん。」

ギャレスは鼻で小さく笑い、

リサンドラは疲れたように微笑んだ。

そのとき、アマデオがかすかに何かをつぶやいた。

リサンドラはそっと身をかがめた。

「……何て言ったの?」

「……みんなが……恋しかった……」

アマデオは目を完全に開けずにささやいた。

「……うるさいやつも……」

アニッサの目が大きく見開かれた。

「誰がうるさいってんのよ、この赤いマフラーのゾンビが……!!」

だが、最後まで言い切る前に、

アマデオは再び、口元にかすかな笑みを浮かべ、眠りについた。

その無言の仕草が、

場の全てを、

優しく、解きほぐした。

アニッサは再び腕を組み、

小さくつぶやいた。

「もう二度と死ぬんじゃないわよ……

何回心臓止まるか分かんないんだから……」

ギャレスは歩み寄り、

リサンドラの肩にそっとしっかりと手を置いた。

「今日……

俺たちは、彼に返しきれないほどの借りを作ったな。」

リサンドラはうなずいた。

「でも、彼は……

そんなつもりじゃなかった。」

そのとき、アマデオの胸に眠るユビーが、

優しい声で言葉を添えた。

「彼は、それが彼だからやったのさ。

そして……彼は、いつだってそういう人だ。」

神殿はしばらくの間、

静寂に包まれていた。

ひとつの間(ま)。

ひとつの休戦。

深い呼吸――

奈落を生き延びたばかりの世界の中で。

アマデオは眠っていた。

だがもう、ただの異邦人としてではない。

今、彼はルクスダラの守護者として眠っていた。

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