「魔法世界に現れた異世界のヒーローは、“いつもの物語”をぶち壊す―『Guardians:光を運ぶ者』」

Abi

第1章:異世界に墜ちた守護者、紅き始まり

町は灰色の空の下、静かに眠っていた。割れた石畳が、走り抜けるガーディアンたちのブーツの下で軋んだ。霧の残骸の中に、彼らの影がかすかに見えた。

— アドリアン、東側を頼む。サミー、お前は俺と一緒だ — アマデオが冷たく鋭い声で命じた。

抗議はなかった。戦いの年月と、魂に刻まれた傷跡が彼らを結びつけていた。彼を信じていたから。彼には、いつだって計画があったからだ。

破壊された広場の中心から、敵の姿が浮かび上がった。世界が裂け、道を開けたかのように。

ヤルダバオト──簒奪者──は、異様な優雅さで浮かび上がった。その体は影を落とさず、影を飲み込んでいた。

— またお前たちか — 彼は囁き、その声は肌を刺すような不気味な反響を伴っていた。— 面白い。

アマデオは眉をひそめ、エネルギーを解き放った。言葉は要らなかった。

サミーは雷撃を放ち、地面を砕いた。アドリアンは石を燃える太陽の槍に変え、敵を囲んだ。

激しい戦闘だった。爆発、突風、傷のように開き、また閉じる大地。

ヤルダバオトは笑っていた。

幾度となく体を打たれても、再生していた。いや、ダメージなど最初からなかったかのように。

— 勝ててない!ただ遊ばれてるだけだ! — サミーが雷光の間で叫んだ。

— 止めるな — アドリアンが返す。— もう少しだ…

ヤルダバオトが手を伸ばした瞬間、空気が裂けた。

アマデオの足元に、黒い液体のような裂け目が広がった。

彼は跳び退こうとしたが、引力は凄まじく、抗う間もなく吸い込まれていった。

— だめだ! — サミーが叫ぶ。— アマデオ!

アドリアンは光の壁で裂け目を塞ごうとしたが、無駄だった。闇はすべてを飲み込んだ。

彼らが最後に見たのは、虚無に囚われたアマデオの影だった。

— 担い手よ…この世界がお前を呼んでいる — ヤルダバオトが低く囁き、そして共に消えた。

アドリアンとサミーは叫ばなかった。叫べなかった。

彼らは互いに背中を合わせ、言葉なく立った。

二人は同時に腕を伸ばし、広場の中央に漂う腐敗した霧へ向けて力を放った。

— 行くぞ — アドリアンが言う。

— 三つ数えたら — サミーが応える。

一つ。

二つ。

三つ。

光と雷が交差し、夜を裂く鐘のような爆発音が鳴り響いた。

一瞬、ヤルダバオトが怒りに満ちた目で再び現れた。

だが、封印が落ちた。彼の体ごと。

町に静寂が戻った。

石畳には火花が散り、低く漂う灰だけが残った。

アドリアンは膝をつき、サミーは荒い息をついた。

— 足りたと思うか? — サミーが呟く。

— 倒したわけじゃない — アドリアンが答える。

— 封じただけだ。長くは持たない…。

— そうだな — アドリアンが星のない空を見上げた。— でもアマデオは…

サミーは唇を噛み締め、言葉を呑み込んだ。

— 必ず見つける — アドリアンが低く言った。— A.C.Aの助けがあろうとなかろうと。


別の世界にて――

高くそびえる木々の間から太陽の光がこぼれ落ち、枝に引っかかった少年の顔に踊る影を描いていた。森は、何も知らぬかのように静かに息づいていた。

アマデオは逆さまにぶら下がり、太いツタに捕まったまま、風に揺られていた。彼は大きなため息をつき、あきらめたように空を見上げた。

――樹、空、重力、正常。まあ…一応、生きてるな。

顔にあった魔力制御の仮面が光の粒となって消え、胸に刻まれた紋章が現れる。それと同時に、彼を守っていた生きた鎧も静かに収束し、質素な旅人の服へと変わった。

「ユビー、聞こえるか?」

アマデオは頭の葉っぱを払いながら、ぽつりと呼びかけた。

お馴染みの皮肉たっぷりな声が脳裏に響く。

――木にぶら下がって独り言。これこそ、俺たちらしいな。

アマデオは目をぐるりと回した。

「A.C.A.の信号は?サミーは?アドリアンは?」

「ダメだ。知ってる周波数は一切ない。でも……」

一拍置いて、ユビーが続けた。

「この地域、通常の始源エネルギーとは異なる何かに覆われてる。もっと…濃密で、儀式的だ。まるで手織りされた魔法みたいだ。」

アマデオは腕を組んだ。

「妙だな……ヤルダバオトは俺を殺さなかった。ただ portal でここへ飛ばしただけか。」

「そうだ。殺すんじゃなくて、力を奪おうとしたんだよ、パクスター。」

アマデオは話を戻す。

「今言ったエネルギー……魔法みたいなものか?」

「ほぼ間違いない。だが、まだ解析中だ。この世界、まるで独自のルールで成り立ってるみたいだ。」

「ローカルのエネルギーパターンと魔法建築から、社会マップを再構築中だ。まだ不完全だが、少しずつ形になりつつある。」

その時、軋む車輪の音が耳に届いた。

アマデオは顔を上げ、遠くを走る馬車を見た。剣を帯びた護衛たちが周囲を固めている。

彼は静かにそれを見つめた。

「……間違いないな。ここは俺の世界じゃない。」

「その通りだ。」ユビーが応えた。

「言語は自動翻訳システムで何とか理解できる。でも、この地域の名前が……ル、ルクス……ルクス……ああ、もうっ!ルクスダラ!」

アマデオはくすっと笑った。

「落ち着けよ。間違えるのも人間らしくていいさ。」

ユビーは続けた。

「データが不完全だが、貴族階級、魔法の血統、元素を操る名家…典型的なおとぎ話みたいな構成だな。」

「みんなが魔法を使えるのか?」アマデオが尋ねる。

「いや、そんなわけない。」ユビーは即答した。

「魔法を使えるのは、貴族家系と、特別な魔導士ギルド、聖騎士団くらいだ。一般人は…火を扱えたらもう奇跡レベルだな。」

アマデオは腕を組み、しばし考え込んだ。

「つまり、一般人を装うには……すべて隠すしかないってわけか。お前も含めて。」

「心が痛むが……その通りだ、パクスター。さらに新しい顔と名前も必要だな。ありふれているが、少しは印象に残るやつを。」

柔らかな振動と共に、アマデオの赤い髪が乱れた栗色へと変わり、澄んだ空色の瞳は無機質な灰色に。服装も、くたびれた旅人風の装いに変化した。

「今日からお前はエイダン・ルルーだ。」ユビーが宣言する。

「嵐で亡くなった木こりの息子、遠方から来た旅人……もちろん身分証明書なんて持ってない設定だ。」

アマデオは顔をしかめた。

「なんで設定がいちいち重いんだよ。」

「王道だろ?ちょっと哀愁が漂った方が、周りの警戒も和らぐ。しかもお前の性格にもピッタリだしな。」

「俺は別にメランコリックじゃない。機能的な不安症だ。」アマデオがぼそりと返す。

「はいはい、わかった、わかった。」ユビーは軽く流した。

「あとエネルギーを使うときはマジで注意しろよ。ちょっとでもやりすぎたら、髪も目も元に戻って、"異邦人参上"って宣伝してるようなもんだからな。」

アマデオは小さく鼻で笑った。

「しかも俺の力を、ただの魔法みたいに見せなきゃいけないわけか。」

「そうだ。こっちの魔導士たちみたいに、呪文っぽい言葉を適当に叫んで、ポーズ決めればOKだ。まるで学芸会だな。ただし、失敗したら首が飛ぶ可能性付きだ。」

アマデオは木から降り、マントを整えながら土の小道を歩き出した。

「完璧だな。魔法貴族だらけの世界に、社交ベタな俺がぽつんと迷い込んだってわけか。」

「少なくとも一人じゃないぜ。」ユビーが気楽に返す。

「それが一番怖いんだけどな。」アマデオはぼそりと答えた。

ユビーの笑い声が頭の中に響く。二人は、未知なる道へと足を踏み出していった。

一歩ごとに、世界はどこか不自然で……壊れやすく感じられた。

「ユビー……」

「ん?」

「俺たち、家に帰れると思うか?」

一瞬、重い沈黙が流れる。

「……正直、まだわからない。」ユビーが素直に答えた。

「でも、一つ手がかりはある。この辺りに、魔力が異様に集中しているポイントを検知した。いわば“ノード”みたいなものだな。そこなら何か情報があるかもしれない。」

「場所は?」

「徒歩で……六日間。」

アマデオはピタリと足を止めた。

「六日って、おい……!」

「派手に力を使って目立ちたいなら、もっと早く行けるかもな。」

間を置いて、ユビーが冗談を交える。

「もしくは馬を手に入れるかだな。」

アマデオがツッコミを入れる暇もなく、森の奥から少女の悲鳴と馬の悲痛な嘶きが響いた。

彼は即座に顔を上げ、全身を緊張させた。

「……魔法の気配だ。」

すぐさま駆け出し、枝や根を器用に避けながら森を進む。

茂みの向こうにたどり着いたとき、まるで悪夢の舞台のような光景が広がっていた。

湿った苔と血の匂いが風に乗って漂ってくる。

壊れた馬車。倒れた護衛たち。地面に流れるまだ温かい血。

その中心に、血に染まったドレスと折れた杖を持つ少女が、必死に立っていた。

「決めるのは、あと五秒だ。」

ユビーが頭の中で静かに言った。

「行くなら、目立つなよ。光も翼も、ヒーロー演説も禁止だ。ロープロファイル、覚えてるか?」

……もうアマデオは走り出していた。

少女を脅かしていたのは、鱗と毛皮が混ざり合ったような異形の怪物だった。まるで獣と地底の爬虫類が悪夢の中で融合したかのような存在。

息は熱く、目には自然界に属さない空虚が宿っていた。

アマデオは茂みから飛び出し、地面を転がって少女と怪物の間に立った。

「おい、相手を選べよ。もう少し自分と釣り合うヤツにしろ。」

乾いた声で吐き捨てる。

怪物が吠えた。

アマデオは片手を挙げ、すばやくエネルギーを収束させた。白く輝く剣が手に現れる。

あくまで地元の魔法に見せかけるため、派手な呪文詠唱もどきと、ちょっと大げさなポーズを決めた。

怪物が突進してきた。

アマデオは完璧な回避動作で身をかわし、剣を横に走らせて獣の脇腹を貫いた。

内側から光が爆発し、怪物は叫びながらバラバラになり、灰となって地に落ちた。

森に静寂が戻る。

アマデオは剣を下ろし、それが粒子となって消えるのを見届けた。

振り返ると、少女の元へと歩み寄った。

少女はまだ震えていた。

涙に濡れた目で、折れた杖を必死に握っていた。

アマデオはそっと腰をかがめ、落ちた杖の破片を拾い、そっと彼女に差し出した。

「……まだ、完全に壊れたわけじゃない。」

触れすぎないよう、細心の注意を払いながら。

少女は驚きと安堵が混じった瞳で彼を見上げた。

緑の目が、かすかに輝いた。

「ケガは?」

アマデオが尋ねた。

少女は喉を鳴らして首を振る。

「護衛が……みんな……」

声を詰まらせながら必死に言葉を紡ぐ。

「近くの村に向かってたのに……」

アマデオは静かにうなずくと、その場を離れようと身を翻した。

だが、ユビーが脳裏で皮肉たっぷりに言った。

「マジで置き去りにする気か? さすが“普通の民間人”さんだな、パクスター。」

アマデオはため息をつき、踵を返した。

そして少女の前に立ち、静かに尋ねた。

「ねえ……この村、遠いの?」

リサンドラが不安げに尋ねた。

「いや。一時間も歩けば着く。」

アマデオ――いや、今はエイダン・ルルー――は頭をかきながら答えた。

しばらく考えるふりをしてから、ふっと笑って言った。

「一緒に行こうか。この森、ひとりで歩くには危なすぎる。」

リサンドラはほっとしたようにうなずいた。

「ありがとう。もう自分を守れる手段もないし……」

二人は歩き始めた。

エイダンはマントのフードを深くかぶり、無言のまま森の小道を進む。

だが心の中では、濃い霧のように疑問が次々と膨らんでいった。

そしてその中で、ひとつだけが強烈に胸を焼いた。

「この世界……なぜ俺を必要とする?」

土の道が靴の下で静かにきしんだ。

夕陽が空を柔らかいオレンジ色に染めていく。

エイダンとリサンドラは無言のまま並んで歩く。

重たい沈黙が、まるで次の言葉を慎重に選んでいるかのように。

やがて、それを破ったのはリサンドラだった。

「……ごめんなさい。自己紹介、まだだったわ。」

彼女はぎこちなく笑みを浮かべた。

「リサンドラ・エアレンタール。エアレンタール伯爵家の娘です。」

エイダンはちらりと彼女を見て、控えめに微笑んだ。

「光栄だよ、多分。俺はエイダン・ルルー。ものすごく遠い土地から来た旅人……地図にすら見捨てられたくらい、ね。」

リサンドラは思わず吹き出した。

その笑顔は完全なものではなかったが、少なくとも、彼女自身を支えていた。

「たしかに、地元の人間には見えないわ。それに、さっきの魔法……すごかった。どこの学院で修行したの?」

「学院?」

エイダンは眉をひそめ、まるでその言葉自体が異国の音のように感じるふりをした。

「ルクスダラ魔法学院のことよ。」

リサンドラは誇らしげに続けた。

「貴族や選ばれた者たちが集まって、魔法を学ぶ場所。召喚術、元素操作、符術、付与術……魔力の流れに関わるすべてを教えるわ。」

エイダンは視線を森の奥へと向けた。

「いや、俺は……貴族の生まれじゃないし。そんなものを学べる場所にも縁がなかった。

だから、学院なんて、選択肢にも入らなかった。」

リサンドラは黙ったまま、手の中の折れた杖を見つめた。

両手でぎゅっと、まだ壊れた破片を抱えるように。

「私は……水の召喚魔法を使います。」

リサンドラが静かに口を開いた。

「水や氷で作った武器や生き物を呼び出すの。でも、杖が壊れてしまったから、今は何もできない。」

エイダンは彼女の壊れた杖を覗き込み、軽く首をかしげた。

「新しいのを探す手伝いならできるかも。期待しないでくれ。俺が作れるのは、見た目だけ派手な光の剣くらいだから。」

リサンドラはまた、控えめに微笑みながら視線を落とした。

その笑顔には、どこか照れくさい温かさがあった。

「ルクスダラに着いたら……ちゃんとお礼をしたいわ。あなたみたいな人、普通はいないもの。何の見返りも求めず助けてくれるなんて。」

エイダンは肩をすくめ、頬をかすかに赤らめた。

「お礼は苦手だな……正直なところ。ただ、ただしいと思ったから助けただけさ。

まあ、旅人あるあるってやつだよ。――ちょっとヒーロー気取りな。」

心の中で、ユビーがくすくす笑う。

『やったな、パクスター。もう懐に入ったぞ。それにしても、進路も決まったな。名門アカデミーだってよ。ほら、一緒に言ってみようぜ? 「ようこそ、異世界学園生活!」』

エイダンは答えず、ただ眉をピクリと動かしてため息をついた。

『……黙れ、ユビー。』

森の隙間から、小さな光がいくつも瞬いていた。

ヴェリンドラの村だった。

まだ距離はあったが、もう一人ではなかった。

夕陽が柔らかく村を包み始めたころ、エイダンとリサンドラはヴェリンドラの入り口をくぐった。

土の道に、薪の香りとスープの湯気が漂う。

窓の向こうには、家族たちの明かりが灯り始めていた。

「こっちよ。」

リサンドラは疲れを隠しつつも、しっかりとした足取りで案内した。

ドレスにはまだ、戦いの痕跡が残っていた。

二人は、村の中でも格式高そうな宿に辿り着いた。

磨き込まれた木の壁と精巧な細工の梁が、裕福な客を迎えるにふさわしい雰囲気を醸し出している。

扉を叩くと、勢いよく開いた。

「レディ・リサンドラ!」

髭をたくわえた厳格な老執事が現れた。

バルティール――彼女に仕える忠実な従者だった。

彼は、血の跡が残るドレスと乱れた髪を見て、目を見開いた。

「一体何が……! それに、この男は誰ですか?」

バルティールの視線は、鋭くエイダンを射抜いた。

「バルティール。」

リサンドラが手を上げて制した。

「私は大丈夫です。この方が助けてくれました。」

バルティールはエイダンに厳しい視線を向けたが、エイダンは困ったような、微妙な笑みを浮かべるだけだった。

挨拶をすべきか、逃げ出すべきか、迷っているかのように。

「……では、中へどうぞ。」

バルティールはため息混じりに言い、扉を大きく開いた。

すぐに侍女たちが現れた。

一人はタオルを、もう一人は温かい湯を入れた陶器の盆を持っている。

エイダンは質素ながら暖かな客室に案内され、そこには着替えと、夕食の準備ができる旨が伝えられた。

部屋に一人残されると、ユビーが心の中でささやいた。

『貴族令嬢を救って、顔も良し、おまけに高級宿にご招待。――なあ、パクスター、これって異世界恋愛ドラマの主人公コースじゃないか?』

エイダンは椅子にどさりと座り込み、深いため息をついた。

「……疲れた。知らない人と話して、何も知らないふりして、しかも笑顔だなんて。」

『しかも、そのお嬢様、君に首ったけみたいだしな。きっと都まで一緒に行く展開だぞ。どうして君は、何もしないで貴族のお友達をゲットできるんだ?』

エイダンは皮肉たっぷりに答えた。

「良い顔と、闇を抱えた雰囲気と……命の恩人って肩書き? 多分それだ。」

ユビーがくすくす笑った。

『まあ、好きに言えよ、パクスター。だけどな、このまま行けば、来週には王宮デビューだぞ。』

その時、ドアを優しく叩く音がした。

「エイダン様。」

若い侍女の声がした。

「夕食のご用意が整いました。レディ・リサンドラ様もお待ちです。」

エイダンは長いため息をつき、立ち上がった。

侍女に案内され、階段を降りると……そこに、彼女がいた。

リサンドラは、深緑色のドレスに着替え、髪も整えられていた。

やはり、名家に育った者の気品が自然に漂っている。

エイダンは喉を鳴らしてから、控えめな笑みを浮かべ、歩み寄った。

宿屋の食堂は控えめだが心地よい空間だった。

磨かれた木の長テーブルに、奥では暖炉が静かに火を灯し、

油ランプが壁に揺れる影を作り出していた。

リサンドラはすでにテーブルに座っていた。

身なりはきちんと整えられ、場の素朴な雰囲気とは対照的だった。

エイダンが階段を降りてくると、彼女は柔らかく微笑んだ。

「時間に正確なのね。」

彼女はそっと杯を持ち上げながら言った。

「それだけで十分、信頼できるわ。」

エイダンは彼女の正面に座り、背筋を伸ばして礼儀正しく振る舞った。

食事は静かに運ばれたが、沈黙は長く続かなかった。

「あなたの力。」

リサンドラはストレートに切り出した。

「どこでそんな魔法を覚えたの?」

エイダンは少し大きめにパンをかじり、ゆっくり咀嚼しながら答えを選んだ。

その声はあくまで自然体を装ったものだった。

「学んだわけじゃない。なんとなく……独学でね。」

彼は片眉を上げ、軽い調子で付け加えた。

「故郷には師匠とか、そういう存在はいなかったの?」

エイダンは首を振り、視線を落とした。

「いなかったよ。全部、ひとりで。」

リサンドラは、杯を持つ手を止めた。

彼女の瞳に、一瞬だけ驚きと、何か決意のような光がよぎった。

「あなたの魔力の流れ……私たちとは違うわ。」

リサンドラは静かに言った。

「まあ、うちの家系は、ちょっと変わった教えだったから。」

エイダンは苦笑しながら目を逸らした。

また少し、食事の音だけが響いた。

そして、リサンドラが再び口を開いた。

「実は、少し考えたの。」

彼女は慎重に言葉を選びながら続けた。

「学院に着くまで……私の護衛になってくれない?」

『たぶん、私は衝動的なのかもしれない。でも――』

『でも、あのとき迷っていたら、私はもうここにいなかった。』

リサンドラは心の中でそう思った。

エイダンは返事をしようと口を開きかけたが――

『受けろ、受けろ!』

ユビーが心の中で興奮して叫んだ。

『こんな好条件、神様のプレゼントだぞ!六日間、野宿よりずっとマシ!』

エイダンは内心でため息をつき、リサンドラをまっすぐ見た。

「わかった。」

落ち着いた声で答えた。

「でも、まず君の杖をなんとかしないとね。」

リサンドラはふっと微笑んだ。

それは、今夜見せた中で一番自然な笑顔だった。

「そうね。でも……実はそれだけじゃないの。」

エイダンはリサンドラを見つめ、わずかに警戒した。

「ルクスダラに着いたら、父に紹介するわ。」

リサンドラは静かに続けた。

「彼は学院に影響力を持っているの。あなたを候補生として推薦できるかもしれない。確約はできないけれど……今日のあなたを見たら、きっと受け入れたくなるわ。」

「そんなこと、しなくていい。」

エイダンは少し居心地悪そうに答えた。

リサンドラは真剣な眼差しで彼を見た。

「あなたは私の命を救った。それに報いるのは、当然のことよ。」

「こんなにも力を持った人が……ただ道端で消えていくなんて、もったいないもの。」

『この世界の“恩返し文化”……クセがすごいな。』

エイダンは内心で苦笑した。

『ようこそ、貴族社会の作法へ。』

ユビーが皮肉たっぷりに囁いた。

『名誉、贈り物、義理の友情……最高のカオスパレードだな。』

リサンドラは上品にフォークを置き、微笑んだ。

「明日の夜明けに出発するわ。……あっ、断るのは無しよ。」

彼女は少し意地悪く笑った。

「もう決めたから。」

エイダンは俯き、小さく笑った。

顔を上げた彼の目には、ほんの少しだけ……温かい諦めが滲んでいた。

「……わかったよ。君がそれで安心するなら。」

ほんの一瞬だけ、背負っていた重さがふっと軽くなったような気がした。

***

夕食を終えたエイダンは、階段を静かに上がった。

きしむ音が、夜の静けさに溶けていく。

侍女に案内されながら、古びた木と乾いたラベンダーの香り漂う廊下を進み、用意された部屋の前で立ち止まる。

そっと扉を開けると、シンプルながら温もりを感じる部屋が広がっていた。

しっかりとしたベッド、重厚なカーテンに包まれた窓、油ランプが柔らかく照らす机。

扉を閉めると同時に、彼の服が変化し始めた。

生きた鎧が静かに収縮し、深紅の柔らかいルームウェアへと姿を変える。

袖はゆったりと、肌触りは温かく……見た目にも細やかな装飾が施されていた。

「……これ、ベルベットか?」

エイダンは眉をひそめた。

『寝心地もスタイルも、大事だろ?』

ユビーが胸元から軽やかに返した。

『さあ、寝ろ。明日は"貴族お嬢様のお供"ミッションだぞ。』

エイダンはベッドに体を投げ出し、深い溜息をついた。

「ユビー……俺、自分の世界が恋しいよ。」

エイダンは天井を見上げながら、沈んだ声で呟いた。

「街の雑踏も、ネオンの光も……どれだけ壊れていても、俺には“居場所”があったんだ。」

彼は目を閉じ、拳を握りしめた。

「……もし、あいつらがヤルダバオトを封じきれなかったら?

もし、エイドリアンもサミーも……。」

『まだ分からない。』

ユビーが割り込んだ。

『最悪を想像しても、現実は変わらない。今できるのは――前に進むことだけだ。』

エイダンは目を開け、苦い顔で呟いた。

「それに、もしここで正体がバレたら……。」

一度言葉を止めた後、続けた。

「"おや? 見知らぬ魔力持ち? 面白いね"……なんて優しい世界じゃないだろ。絶対、広場で晒されて、怪しい賛美歌流しながら首チョンパだよ!歴史の授業にされちまう!」

『バカな心配は寝る前だけにしとけって!』

ユビーが笑いながら返した。

『そんな変な妄想してる暇あったら、さっさと夢の中で英雄ごっこでもしてろ。』

エイダンは顔をしかめ、横向きに寝返りを打った。

「……ベッド、固い。

俺の巨大枕が恋しい。」

『なら、袖膨らませて顔描こうか?』

ユビーがからかった。

「勘弁してくれ。

俺、そこまで精神崩壊してない。」

部屋には、風が窓を撫でる音だけが静かに残った。

エイダンはまぶたを閉じた。

「……明日は、“魔法学園アニメ”への旅立ちか……。」

皮肉混じりに呟いた。

『いい夢見ろよ、パクスター。』

ユビーが優しく囁いた。

***

ヴェリンドラの朝は、やわらかい光に包まれていた。

宿の外では、アエレンタール家の紋章が刻まれた上品な馬車が待機していた。

黒毛の馬が鼻息を鳴らし、二人の御者が静かに控えている。

エイダンはリサンドラと共に階段を降りた。

彼女は機能的ながら品のあるドレスに着替え、侍女たちに丁寧に別れを告げた。

ヴァルティルは、エイダンに鋭い視線を向けながら言った。

「……レディ・リサンドラに何かあれば――。」

静かだが底冷えする声だった。

「お父上は、私よりずっと"厳しい"方ですよ。そして、貴族評議会も、"失態"に寛容ではない。」

エイダンはごくりと唾を飲み込んだ。

「は、はい……ヴァルティル様。」

エイダンは肩をすくめながら答えた。

「……肝に銘じます。」

ヴァルティルは厳しいまなざしで頷いた。

無言のまま、二人は馬車に乗り込んだ。

扉が重たく閉まる音とともに、馬車はゆっくりと石畳を進み始めた。

リサンドラは窓際に座り、流れる景色をじっと見つめていた。

そして、数分の沈黙の後、彼女がぽつりと口を開いた。

「……私がアカデミーに送られる理由、知ってる?」

エイダンは彼女を横目で見たが、何も答えなかった。

ただ、静かに続きを待った。

「小さい頃、私は魔法が大好きだったの。」

リサンドラの声は、かすかに震えていた。

「力が欲しかったからじゃない。

癒したかったから……人を救いたかったから。」

彼女は一度、言葉を飲み込んだ。

まるで、張り詰めたヴァイオリンの弦が、今にも切れそうな音を立てているように。

「……でも、今は違う。

オーレオンの神様は答えてくれない。

もしかしたら……最初から、何もなかったのかもしれない。

魔王が蘇って、村が焼かれ、人々が絶望して……

両親は、もうすぐ戦争が始まると信じてる。」

馬車の揺れが、二人を優しく揺らしていた。

エイダンは黙ったまま、それを聞いていた。

「だから、私は――

癒し手じゃなくて、戦う魔導士として育てられる。

聖職者になる夢は、もう……。」

リサンドラは、小さな笑みを浮かべた。

それは、年齢に似合わぬ、深い疲れを滲ませた微笑みだった。

数秒の沈黙が流れた後、エイダンは深く息を吸った。

「……分かるよ。」

彼は静かに言った。

「やりたいことと、やるべきことが違う時って、あるよな。

でも、それでも――信じるもののために、立ち向かわなきゃいけない。」

リサンドラはエイダンを見た。

その瞳に灯った光は、尊敬でも感謝でもなかった。

……ただ、ほっとしたような、救われたような光だった。

「……こんなふうに言ってもらえたの、初めて。」

リサンドラはそっと呟いた。

「ありがとう、エイダン。」

エイダンは視線をそらし、少し照れたように言った。

「……どういたしまして。」

馬車は、緑の丘を越えて進んでいった。

再び沈黙が訪れ、心地よい揺れの中で時が流れる。

そして、エイダンの頭の中で、ユビーの柔らかな声が響いた。

「は、はい……ヴァルティル様。」

エイダンは肩をすくめながら答えた。

「……肝に銘じます。」

ヴァルティルは厳しいまなざしで頷いた。

無言のまま、二人は馬車に乗り込んだ。

扉が重たく閉まる音とともに、馬車はゆっくりと石畳を進み始めた。

リサンドラは窓際に座り、流れる景色をじっと見つめていた。

そして、数分の沈黙の後、彼女がぽつりと口を開いた。

「……私がアカデミーに送られる理由、知ってる?」

エイダンは彼女を横目で見たが、何も答えなかった。

ただ、静かに続きを待った。

「小さい頃、私は魔法が大好きだったの。」

リサンドラの声は、かすかに震えていた。

「力が欲しかったからじゃない。

癒したかったから……人を救いたかったから。」

彼女は一度、言葉を飲み込んだ。

まるで、張り詰めたヴァイオリンの弦が、今にも切れそうな音を立てているように。

「……でも、今は違う。

オーレオンの神様は答えてくれない。

もしかしたら……最初から、何もなかったのかもしれない。

魔王が蘇って、村が焼かれ、人々が絶望して……

両親は、もうすぐ戦争が始まると信じてる。」

馬車の揺れが、二人を優しく揺らしていた。

エイダンは黙ったまま、それを聞いていた。

「だから、私は――

癒し手じゃなくて、戦う魔導士として育てられる。

聖職者になる夢は、もう……。」

リサンドラは、小さな笑みを浮かべた。

それは、年齢に似合わぬ、深い疲れを滲ませた微笑みだった。

数秒の沈黙が流れた後、エイダンは深く息を吸った。

「……分かるよ。」

彼は静かに言った。

「やりたいことと、やるべきことが違う時って、あるよな。

でも、それでも――信じるもののために、立ち向かわなきゃいけない。」

リサンドラはエイダンを見た。

その瞳に灯った光は、尊敬でも感謝でもなかった。

……ただ、ほっとしたような、救われたような光だった。

「……こんなふうに言ってもらえたの、初めて。」

リサンドラはそっと呟いた。

「ありがとう、エイダン。」

エイダンは視線をそらし、少し照れたように言った。

「……どういたしまして。」

馬車は、緑の丘を越えて進んでいった。

再び沈黙が訪れ、心地よい揺れの中で時が流れる。

そして、エイダンの頭の中で、ユビーの柔らかな声が響いた。

「この土地には力がある、パクスター。」

ユビーの声が、静かにエイダンの心に響いた。

「大地にも、空にも……古代の魔法が縫い込まれているみたいだ。そして、魔王がいるなら、きっと神も……あるいは、それ以上の存在もいるだろう。」

エイダンは腕を組み、馬車の窓から遠くを見つめた。

唇を引き結ぶ。

「……もっと、隠れて生きないとな。」

「それに、観察することだ。」

ユビーが続ける。

「この国の“光”だとか、“信仰”だとか……まるで、他の世界で見たものとそっくりだ。」

エイダンは、そっとリサンドラの方に視線を向けた。

彼女は目を閉じ、静かに休んでいた。

(彼女たちの信仰を、壊したくないな。)

エイダンは心の中で呟いた。

(たとえ、俺が信じるものが……たった一つしかなくても。)

馬車は、コツコツと音を立てながら進んでいく。

異なる運命に導かれながら、同じ道を行く二人を乗せて――。

「リサンドラが言ってた街、そろそろ近いのか?」

エイダンが心の中で問うと、ユビーが即座に答えた。

「近いぞ、パクスター。

ここからでもわかる……まるで、魔力の鼓動が聞こえるみたいだ。」

馬車の揺れが、一定のリズムを刻んでいた。

そして、ついに――

丘の向こうに現れたのは、尖塔と高い建物が立ち並ぶ都市だった。

エイダンは窓から顔を出し、その光景に思わず目を見開いた。

「……なんだ、この世界は。」

石畳の通り、魔法で掲げられた旗、

浮かぶ光を追いかける子供たち、

手品のように魔法を操る旅芸人たち。

そこには、確かに魔法が“生きていた”。

(……なんだか、近未来都市に中世ヨーロッパをぶつけたみたいだな。)

エイダンは心の中で皮肉った。

ユビーがクスクス笑う。

「魔法の国へようこそ、パクスター。

ここでは、クレーンもコンクリートもいらない。

あるのは、ルーンと、……それを信じる力だけだ。」

エイダンは腕を組み直し、肩をすくめた。

「……少なくとも、渋滞はないみたいだな。ポイント高い。」

馬車は都市の高台へと向かった。

道はより整備され、白い石造りの建物が続く地区。

やがて、深い青に飛翔する鷹と緑の枝を描いた紋章が翻る大邸宅の前で馬車は停まった。

――アエレンサル家。

降りると、すぐに複数の執事たちが駆け寄ってきた。

一人はリサンドラを丁寧に助け、もう一人はエイダンにも手を差し伸べたが、彼は控えめな優雅さで馬車から降りた。

彼はリサンドラの隣から離れなかった。

「この方はエイダン・ルルーです。」

リサンドラは毅然とした声で言った。

「私の護衛です。」

エイダンは静かに一礼した。

その場に微妙な沈黙が流れる。

だが、誰も異を唱えなかった。

彼女の意志に逆らえる者はいなかった。

若い女執事――ミエルが素早く近づいた。

「リサンドラ様、お父上がお待ちです。討議の間にて、学院への入学についてお話がございます。」

「ありがとう、ミエル。」

リサンドラは微笑み、そしてエイダンへと向き直った。

「一緒に来て。」

二人は館内を進んだ。

廊下には古の英雄譚を描いたタペストリーが飾られ、磨き上げられた大理石の床、色鮮やかなステンドグラス、焚かれた香の匂い――全てが、静かなる誇りを物語っていた。

(……バッキンガム宮殿みたいだな。)

エイダンは内心で皮肉った。

(ただし、あの時はソーがロンドンを半壊させてたけどな。)

ユビーは言葉にせず、同意するように小さく振動した。

やがて、黒い両開きの重厚な扉の前に立つ。

呼び鈴も叩かず、扉は静かに開かれた。

――討議の間。

リサンドラは姿勢を正した。

エイダンもまた、影のようにその後に続く。

この場で隙を見せるわけにはいかなかった。

開かれた扉から、涼やかな香と、圧倒的な存在感が流れ出す。

黒檀の長机の上座に座っていたのは――

アエレンサル公爵。

黒い正装に、翡翠色の精緻な刺繍。

灯りに照らされたその服は、静かに威光を放っていた。

黒髪はきちんと後ろに束ねられ、リサンドラと同じ冷静な緑の瞳が、情ではなく、計算で相手を見る。

「父上。」

リサンドラは丁寧に一礼し、椅子に腰掛けた。

エイダンは、護衛らしく背後に立つ。

無言。警戒。居心地の悪さ。

公爵は数秒だけ彼女を見つめた。

そして、彼女の装いの乱れに目を留め、冷ややかに口を開いた。

「昨夜送った報告書、随分と短く、急いだ文面だったな。」

「余計なご心配をかけたくなかったのです。」

「道中で襲撃され、杖を失いました。他の護衛たちは……誰一人として生き残れませんでした。」

「それでも、お前はこうして無事に戻った。……彼のおかげ、か。」

「はい。エイダン・ルルーが私を救ってくれました。彼は貴族の出ではありませんが――確かな実力を持っています。私は、彼を学院へ推薦したいと考えています。」

「身元も知れぬ者が、アエレンサル家の名のもとに魔術院に入ると?」

「推薦枠です。代表ではありません。」

「……護衛すら生還できなかった中、お前だけが生きて戻った。もしこの話が広まれば、彼を無視するわけにはいかぬな。」

「――こちらへ。」

(内心で:「無能と即断すれば、貴族社会では傲慢と取られる。追い落とすなら、確かな失態をもって、証人付きでだ。」)

「……一度だけ、認めよう。」

「お前の失敗一つが、我が家の名に汚点を残すことになる。娘を救ったその功績は認めよう。それだけで、数多の者よりも価値がある。」

「しかし、学院で無様な真似を見せれば、ルクスダラから追放する。学院生としてではない。存在そのものとして、だ。理解したか?」

(内心でユビー:「簡単だろ?知らない分野で完璧な結果を出して、何百年も続く家の誇りを汚すなってだけさ。余裕余裕。」)

「……承知しました。必ずや、期待に応えてみせます。」


公爵は微かにうなずいたが、笑顔は見せなかった。

「学長と話をつけよう。二日後、お前は新入生たちと一緒に試験を受けることになる。」

(血筋の証拠はない。しかし、娘を救った。その功績だけで、試す価値はある――)

リサンドラはほっとしたように息をついた。

一方、エイダンの胸には、見えない重圧がずしりとのしかかった。

異世界。未知の規則。そして……魔法学院。

しかも彼は、魔法使いですらなかった。

大広間の扉が静かに閉まった。

リサンドラは、溢れる喜びを隠しきれず、小さく跳ねて、ドレスの裾をひらりと揺らした。

「やったわ!これであなたも学院生ね!」

そう言って、輝くような笑顔で彼を指差した。

「あなたは正式に、私の護衛兼推薦者よ!」

エイダンは棒立ちのまま、火山にダイナマイト背負って放り込まれた人間のような顔をしていた。

「……すごいね。」

死にかけの声で、そう呟いた。

心の中で、ユビーに話しかけた。

(……頼むから、魔力操作のとき髪色がバレませんように。)

ユビーは飄々と応えた。

(それか、魔力量がこの世界の構造をぶっ壊して、壁ごと吹っ飛ばないことを祈るんだな。)

リサンドラはそんな心配など知る由もなく、弾む足取りで回廊を駆けて行った。

振り返りざまに、楽しげに叫んだ。

「二日後よ!すぐに仕立て屋に行って、制服を用意させるわ!」

そして、嵐のように扉の向こうへ消えた。

エイダンは、その背中を見送った。

愛しさではない。

存在を揺るがすような、純粋な恐怖で。

大きなため息をつき、腕を組んだ。

「……これから、長い長い地獄の始まりだな。」

ユビーもまた、諦め半分の声でささやいた。

(チュートリアルだよ、パクスター。まだ……チュートリアル。)

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