第11話
義母の高らか勝利宣言を聞きながら、カリンは考える。
もはや、自分は助からないだろう。
キャロメティアも助けることが出来ないだろう。
世界を旅するどころか、こんなところで死ぬことになるなんて。
義母を人質にとって逃亡を図っても、ほぼ確実に失敗する。
それなら、いっそのこと、一矢報いてみてもいいのかもしれない。
下らない貴族に。
自身に害なすことなど出来やしないと高を括っている貴族に。
心中相手がこいつなのは気に食わないが。
それでも、せめて、やり返してやろう。
そう決意したカリンはふと気付く。
カリンもキャロメティアがカリンを害するなどという発想を持っていなかったことに。
今でこそ、キャロメティアの優しさや戦士として誇りのようなものを知っている。
しかし、出会った当初から、いや、それ以前から大鬼族の奴隷にカリンが害されるという発想がなかった。
カリン自身も所詮、貴族なのだと自覚せざる得ない。
カリンは自嘲気味に笑い、義母にゆっくりと近づいていく。
衛兵がそれを横目に見たが、カリンが手ぶらであること、カリン自身も貴族であることを考慮し、止めない。
カリンが空間魔法を使えることは誰も知らない。
カリンは、義母の目の前まで近づくと、空間魔法を起動する。
高笑いをしながら、カリンを見下していた義母が驚愕で表情を歪める。
衛兵が魔法を見て、慌てて義母を護衛しようとするが、間に合わない。
カリンが空間魔法から取り出したナイフは、義母の腹部に深く突き刺さった。
義母が悲鳴を上げると同時に、衛兵たちが慌ててカリンを取り押さえようと動き出す。
と、その瞬間、突然、地下水道側の扉が弾け飛んだ!
ウオォォォォォォ!という雄叫びを上げながら、真っ赤な肌をした大鬼族が突撃してくる。
衛兵たちは、咄嗟のことに反応できなかった。
鉄格子を簡単にひしゃげさせた大鬼族は、そのまま衛兵二人を弾き飛ばす。
残された三人の衛兵が慌てて剣の柄に手をかけるも、抜く前に大鬼族に弾け飛ばされる。
衛兵たちを薙ぎ払った大鬼族は、自身の手を見つめながら、何故か驚いている。
カリンは、大鬼族以上に、驚いて固まっていた。
大鬼族が振り返り、カリンの方をみて、心配そうな声で言う。
「カリン?」
その声を聞いて、カリンも絞り出すように言う。
「キャロメティア?」
なぜ、気付かなかったのか。
肌の色が変わっていたぐらいで。
いきなりの展開すぎて、カリンの頭も処理が追い着いていなかった。
キャロメティアは、にっこりと笑うと、カリンに手を差し出してくる。
カリンはその手を取ると、そのままキャロメティアに持ち上げられ、背負われた。
義母が息を潜めているのを横目に、カリンはそのままキャロメティアに身を任せる。
キャロメティアが地下水道へと駆け出すと、後ろから衛兵たちが騒ぐ声と義母の金切り声が聞こえてくる。
全てを置き去りにキャロメティアが地下水道を駆け抜ける。
その背に揺られながら、カリンはキャロメティアを強く抱きしめる。
助けてくれた。
もう、全てを諦めていた。
でも、助かったんだ。
「ありがとう。」
混乱していた頭がようやく落ち着きを取り戻していく。
まだ生きていられる。
いや、完全に助かったわけじゃない。
追手は来るだろう。
地下水道で逃げ続けても、意味がない。
これからどうすれば……。
カリンは以前、壁に着けた目印を横目に見ながら、キャロメティアの向かう先を確信する。
街の外へと脱出すれば、追手は来ない。
鉄格子を壊すための道具は用意出来なかった。
出来なかったけど……。
「キャロメティア?」
「何?」
相変わらず短い返事を受け取りながら、カリンはより冷静さを取り戻していく。
「……鉄格子、壊せたの?」
大鬼族の肌は基本的に緑色である。
それが赤く変わる状態を鬼神化という。
身体能力が跳ね上がり、途轍もない力を発揮する。
知識としては知っていた。
キャロメティアがこの力を使えることを隠していたとして、咎める理由はない。
それだけの信用を得ていなかったのだから。
むしろ、カリンを助けるために使ってくれたことに感謝するべきだ。
その程度のことが分からないカリンではない。
けれど、思うところがないというわけにもいかない。
脱出口を見つけたときに、教えてくれても良かったんじゃない?
そのまま脱出できていたら、こんなに苦労しなくて済んだのに。
「さっき出来るようになったんだよ。カリンのおかげ。」
嬉しそうな声返ってきた返事にカリンは申し訳なくなる。
まぁ、そうよね。
使えたら、それこそあの場で教えてくれたよね。
「……ありがとう。」
なんて返すべきか戸惑ったカリンは、再度お礼をいって誤魔化す。
脱出口にたどり着くと、キャロメティアが鉄格子を蹴り飛ばす。
鉄格子が外れて、川に落下していく。
見届けることもなく、キャロメティアが来た道を少しだけ引き返す。
「え、ちょっと?」
どこへ行くつもりなのかと、問いかけようとしたカリンを背負ったまま、
キャロメティアは、今度は脱出口へと駆け抜ける。
助走を付けて、脱出口から二人は飛び出し、宙を舞う。
カリンは悲鳴を上げながらも振り返る。
真っ黒に暗くなった世界に抗うように、街はたくさんの火を灯していた。
城壁に囲まれ、安全と引き換えに窮屈を提供する監獄。
キャロメティアは対岸に着地すると、そのまま森を駆け抜けるように走り出す。
その背にしがみつきながら、カリンはもう振り返らなかった。
視界は、月明りとキノコや苔のような僅かな光源を頼る必要があり、見通しが悪い。
カリンは、魔物が溢れる危険な環境と引き換えに自由を手に入れた。
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