創作論15:大長編注意書き

 3日後。

 ゆり子は3日間かけて、下絵を一気に描き上げた。内容が決まってしまえば、下手な変更をしない限りは、規制に引っかかることはない。なので、クリオリにチェックさせる必要はなく、久々にパソコンも点けずに、一心不乱に描き続けた。

 そうして、出来上がった原稿データを見て、ゆり子は満足げに微笑み、机の上で伸びをした。

「じゃあ、チェックしてもらおっかな。」

 ゆり子は3日ぶりにパソコンの電源を入れ、クリオリを起動させた。

『こんにちは、田中ゆり子さん。』

「こんにちは。下絵を描き上げたから、チェックをお願い。」

『はい、お任せ下さい。』

 ゆり子は下絵の画像データを、クリオリのアプリに放り込んだ。

 待つこと、3秒。

『問題はありません。』

「まぁ、そりゃそうよね。」

 ストーリーや構図はラフから何も変えていないので、当然と言えば当然だ。

『内容には問題がありませんが、公開するに当たって、注意書きの作成が必要となります。』

「注意書き?」

 また、思ってもみない指摘が飛んできた。

『はい。現在、漫画に限らず、創作物を発表する際、如何なる媒体から出る場合も、注意書きが必要となります。』

「ああ~、“この物語はフィクションです”みたいなやつ?」

『はい。しかし、現在は様々な規制が厳しくなった影響で、注意書きを複数用意するのが、定石となっています。』

「規制を何日もかけて、全部回避したはずだけど、それでも注意書きは必要なの?」

 規制を回避したのに、注意書きを書かなければならないのが、微妙に気に食わない。

『はい。人間の認知能力や思考能力には、大きな個人差があり、規制されていない表現でも、不快に思われたり、ショックを受けたりする危険性があります。それらの事態が起きた時の免責として、注意書きは重要になります。』

「例えば……本当の話だと思って読んだら、作り話だったからショック受けた……なんていう読者がいたら、大変だからってこと?」

『そういうことになります。』

「そんなアホな。」

 いよいよアホらしくなってきた。

『しかし、現実問題として、このような事案によるクレームや訴訟が、出版社やテレビ局、動画のプラットホームなどに、日々寄せられています。自分の身を守る為にも、注意書きは必須であると考えられます。』

「……っち。」

 ゆり子は舌打ちして、深呼吸した。

「わかった。それで、どうすればいい?」

『はい。注意書きはテキストで書いていって下さい。』

「はいよ。」

『まず、フィクションであることを明記する必要があります。』

「まぁ、お決まりよね。」

“この作品はフィクションであり、実在の人物や団体、事件などとは関係ありません。”

『次に、未成年が出てこないことを明記して下さい。』

「見てわからない?」

『やや小柄なキャラクターが登場するので、子供ではないことを書く必要があります。』

「マジかぁ。」

 “この作品に登場する登場人物は、全て18歳以上です。”

「大人のビデオの注意書きみたい。」

 ゆり子は溜息をついた。

『次に、男性が出てこないことを、明記して下さい。』

「それも、見たらわからない?」

『女性らしい体のラインのキャラクターがいないので、男性と勘違いする読者がいるかもしれません。』

「そっちがグラマーな体形はダメって言ったんじゃん……」

 “この作品に登場する人物は、全て女性です。”

『次に、SDGsについて、明記して下さい。』

「まぁ、それは来るよね。」

 “この作品は、SDGsの条文に則って制作されています。”

『次に言語について、明記して下さい。』

「ん?言語?」

『はい。日本語で書かれていることを明記して下さい。』

「いや、それ必要?」

『はい。日本語で使われる漢字は中国語でも使われている文字であり、読者に誤解させないようにしなければなりません。』

「それを、日本語で注意書きして、意味あるの?」

『はい。』

「え~……?」

 “この作品は日本語で書かれています。”

『次に、使用方法について、明記して下さい。』

「使用ほ……は?」

『この作品を、読書以外に使用しないよう、読者に伝える必要があります。』

「いや、読む以外に使用できないでしょ?グラマーな女の子いないんだから、男の子の自家発電にも使えないじゃん。」

『SNS等で、作品の一部画像を切り取って、恣意的に使用されることがあります。それでトラブルが起きたり、訴訟が起きた時に、作者本人に責任が及ばないよう、免責の為の注意書きが必要になります。』

「あっ、意外とまともな理由だった。それは確かにそうだわ。」

 “この作品を、読書以外の用途で使用することを禁止します。”

『次に、眠気と体調やコンディションについて、明記して下さい。』

「体調?何で?」

『漫画に限らず、読書をすると、脳が疲労し、アデノシンという物質が分泌されて、眠気が発生することがあります。それにより、予期せぬ睡眠をとってしまったり、無理に覚醒を続けて体調に不調を来したりする危険性があります。その為の免責です。』

「何で読者の体調まで、こっちが気遣わなきゃならないのよ……」

 “この作品を読むと、予期せぬ眠気が発生することがあります。体調・コンディションを十分に整えて、お読み下さい。”

『次に、絵が描かれていることを、明記して下さい。』

「えっ?」

 シャレではない。

『作品は中身を開くまで、どのような表現方法で描かれているかわからないので、これは絵を使った漫画という表現方法描かれていることを、明記する必要があります。』

「……小説だと思ったら漫画だった、なんてことがないようにってこと?」

『はい。それにより、読者が不快に思うのを回避する為です。』

「自己責任って言葉は、この世界に存在しないの?」

 “この作品は、絵で表現されており、漫画という形式で描かれています。”

『次に、誤食、誤飲の防止を明記して下さい。』

「……ごしょく?ごいん?」

 いよいよ、わけのわからない言葉が出始めた。

『はい。電子作品として配信するとしても、書物の形で出版するとしても、何かしら物理的な形にしないと、この作品は読めない為、誤食や誤飲の危険性はあります。』

「漫画を誤食するって、聞いたことないんだけど。」

『そうでもありません。幼児や知的障がい者などの誤食や誤飲は、珍しいことではありません。』

「そういう人達は、注意書きが読めないから、やっちゃうんじゃないの?」

『保護者への注意喚起という意味合いがあります。これがあることで、作者本人に責任が及ぶのを防ぐ狙いがあります。』

「あー、なるほ……いや、やっぱりおかしい気がする。」

 “この作品は、食品ではありません。”

『次に、この作品に描かれている方法で、業績が悪化した会社が回復するわけではないことを、明記して下さい。』

「えっ?どういうこと?」

『このようなテーマの作品の場合、フィクションであるにも拘わらず、ハウツーとして使う読者が一定数います。例えば、学校のいじめを題材にした漫画を、実際の教師が参考にし、担任のクラスのいじめ問題を解決しようとしたところ、更に問題が深刻化したケースがあります。』

「あ~、確かにそれは、あるなぁ。」

『今回、第1話に当たる10ページでは、まだ会社が傾いたところまでしか描写されていませんが、この先、解決法が提示されると考えられるので、注意書きは必要と思われます。』

「そっかぁ。」

 “この作品に描かれた方法は、実際の課題、問題等を解決出来るとは限りません。”

『次に、』

「ちょっと待って!」

 ゆり子は急にストップをかけた。

「注意書き多過ぎなんだけど!どんだけあるの?」

『まだ、残り104項目あります。』

「マジで言ってんの!?」

 思わずゆり子は叫んだ。

『はい。』

「えぇ……」

 ゆり子は一通り呻いてから、腹を決めた。

 そこからは、ゆり子はあまりリアクションを返さず、淡々と注意書きを書き続けた。


 そして、2時間後。

『以上になります。』

 ようやく、クリオリが終了を告げた。

「終わったー……」

 ゆり子は目を押さえながら、溜息をついた。

 テキストは20文字×20行に設定していたのだが、そのせいで15ページの大長編になってしまった。

「本編の漫画が10ページなのに、注意書きのほうが長くなったんだけど……」

『文量としては、平均的です。』

「うへぇ……」

 ゆり子は呻いて、ペットボトルのお茶に手を伸ばした。

 そのラベルには、大量の注意書きが書かれている。

「……どこもかしこも、注意書きはがんばってるのね。」

『はい。創作界隈だけでなく、現在ほぼ全ての業界が膨大な注意書きを、日々作成しています。』

「その労力を違う何かに回せば、この国はもっとよくなったかも知れないわね。」

 ゆり子はパソコンの電源を落とした。

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