第2話成功の秘訣
尋問室の硬い椅子に沈み込みながら、男は遠い目をしていた。
声にこそ出さないが、その顔には微かな笑みが浮かんでいる。
尋問官は何も言わず、ただ沈黙を保ったまま次の言葉を待った。
男は、ぽつりと語り始めた。
「──それから俺たちは、しょっちゅう一緒に飲むようになった」
カブキシティの夜。
腐ったネオンと、ぼろぼろのホログラム広告が照らす路地裏で、アルバートはいつも楽しそうに笑っていた。
そして、驚くほど簡単に新しい友達を作った。
全身を戦闘用義体に換装した凶暴なギャング連中。
最初は喧嘩になるかとヒヤヒヤしたものだが、数分後にはアルバートが輪の中心で、そいつらと肩を組んで歌っている。
誰もが眉をひそめて避けるような輩すら、あいつの前ではただの「仲間」に変わった。
「……それとあれも忘れもしねぇよ。あいつが初めて『本当にすげぇ』って思った夜だ」
カブキシティ──トーキョーメガロポリスの心臓に巣食う、合法スラム。
割れたホログラム看板と、露天の煙と、排水路の匂いが混ざりあう夜だった。
場違いな女が歩いていた。
肩までの金髪、夜空みたいな深紺のドレス。
すべてが高級品だった。
迷い込んだ子羊──誰の目にも、そう映った。
瞬く間に、街のハイエナたちが群がった。
義体で武装したチンピラたちが、ニヤニヤ笑いながら包囲する。
逃げ場は、ない。
──その時だった。
アルバートが、ふらりと現れた。
大声も、脅しもない。
ただ女の前に立って、ニカっと笑っただけだった。
「こっちだ、走れ!」
彼は女の手を取ると、裏路地へと駆け出した。
女は、驚きながらも必死でついていった。
当然、チンピラたちが追う。
あと数秒で追いつかれる、そんな時──
路地裏から、別の影が現れた。
ゴツい義体を着込んだ、あのギャング連中だ。
昼間、アルバートが酒場で意気投合していた連中だ。
「兄弟の頼みだ、ちょっと貸しだぜ!」
そう言って、チンピラたちを取り囲んだ。
ギャングたちは笑っていた。
けれどその笑いは、明らかに敵意を含んでいた。
チンピラどもは状況を察し、顔を青ざめさせ、蜘蛛の子を散らすように逃げ出した。
アルバートは、女を守りながら、ただ後ろで手を振った。
「またな、ブラザーズ!」
そう言うと、女を連れて、ゆっくりと夜の中へと消えていった。
──アルバートは、拳一つ振るわずに勝った。
誰よりも強いわけでも、威圧的なわけでもない。
ただ、誰よりも人に好かれる才能を持っていた。
男は目を伏せる。
「あいつは、ああやって、世界すら味方につけたんだ」
尋問官はわずかに眉をひそめた。
そんな絵空事みたいな話を、どこまで本気で信じればいいのか──そんな顔だった。
「あいつに誑し込めない人間はいなかったんだよ」
男は呟いた。
アルバートは、てっぺんを目指した。
誰よりも真剣に、誰よりも眩しく。
そして──手に入れた。
それを疑う余地などなかった。
コーポのお嬢様と結婚し、
世界有数の財閥と繋がり、
底辺スラム出身の男は、超富裕層の仲間入りを果たした。
「敵がいないんだよ。まるで、世界中があいつの味方だった」
男自身も、忙しかった。
軍に入隊し、訓練と任務に明け暮れた。
だが、たまに休暇が取れると、アルバートに会った。
そのたびに、アルバートの服装が変わっていた。
最初は古着のパーカーだった。
次に、安物のスーツになった。
それが、仕立てのいいシャツになり、
高級ブレザーになり、
最後には、オーダーメイドのスリーピースになった。
時の流れを、彼の成り上がりを、服が教えてくれた。
「おめでとう、アルバート」
何度言っただろうか。
それしか言えなかった。
本当に、心から祝福していたのだ。
そして──
ついに、女の子が生まれた。
あの日。
アルバートは、男に付き添いを頼んだ。
男は病院の白い廊下で、緊張しながら座っていた。
壁の向こうから、小さな産声が聞こえた。
アルバートは、涙ぐみながら、拳を固く握りしめていた。
あの強気で、前向きな男が、
生まれて初めて、震えるほど嬉しそうな顔をしていた。
──あれが、奴の幸せの絶頂だった。
男は静かに目を閉じた。
まるでその光景を、もう一度、心の中に確かめるように。
尋問室の空気が、わずかに重くなる。
尋問官は、何か言いかけたが、結局、口をつぐんだ。
男は続けた。
「……それが、全部だったんだ。
あいつにとっての世界のすべてだったんだ」
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