第3話 神と呪詛




「おい、あいつは⁉︎」

 ツイナは柊に怒鳴る。柊も叫び返した。

「〈協力者先生〉はお黙り中! ずっとオンにしたまんまなんだけど!」

〈協力者〉はどうやら不定期で話しかけてくるらしい。話そうとして通じないことや、話の途中で途切れることもあるようだった。

 だから、今のように助けが必要な時でも助言が得られなかったりする。らしい。

「包囲されたんだけど! ちょっと! どうして通じないの!」

「これは包囲なのか?」

「知らない!」

 今、棍棒や刃物やらを持った村人達が袋小路に二人を追い詰めていた。塀は高く、庭木があって、逃げる場所も、ましてや隠れる場所もない。

「もう……」

 柊は溜め息を吐くと、後ろに下がった。

「おい!」

「ちょっと考えさせて」

「働け!」

「天才脳味噌をフル回転させてるわ。ご安心なさって」

 彼女は目を閉じてひらひらと手を動かす。

「自分で言うな!」

「はいはーい。ところで今なんて言った?」


 ツイナは柊を諦め、じりじりと迫ってくる村人に必死で語りかける戦法を採った。

「この娘が鬼に見えるのは、どうやら結界というものらしい! 一旦待ってくれ! 俺は鬼を祓う職人だ! 専門家に任せてくれ!」

「いいえ駄目です。方相氏様は力を授け、方相氏様の身を守ってくださる面をつけていない。だから力を失いかけているらしい。鬼を鬼と認識出来ずにいるのです。さあ、皆さん。狡猾で邪悪な鬼を殺しましょう!」

 神主の声がする。どうやら後方で指揮をとっているらしい。

「待て! 葬式をお前らは神主に頼むだろ? 何故花屋や魚屋では駄目なのか? 神主が専門家だからだ。鬼のことについては俺に任せろ!」

「鬼を殺さねば災厄が降りかかります! 必ず方相氏様を捕獲しなさい! 殺しては駄目です! 鬼を斬るのはあの刀でなくては、死体の穢れが残ってしまう!」

 村人の中から神主に賛同する声が上がる。

「おい柊! どうする!」

 振り返ると、薄っすらと彼女は目を開けていた。

「球投げは得意?」

「は⁉︎」

「私は得意。目を瞑って。……あ、耳も塞いだほうがいいかも」

 柊が『しょるだぁばっぐ』から濁った緑色の丸いものを取り出して、丸いものに付いた金属の輪を引き抜いた。

「なんだそれは?」

「目を閉じて!」

 柊がそれを大きく振りかぶった。彼女から殺気を感じてツイナはぎゅっと目を瞑る。一、二秒後、爆発音と共に、瞼を貫通するほどの光が放たれた。

 柊が駆け出す。その音を聞きつけ、目を開けてツイナも駆け出した。

「どうするのだ?」

「このまま逃げる!」

「あれはなんだ?」

「手榴弾よ!」

 村人達は呻き声を上げている。小さな爆発が上空で起き、目を潰したり軽い怪我をしたりしたようだ。つまり、手榴弾とは小さな爆発物のことらしい。呻く村人の脇を素早く二人は駆け抜けた。

鳳梨ほうりの熟れる前ではないのか……」

「あら、鳳梨は知ってるの? 外ではパイナップルと言うのだけど」

「ぱい……?」

 いつも通り首を傾げたツイナにいつも通り柊は溜め息を吐く。

「本当に外来語苦手なのね……って、今繋がった! 〈協力者先生〉、これ、駄目じゃない! え……。結界のせいにしないでよ! 不良品じゃないの⁉︎」

「待て! 〈協力者〉の台詞が分からないから言っている意味が分からん!」

 器用に声色を変えて柊は語り出した。

「『無事かい? これは結界にあんまり対応してないみたいだね。まあまあ、怒らないでよ。頑張ってね』ですって。帰ったら文句言ってやるわ!」

「そ、そうか……」

 帰ったら。

『ところで方相氏くん。君の武器は刀なのかい?』

 ツイナは少し意外に思って柊を見た。

「〈協力者〉か?」

『そうだよ。ごめんね、大事な時に』

「俺の武器は刀だ。他の武器は儀式以外でしか使わない」

『へえ、そうなんだ。興味深いな。ごめんね、これは余談。それで、まだ村からも出れそうにない?』

 柊が答える。

「神主が村の端にも寄らせてくれない」

『ふふ、そうだろうね。神社はどうだい?』

 ツイナは首を傾げつつ答える。

「子供と女、老人がいると思うが」

 今の所、襲撃には男しか参加していない。ならば、一番安全な神社にその他大勢を集めるだろう。

『神社は町の中央の山の中にあるよね。神主は君たちに猟銃を持って接近した。つまり君達の行動を把握している。だから監視できる装置——監視カメラがあるんだと思う。なので頑なにカメラのない町の外に出させないようにする。多分、拠点は神社だ。気をつけてね』

「そう、なのか……?」

「だったらハッキングしてよ」

 柊が『しょるだぁばっぐ』を探りながらそう言った。

「はっきんぐ?」

『今やってる。でもね、旧式みたいでさ、なかなか進まないんだ。まあ、現代の方式の劣化版だから侵入はできてるんだけど……。悪いけど頑張って』

「え? 橄欖かんらんは?」

『まだ来てない。僕がやってるけど、プロじゃないからあんまり進まなくてね』

「まあ、今回は想定外よね。あの人、基本的に情報収集専門だもんね」

「『はっきんぐ』とは『監視かめら』を無効化する攻撃法のことか? それはいつ終わりそうなのだ?」

『おお、なんか半分ぐらいは合ってるね。柊、教えたの?』

 柊は首をすくめる。

「ううん、教えてない。」

『へえー、頭はいいんだ』

「違うわ。戦闘と儀式に関する知識だけ何故かあるの」

「おい」

『可哀想な言い草だね。ん、ちょっと待ってね……完了まであと三十分ぐらいかな。橄欖が間に合わなければ』

「そうか」

「それにしても騒がしいわねぇ……」


「……お前、そう言えば、手榴弾を投げるのはすぐに思いついたのではないか?」

「……そうね。思いついてた。けど、面白そうだからちょっとツイナの様子を見てた」

「お前……っ‼︎」

 説得は苦手なんだ!

「あ、ちょっと静かにして」

 柊はツイナを促して近場の家の中に入った。村人達が家の門の外を駆けていく。

「ここのあたりのはずだー!」

「鬼を探せー!」

「鬼を殺さないと家族にまで災いが及ぶぞ!」

「ここも、そう長くは隠れていられないわね」

 柊が口元を覆いながらそう言った。村人達の台詞。数刻前までは決して疑わなかった『災い』。気づけばツイナは問いを発していた。

「お前はなんなのだ」

「さあ」

「お前は、彼らが言うように災厄なのか」

「この村にとっては」

 けれど、と少女の目の光が強くなる。


「この村はこの世界において邪悪」


「何を証拠にそう言う!」

「声が大きい。私の生きてきた世界だとそうなの。外からの使者をこの村は『鬼』として斬っていると言ったわね。結界が緩む八月某日を狙って祭りを開き、侵入してきた『鬼』を狩る……」

「どう言う意味だ」

「鬼は善ってこと」

「鬼同士で殺し合っているのをみたことがある」

「それは仲間割れ」

「……怪しい……」

 柊は銃を『ほるすたぁ』から取り出した。手元は暗く、夜目が利くツイナでも何をしているのかよく分からないのに、流れるような動作だった。

「横目で睨まないで。貴方、表情薄いから怖い」

「な!」


「稀に!」

 柊は潜めたまま強い声を出してツイナを黙らせた。

「稀に、と言うよりは確率は高いけど。いるのよ、結界を越えて狂ってしまう者が。どれだけ訓練しても、ここほど強い結界を外では作れない。だから、おかしくなる者が出る。それを私達は〈結界に見初められた〉と表現する。今回は、見初められただけじゃない。本格的に貴方を取り戻すための策略が始まった。簡単に言うと使者にする人数を増やしたの。だから、貴方を私欲のために求める組織に寝返る者が多いし、貴方を憎悪する者も多い」

「なら何故止めなかった! お前は分かっていただろう! 俺は十秒もかからず肉塊に変えられることを!」

 そうだとしたら、殺さずに済んだのでは——?

「ええ。でも、命令に従えないなら死んでもらう。従わない者がいると死ぬ可能性が高まる。私は人に命を預けたくない。だから止めない。それに、貴方を弱体化させてくれるなら願ってもないし」

 嫌悪に顔が歪むのを自覚する。

「お前……」

「後方にいた絶対に裏切らないはずの人たちは、村人にやられた」


 暗い中、塀の方を振り返る彼女がどんな表情をしているのか、解らなかった。

「……」

「さっき、貴方を傷つける者を私は止めないと言った。けど、今は違う。貴方のこと、もっと邪悪だと思ってた。だって、貴方はほとんどの使者を皆殺しにした。人に成せる技じゃない」

「俺は——」

「ええ。貴方が殺したとしても、貴方のせいじゃない。何故なら——」

「人の言いたいことを先回りするな! 腹立つ!」

「あら、そうなの。でも時間がないからその訴えは気にしないでおくわね。それに、私の話を途切らせないで。大事な話だから。……で、貴方は強制されただけ。それ以外、生きる道がなかった。でしょ?」

「……それ以外、あり得なかったし、拒めばおそらく殺されていた」

 ツイナが普段、封じられているのは神社の座敷牢だ。そこには二、三個の血痕が残っていた。血痕は、失血死は免れない量だった。

 それに……。

「ツイナの力は、『鬼』をその刀で斬るだけでない。そうよね?」

「俺も知らん」

「貴方にじゃない。〈協力者先生〉に訊いてるの。『そうだよ』だって」

 柊は続ける。

『君の力は部外者を斬るだけではない。君たちにとって鬼であるものを、僕たち目線で使者と言われても困るだろうから、ここからは部外者、と言うね。この村は君を有効活用するためにある。何を活用するか。それは、君の生命力だよ』

「……? 生命力?」

「あ、ノイズ」

 柊は目の横を何度かとんとんと叩き、首を横に振った。

「駄目みたい。結界を潜れる者は少ない。今回、もう送れる人はいないわ。だから、増援は来ない。続きを聞きたかったらここから出るか、通信が回復するまで生き延びるかしかないわ」

「……移動しよう」



 市街戦を幾つか経て、柊が銃を見ては溜め息を吐くようになった頃、月は中天に達した。

「……明るい夜だ」

 月は好きだ。何かを俺に強制することもなく、ただ静かに俺を受け入れてくれる。

「……あ、ようやく繋がった! 〈協力者先生〉、話の続きは?」

『うわ、いきなりだな……。でも、朗報を先にしてもいい? 防犯カメラを停止させた。発煙筒や手榴弾で撹乱して森へ行って。暇だったら早く逃げた方がいいよ。多分神主は強行戦に出るから。ああ、そっちに人が行ってる。今すぐ移動して!』

 柊が駆け出した。いろいろな方向から光が伸びて交差し、村人の声が叫ぶ。

「いたぞ! あそこだっ!」

 柊は走りながらツイナに七つほど手榴弾を投げて渡した。

「金属の輪を抜いて! 棒を引く!」

「お、おう」

「投げる!」

 投げた先で、手榴弾は炸裂した。

 ちょっと、いや結構面白い。

 あと四つ、見当違いの方向に投げた。二つは手元に残しておいた。柊も発煙筒に火を付けて道に投げ捨てる。

「上手いわね」

「お前、異能を使え。俺は本気で走れば速い」

「何よそれ。間に合うのね?」

「勝算があるから言っている」

「……あっそ」

 柊が消える。断続的に路上に現れては消える。

「跳ばせろ。でなければ村人の襲撃に抵抗しないことにする」


 ツイナは深く沈んだ。

    ——沈んで、跳んだ。


 夜の鋭利な空気の中、高く跳躍して、二つの手榴弾を思いっきり投げた。背後でそれは炸裂する。

「よし」

 ツイナは嗤う。

「おい。なんとかしないと落下して死ぬぞ」

 そう言った途端、ふわりと身体が落下を止めた。ゆっくりとツイナは森の中の少し広がったところに降り立った。

「柊!」

 返事がない。

「おい! 柊⁉︎」

「……」

「柊? 死んだか?」

「……煩いわね。ここよ。貴方の能力は便利ね」

 木々の間から柊が顔を出す。彼女は疲れたように切り株の上に座り込んだ。

「大丈夫か?」

「……うん」

 柊は額に手を当てる。居た堪れず、ツイナは口を開く。

「お前は先程俺の能力を褒めたが……俺の能力は良く分からない。俺の中の『何か』を脅すと力を貸してくれる。……気味悪がられたことしかない」

「あら、私は気味悪がってないわ。おめでとう」

「嫌味か」

「嫌味よ。これだから、自分が『ない』人は……。まあ良いわ、急ぎましょう」

「〈協力者〉の方はどうだ?」

「ナイスタイミングね」

『お呼びかい、ツイナ。嬉しいな。さて、君の生命力の話を続けよう。ツイナ、君は今は何歳?』

「……そう言えば、少し前……先先代から先代に神主が移った時、五千を超えたな……奴は二百年務めた……それから百年……なら五千三百、か?」

 柊は目を剥いた。

「貴方、自分が五千三百歳だって言うの⁉︎」

 きょとんとツイナは頷く。

「……うん。ごめん、〈協力者先生〉」

『いやいや。言ってなかったけ。ごめんね、柊』

「代替わりしているものだと思ってたから」

『代替わりもしてるよ。ツイナ、柊、よく聞いて。人の寿命は百二十がせいぜいだ。しかし、ツイナ、君の血を飲めばそれが伸びるらしい』

「……ここでは四百ぐらいが普通だ。俺は月に三度は血を抜かれる」

「死人は出ないの?」

「いや。例えば、そうだな、先代の神主は洪水で死んだ」

『ふーん。あくまで長生きにしか効かないのか。ま、その能力を享受するために約六千年前に出来たのが君たちがいるその村だ。最初に方相氏だった子には、研究所に収容され、連れ出された記憶があったはずだ。君はおそらく四代目にして成功体。いや、飼い方が分かった、に過ぎないのかな。他の子達は血を吸われて死んだはずだ。部外者が人間の骨を持ち帰ったたことが三度ある。その死体は遺伝子が全て一致した。子は父母の遺伝子を半分づつ受け取る。兄弟でも遺伝子の組み合わせはほとんど無限だ。全員が一致するなんてあり得ない。恐らく君たちは全て初代のクローン。つまり複製だ』

 ツイナは自身の顎に手を当てて首を傾けた。

「……難しい話は分からんが、血を呑むなら、肉も食うのではないのか?」

「カニバリズム、ね……。〈協力者先生〉、当事者には知る権利があると思うわ」

『……そうだね。知っているよ』

 逡巡するような間の後に、鎮痛な声が言った。

『黙っていようと思ったのにな……。ツイナの言う通り、食べられたみたいだよ。骨には肉を剥いだ痕が残っていたから……』

 気の進まない様子でぼそぼそと〈協力者〉は言った。まあ、実際は柊が復唱しているに過ぎないのだが。

「気味の悪い話ね」


 ツイナは黙って左腕の袖を託し上げた。その腕には包帯が巻かれていて、彼はそれを解いた。はらはらとそれは地面に落ち、どんどん血の色に滲んだ包帯を晒し、それに覆われていた肌を露わにした。人間が通常使用している包帯より長い。怪我の上にガーゼを巻き、その上から包帯を巻き、更に赤が見えないよう包帯を巻いている。

「ぼろぼろじゃない……!」

 血の滲む傷もあれば、塞がりかけた傷もある。そこには、様々な古さの傷口が数多とあった。

「再生能力は人並みだからな」

「……淡々としてるわね」

「もう諦めた」

 短い言葉だった。その暗い瞳が、別の意味の言葉を彷彿とさせる。

〈どうしようもなかった〉。

 自分を自分で助けられないから生まれる絶望。

「痛そうね」

「慣れればこの程度、どうって事はない」

「暑くないの?」

「……そうだな。少し暑い」

「馬鹿ね。そんなに血を見せたくないの?」

「見られると襲われる。血が勿体無い、流れ落ちるだけなら飲んでやる、と」

「……」

 聞いた私が悪かった、とあやまらなくては。けれど、ツイナは何も気にした様子を見せず、〈協力者〉に声をかけた。

「〈協力者〉、何故この村のことについてそれほどに詳しい?」

『……それは……』

「……〈協力者先生〉、答えてあげたら?」

 彼には知る権利がある。この村に押し潰されそうになっている彼には、この村に憤って重みを跳ね除ける権利がある。

「そもそも、〈協力者〉の名はなんと言うのだ?」

『……僕は南天なんてん。君と同様に生まれた時の名はない』

 柊は目を伏せた。

何故なにゆえ

『僕は君のクローン元——つまり一番最初の方相氏の、親だから。僕は君と同レベルの生命力がある』

 ツイナは包帯を巻き直す手を止めて目を見開いた。それが本当なら、この男は六千年を生きているはずだ。

『信じて……くれるといいんだけどね。詳しい事を知っているのは、ずっと君達を追いかけていたから。……君たちはあと、二十分で逃げ切らなくてはならない』

「随分と早いわね。どうして?」

『結界が効力を取り戻すのが早いみたいなんだ。神主が何かしたのかもしれない。残弾数は?』

「あと二箱」

『そう。よく頑張ったね。そこで一つ入知恵。ツイナ、君は夜刀神だ』

「ヤトノカミ?」

「蛇の神。谷戸を守る神。でも、ツイナはあくまで人間でしょ?」

「そうだ。斬られれば死ぬし、銃から飛び出るあの弾が食い込んでも死ぬやもしれん」

『まあね。でも、村人さんたちはどう思ってるかな? そこで疑問。神社の名は?』

「蛇水だ。……確か」

『尾のない蛇、も絡むかもしれないけど……まあ、ないか』

「……それは〈協力者先生〉のオタク的センスの問題」

「尾のない蛇? 終わりが来ないではないか」

 柊が虚空を見つめたまま問いかける。

「自分の尾を飲み込んだ蛇。龍って聞く時もあるけど。とにかく、ウロボロスのことでしょ? 私、海外のはよく分からないけど」

「洞、うろ……うろぼ……?」

『君、本当に五千三百歳? 面白いな』

「ば、馬鹿にするな!」

 何故こう、どいつもこいつも!

『あはは、ごめんごめん、ツイナ。でも柊も人が悪い。僕、そんなに刺々しく言ってないよ?』

 柊は銃から箱を取り出すと、そこに捨てた。

『無視かい? けどちゃんと復唱はしてくれるんだ……。まあいいや、君たち、なるべく早く谷に行ったほうがいい。多分、そこに行けば神主さん以外はあまり来ないと思うよ』

「何故神主なのだ。あやつが一番村について知っているはずだ」

『だからだよ。伝説は伝説だと思っているはず。君はずっと大人しかったからね。まさか人智を超えた能力で咬み付かれるとは思ってないよ』

「俺があいつを咬むと? そんな野蛮な攻撃法はお断りだ」

「……馬鹿だから仕方ないよ、〈協力者先生〉」

『あ、あはは……』

 引き攣った笑いを再現する柊を睥睨すると、彼女はにっこりと笑った。

『まあ、兎に角谷へ行きな! ね!』

 森の獣道を二人は駆け出そうとして、——跳んで左右に分かれた。耳が捉える破裂音。振り返れば、黒い銃口が向けられていた。

「それは困りますな」

 少し先から銃を構えた神主が言う。

「な! 神主⁉︎」

「邪魔が入ったわ、ねっ!」

 柊の手の内から小刀が飛ぶ。それがなんの抵抗もなく、神主の肩に突き刺さる。神主の顔が歪む。そうだ、こいつは非戦闘者。勝ち目はある! 数十メートルは先に居る標的が相手でも、小刀を命中させる事が出来る者と、刀を自分の腕のように自在に遣える者なら!

「ツイナ、駄目!」

 今思えば、俺の力を良く知る神主が、なんの手も打たないわけがないのだ。けれど、俺は飛び出した。

「駄目って言ってるでしょ‼︎」

「! 柊っ⁉︎」

 彼女がツイナに抱きついて、そのまま能力を使った。それが、爆風が身を包む、一瞬前だった。殺傷能力抜群の爆弾があったのだ。それに俺は気づかなかった。

「う……っ」

 広場の端に二人は倒れ込む。ふらふらと柊が立ち上がり、それをツイナは背負った。爆発の煙の向こうから、村人達が迫ってくる声が聞こえる。

「……暫く、瞬間移動は使えそうにないわね」

「済まん。だが捨て置いてくれれば……」

 柊が肩をすくめた。血の臭いがした。

「貴方を死なせて戻っても、ね」

「怪我をしたのか?」

「無理矢理、能力を使ったから。そもそも他人に能力を使うこと自体無理があるの。……早く逃げましょ」

 ツイナは柊を背負ったまま山の奥へ駆け出した。

「〈夜刀神〉を使うのは駄目……発動しなかったら困るし……翔ぶ以外ないけれど、すぐ見つかって、降りたところを狙われるだろうし……」

「そうだな」

「見通しが立たないわね……」

「ああ。……大丈夫か?」

 柊がこんなに喋るのは、

「大丈夫。〈協力者先生〉と繋がらなくてごめん」

「お前に謝られると吐き気がする病気になったらしい。いつも通り皮肉まじりに喋っていろ」

 喋っていないと、意識が持たないからではないだろうか。

「そう。おめでとう。……運がないわね、私たち」

「黙れ。神主ごとき……」

 すぐ側に村人の気配がしている。それはどんどん濃くなっている。

「見つけたぞ! こっちだ!」

 ツイナは舌打ちをして跳んだ。けれど、跳んだ先にも村人がいた。


「済まん、柊」

「いいよ」


 着地すると、跳ぶ前に猪を捕える網が被せられた。

「くそがっ」

 抜刀しようとすると、四、五本の棍棒が振り上げられていることに気がついた。思わず柊に覆い被さって彼女を庇う。

「庇うの?」

 柊にそう問われると、背中に大きな衝撃があった。脳裏や視界が白くなり、村人の手が伸びてくる気配がした。

 いつの間にか、興奮した声が聞こえていた。

「鬼に天罰を!」

「鬼を殺せ!」

「早く鬼に罰を!」

「悪鬼羅刹らせつに罰を!」

「悪鬼を殺せ!」

「早く殺せ‼︎」

「殺せぇ‼︎」

 村人の声が絶頂に達する。俺はこれを知っている。自分を害すものへの憎悪と畏怖、自分を裏切った者や異端者への憎悪と畏怖。悪を罰する事への快楽。正義感という免罪符を得た殺人への快楽。

「やめろ……!」

 それに突き動かされた村人によって柊が引き摺られていく。手に残された彼女の外套を握りしめ、ツイナは力なく吠えた。

「柊……!」

 点々と伸びる血の雫が、ツイナの視界に入った。

「ひいら、ぎ……」

 彼女は、どうなる。

「ひいら……ぎ……」

 恐らく今の彼女に意識はない。何をされても拒めない。抗えない。それを、見過ごすのか。ツイナはゆらゆらと立ち上がった。


 ああ、駄目だ。視界が霞む……。



 「方相氏様、お目覚めですか?」

 神主の声がした。その声は悦びに笑っていた。

「……何が、方相氏だ」

 この役が嫌いだった。皆が羨ましかった。だが、皆のために仕方ないと思ってやってきた。けれど、違った。

 何が鬼だ。何が神だ。何が方相氏だ。全部、何の意味もなかったのか?

 何故、俺はこんなところにいるのだ。俺は誰なんだ? 何なのだ? 何の為に……

「方相氏様、貴方は皆の為に——」

 俺は何の為に鬼を殺していたんだ?

「俺は……俺だ」

 悲しいことに、方相氏の役目を抜けば、俺は俺が居る意味が分からなかった。けれど、彼女なら『知らないだけだ、この馬鹿』と乱暴に言って答えを教えてくれるに違いない。だから、だから今は——。

「彼女は俺をツイナと呼んだ。この名は俺のものだ。この名を呼んでくれる者を失う訳にはいかない!」


 今は、何も知らないままで戦おう。


 神主は眉根を寄せる。声に不快感と不信感が混じった。

「皆を見殺しにするのですか?」

「彼女のせいで皆が死ぬわけない」

「鬼を彼女と言うのはおやめなさい」

 神主がツイナの肩に手を置く。ツイナはそれを振り払った。

「触るな!」

「鬼を殺すのが貴方の役目です」

「鬼は使者だ! 邪ではない!」

 そう叫ぶと、神主はツイナの頬を叩いた。

「方相氏様! 役目を全うしてください! あの鬼も貴方が斬らねば!」

 ふざけるな。俺に『鬼』を殺すよう命じて自分の手を汚さずにきた奴が。何が儀式の一環だ! 何が鬼は敵、だ! 俺に人殺しを押し付けたくせに。何を言うのだ‼︎

「……だから、神主は好かんのだ、柊」

 目の前が揺れていた。……ああ、まだ泣けるのか。子供の頃はずっと声を絞り上げて泣いて助けを呼んでいた。けれど、声も涙も枯れた。そう思っていた。

 柊のせいだ。

 鎖と札と呪いに繋がれ、血を吐きながら地を這っていた俺に、慈雨を降らせた、あの小娘。


「……憎い」


 柊の言う事をすぐ信じたのは、神主の性格を知っていたからだ。こいつは他人を物のように扱う。平気で嘘を吐く。こいつには裏がある。そう思い続けたその答えだと思ったからだ。


「俺を返せ」


 だけれど、それだけではないのだろう。

「赦さない……」

 呟いた瞬間、身体の中で何かが眼を醒ました。

 これが俺の中の『何か』——〈夜刀神〉……?

 それは、蛇の形をしていた。鎌首をもたげ、舌を盛んにしゅるしゅると出しては引っ込めている。朱い眼に黒い胴。そして、紫の濃霧。

 これが、神?

 いや。もっと根本的な——俺が気づいていなかった俺だ。呪いが俺から俺を見えなくしていたんだ。

 いいじゃないか、夜刀神。ツイナは神に言った。

「……追儺をしよう」

 神主がひっ、と声を上げて退がる。紫の煙、夜刀神が俺の横に現れる。

 手始めにこいつを食おう。さあ、進軍を命じよ、と笑う。

「な、な、なにを……」


 ああ、そうだ。こいつらが鬼だ。俺を利用し、柊を問答無用で殺そうとする村人達こそ、鬼なのだ。こんなに惨虐なこいつらこそ、悪鬼羅刹だ。

 ツイナは身を震わせた。

 俺は鬼を殺す。そうだよなぁ? そう言ったよな⁉︎


「蛇よ、村を焼け」


 どろりと村人達が黒に覆われた。正しくそれは鬼の姿。同じ地を踏むのも悍ましい。盟友が俺の身体を天へ押し上げてくれた。盟友は地面で狼狽える鬼達を嘲笑う。

 ツイナも嗤った。空中を蛇に支えられながら跳ねる。

「俺は夜刀神。夜と蛇、そして谷戸を司る者。……蛇よ、鬼の村を壊し、結界を破れ。ただ一人、我が味方以外殺して構わん。敵を殲滅せよ!」

 蛇がぼこぼこと足元から湧く。黒い蛇は紫に輝りながら鬼や家に毒の霧を吐く。音を立てて、霧を受けたものが溶け始めた。

「鬼を撃滅せよ……!」

 逆襲の開始だ! 喊声かんせいを上げよう。ときの声を叫ぼう。さあ、復讐だ! 呪いを返す時が来た! 夜刀神よ、我らが宿敵、我らが病魔、悪鬼羅刹を喰い尽くせ!

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