48.俺が悪いのではない食いついてこない魚が悪いのだ

 

 さらさら流れる小川。垂らした釣り糸に反応はなく、目の前を泳ぐ魚は餌に見向きもしない。

 俺は釣り竿を持ったままぼーっとする。隣にあるバケツは空っぽだ。


 そろそろ本気で釣果を心配すべき頃合いなのだが、本日はすこぶる気温がほどよく天気も良いのでなんとも気が抜けてしまう。


 建築を手伝うグランノーツが丸太を担ぎ橋を渡っていた。

 俺に気が付くと軽く手を振ってくれる。


 目的の杖は手に入れた。そろそろアバンテールへの帰還も考えたいところだが、俺はいましばらく残る判断を下した。久しぶりに戻ってきたこともある。のんびりしたい気持ちは大きい。それに例の視線もある。殺気を向けてきた何かをそのままにもできない。

 ぴょことクロアがやってきてバケツの中をのぞき込んだ。


「釣れてる?」

「魚の調子が悪いみたいでさ。こんなにも釣れないのはおかしいよな」

「自分のスキルは疑わないんだね」


 おいおい、何言ってんだ。

 村にいた頃なら一匹くらいは釣れていたぞ。結局最後は付与術で麻痺させて人数分は確保していたけどさ。今日はその一匹も釣れていない。やはりおかしい。決して俺の釣りスキルが低すぎるわけじゃない。


 彼女は「相変わらず変なところで思い込みが強い」と呆れていた。

 そして、その目は小川で元気に泳ぐ魚の群れに向けられ「調子が悪いのかぁ」と意味ありげにぼやいていた。


「ところで”岩食い”ってのは?」

「最近あの森にやってきた魔物だよ。ラックスも森の主は知ってるよね? 岩食いは主を殺してここら一帯を縄張りにしたみたいなの」

「新しい主ってことか。その岩食いってのはどんな魔物なんだ」

「すっごく大きくて岩でも喰らうほど大食らいで凶暴なの。すでに村の畑や食料庫がいくつか襲われてて何人か犠牲になってる。討伐しようと村の大人達が捜索しているんだけど、こっちの動きを読んでるのかぜんぜん捉まらないらしいの」


 警戒心が強く狡猾な魔物のようだ。

 こういう手合いは相手をするのが非常に面倒なことが多い。


「なんだか騒がしいね」

「ん?」


 耳を澄ませば村の方で声が聞こえる。

 内容は聞き取れないが良くない雰囲気であることだけは伝わった。

 竿を置いて俺とクロアは村へと向かうことに。





「しっかりしろ!」


 村の中央では人だかりができていた。

 人をかき分けのぞき込めば、そこには血まみれの男が倒れているではないか。

 彼は確か、狩りに出ていた男衆の一人。


「早く、にげろ。岩食いが来る、奴は、森に来てからずっと俺達を観察してやがった、戦力を測ってやがったんだ」

「他の仲間はどうした!」

「全員、食われた、頼む、逃げてくれ、岩食いには勝てない」


 そう言って男は息絶えた。


 村人達は青ざめ恐怖で口をつぐむ。

 岩食いとはそれほどまでに恐ろしい魔物なのか。

 同様にこの場に来ていたグランノーツが声を発した。


「センサーに反応あり。何か大きなものがこちらに近づいているじゃん」


 グランノーツの視線の先には森があった。

 次第に破壊音のようなものが聞こえ始め、程なくして俺達でも見える範囲で木がめきめきと倒れる。


 森の切れ端である木が倒れた。

 のっそりと姿を現したのは巨躯である。は柵を壊し逃げ惑う羊を次々にかみ殺す。血をぶちまけその肉を咀嚼した。

 羊を全て食い殺しても満足しないのかそいつはこっちを視た。


 特徴的な真っ赤なたてがみ。獲物を見つめる目。

 あらゆるものを食い殺そうという気配は離れていてもびりびりと伝わってくる。


 グラトニーベア――動く物はなんでも襲いかかり喰らう大食らいである。

 討伐推奨ランクはB級以上。ただし、時期に注意が必要だ。魔物の多くは子育て期に危険度が増す傾向にあるが、グラトニーベアの場合はS相当にまで跳ね上がることもある。

 幸い今の時期は子育て期間ではないが、ずいぶん育っているのかサイズからA級相当と判断する。


 あれが岩食いの正体か。

 確かにこの村では手に負えないな。


 俺は村人へ指示を出す。


「全員今すぐ村の裏にある洞穴へ避難しろ。早く行け!」

「ラックス達は!? 一緒に逃げないの!?」


 住人が逃げ始める。

 クロアは俺とグランノーツを見ながら不安そうな表情であった。


「おいおい俺達を誰だと思ってんだ。S級パーティーの名称未定アンノウンだぞ。クロアは自分の心配だけしてろ。行くぞグランノーツ」

「あーしらに任せて。絶対守るから」


 俺とグランノーツは並んでグラトニーベアへと向かう。





「でかいな。無報酬でこんなの相手にしなきゃならないなんて最悪だ」

「そう言って退くつもりはないよね。ラクっち」

「当然だろ。ここは大切な俺の家だからな」

「あーしもこの村大好き。だから鬼守るっしょ」


 目前には岩食いがいる。

 それは獣らしからぬ殺意に満ちた眼をしていた。

 茶色い剛毛に覆われた巨躯。特徴的な赤いたてがみ。剥き出しにする並んだ牙は太く鋭く腕など容易にかみちぎられそうである。


 咆哮が発せられびりびりと空気を震わせた。


 俺は短杖を抜いた。

 グランノーツも斧を抜いて構えた。


「支援する。やれるか?」

「もち。ここまで来て退くとかないから。あーし戦士だし」


 先に動いたのは岩食いである。

 奴はグランノーツの左腕に噛みつき牙を立てようとする。だが、腕の装甲を貫くことはできず目を大きく見開いていた。すかさず斧で反撃。岩食いはかみつきから体当たりへと切り替え、グランノーツを弾き飛ばした。

 後方にいた俺は押しつぶされまいと必死に駆けてなんとか避ける。


「何してんだよ! 危ねぇじゃあねぇか!」

「ごめーん。上手くバランスを崩されたみたい。やるね。燃えてきたじゃん。ラクっちはぎりぎりまで距離とってて」


 どすんと岩食いがグランノーツにのしかかる。

 開かれた大口を、斧の柄でなんとか防いでいるがぎりぎりと顔面へと迫っていた。


「おい、パワーで負けてないか!?」

「あーしのグランノーツが負けるわけないっしょ! このっ!!」


 グランノーツは岩食いとの間に足を入れて蹴り飛ばす。

 しかし、たいしたダメージにはならず、奴は地面を転がっただけですぐに起き上がった。


「これならどうだ」


 新しい短杖で魔術文字を描く。

 竜の背骨から作られた杖は、身体の一部のように手に吸い付き、これまで以上の速度で文字を宙に描いた。


『速度強化』

『物理防御』

『魔力防御』

『物理攻撃強化』


 グラトニーベアは土属性の魔力を使用する。

 物理が主体だが念には念を入れて。


 さらにデバフもかけておくとしよう。


 新たな文字を描こうとした瞬間、岩食いは咆哮したかと思えば俺に向かって土の魔力を放った。無数の石の棘が地面から突き出しこちらへと迫る。


「簡単に抜けると思うな! 鬼ディフェンス!!」


 壁となったグランノーツが攻撃を受け止める。

 やはりとんでもない強度だ。あれだけの攻撃でヘコみ一つないのだから。

 ウチのタンクは頼りになる。


 攻撃を防ぐと同時に岩食いが勢いをつけて体当たりをしてくる。

 だが、グランノーツは今度は押し負けなかった。両腕で巨躯を受け止め一歩も下がらない。びくともしない重厚な鎧に、岩食いは初めて動揺が顔に出た。


 がしっ、とグランノーツの腕が岩食いの首を締める。

 ぎりりととんでもない力で締め続け岩食いは激しく暴れた。


「こんの、どりゃああ!」

「!?」


 ぼきっ、と首の骨が折れる音が響く。

 岩食いはぐったりとし地面に倒れても動かなくなった。


「やったな」

「へへーん、あーしのグランノーツの敵じゃないっしょ。付与もありがとね」

「俺はたいしたことはしてないさ。やっぱ格好いいよなグランノーツ」

「でしょでしょ! ラクっちは分かる男!」

「近いって。てか痛い」


 グランノーツは俺を抱きしめ顔に顔をこすりつけてくる。

 正確に言えば、グランノーツに乗っているノノンが喜んでいるのだが。


 直後に強烈な殺気が俺とグランノーツを襲う。


(どういうことだ? なぜまだ殺気が?)


 めきめき。木々がなぎ倒され、びりびりと地面が揺れる。

 それは歩くだけで、地響きかと思うような足音を響きかせる巨体であった。

 まるで岩食いが子供のようなサイズである。


 咆哮が、壁となって空気と俺の身体を揺らした。


 岩食いの二倍はあろうグラトニーベアがそこにいたのだ。


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作業が忙しくなってきましたので当面の間は週一更新といたします。楽しみに追ってくださっていた方にはお詫びを。ご理解のほどよろしくお願いいたします。

更新日は『水曜日の18時』ですのでお忘れなく。

とりあえず誠意として素足をぺろっておきますね(べろべろべろ)


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