第97話:ここにいる
はじめは無機質なテロップで、笑顔もどこかぎこちなかったのに、編集技術も表情作りもだんだんと上達しているのがわかる。一枚一枚の画像から、血のにじむような努力が伝わってきた。
「……何か言いなさいよ」
気付けば俺は酒もメシもほったらかしにして、夢中でサムネイルをめくっていた。
「……すごいなあ、柊は」
「そ、そう?」
俺が感心のため息を漏らすと、柊はわかりやすく口元を緩ませた。
「すげーカッコいい、尊敬する」
「ま、まあ? あたしにかかればこれくらい当然よね? あたしって計算タイプっていうか、勝ち筋見つけたら一直線だから!」
ローストポーク最後の一切れを奪い、勢いよくかぶりつく柊。
「もしかして今日一日、これを打ち明ける機会をうかがってたのか?」
「別に、うかがってたっていうか……」
柊が視線を落とす。その瞳は、再び不安に駆られていた。
「……怖かったのよ。アンタに否定されるのが」
「俺が何か言ったところで、柊の実績は変わらないだろ?」
「だってリアルの知り合いに配信活動のこと話すの、初めてだったんだもの。会社の仕事ならいくら理不尽や文句を言われたって構わないけど……あぁ、やっぱりそれはそれでムカつくけど、致命的なダメージにはならないもの。でも配信業は本気でやってるからこそ、否定されたら……凹む」
凹むなんてシンプルな表現を用いているが、もし俺がネガティブな反応をしようものなら、手近なワインボトルで殴りかかってくるかもしれない。それくらいの本気さが、このチャンネルからは伝わってきた。
「俺に否定されると思ってたのか?」
「思ってたらわざわざ教えないわよ!」
いまだに感情が落ち着かないのか、柊はどこかピリピリしていた。きっとスマホを取り出すまでに……いや、俺を飲みに誘うのに、途方もない勇気を要したのだろう。
ならば、俺はその勇気に応えるべきだ。
「何度でも言うよ。俺は柊のやっていることを尊敬するし、否定なんてもってのほかだ。今まで周りに打ち明けず、1人で黙々と頑張ってきたんだもんな。すげーよ」
「……ホントに? あたしすごい?」
その期待と不安の入り混じった顔は、親に褒めてもらおうと自身の功績を訴える子どものようでもあった。
「ああ、夢や目標があるだけでもすごいのに、それをたった1人で実現するなんてさ。柊は会社を辞めてからも、ずっと努力してたんだもんな」
俺は自分のスマホを取り出し、柊のチャンネルを登録する。これだけたくさんの動画があれば、日々の満員電車も楽しくなりそうだ。
「……」
柊は俯いていた。あまりストレートに褒めると、かえって嘘くさいだろうか。
数秒後、柊は沈黙を貫いたまま立ち上がり、店の外に出る。カバンもスマホも席に置いたままだ。
「お、おい」
俺は店員さんに両手を合わせて会釈し、慌てて追いかける。
「柊、どうし――」
「――ざっまあああああああああああああああああああみやがれええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええっっっっっっっっっっっっ!!!!!!!!!!!!!!!!」
夜の中野に、柊の咆哮が響き渡った。
「見たかお前らあっ! あたしはあたしの好きな通り生きて結果を出したぞ! 公務員のレールに乗らなくたって、正社員を辞めたって、楽しく生きてるぞ! 結婚せず彼氏もいなくて不憫? アラサーのアイドル・二次元オタクなんて痛々しい? お前らのクソ小せぇ物差しであたしのこと測ろうとしてんじゃねえ!」
会社では「ペンより重たいものは持てない」とでも言いたげに控えめな笑みを浮かべているのに、今は通行人がぎょっとした視線を向けても、一向に矛を収める気配はない。
両手を力強く握り、石畳を踏み鳴らし、天を睨みつける。
「あたしはっ! 柊
会社で波風を立てず、人当たり良く振る舞っている柊だって、別に嘘じゃない。
でも、あるべき姿とありたい姿が同じとは限らない。
「……はぁ、はぁ」
生命力のすべてを投げ打ったかのように、柊は息を切らしていた。
「……なに、文句ある?」
刺々しい言葉に反し、振り返った柊の表情は、澄みわたる青空のように晴れやかだった。
「……いや、柊らしくていいんじゃないか」
俺が思ったことをそのまま口にすると、柊はふふっと噴き出した。
「そうよ、これがあたし。これが柊燈子。だから――」
柊がこちらに歩み寄ってくる。そして俺の目をしっかり見据えた。
俺の前には、冬すらも溶かす
「――近くでしっかり見てなさいよ、これからも」
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