第4話 もうひとりのノア(前編)

お父さんは、夜になると少し変わる。

昼間は静かで、穏やかで、わたしたちに優しくしてくれる。

でも夜は、決まって、ひとりで飲みものを口にする。


琥珀色の、それでいてほんのり苦い香りがする液体。

「ちょっとだけ、気持ちを落ち着けるお薬みたいなものなんだ」

そう言いながらグラスを傾けるその姿は、いつもより小さく見えた。


今夜も、お父さんはソファで眠っていた。

寝息は浅く、頬は赤く、手にはまだ空になったグラスを握ったまま。


彼の胸元には──銀色の鍵が、少しだけ覗いていた。


わたしは、足を止めた。

心のどこかで、もう決めていたのだと思う。

あの日から、誰もあのことに触れなくなって。

八番目のお姉ちゃんも、七番目も、六番目も、いなくなったのに。


何も変わらない毎日が、いちばん、怖かった。


そっと、手を伸ばす。


指先が鍵に触れたとき、少しだけ手が震えた。

でも、お父さんは目を覚まさなかった。


**


家のいちばん奥、冷たい金属のにおいがする扉の前に、わたしは立った。


ここは、「お父さんの部屋」。

開けてはいけないと、ずっと言われてきた場所。


でも、今は開けなければいけない気がした。


鍵を差し込むと、乾いた音がして、扉がゆっくりと開いた。


**


部屋の中は、とても静かだった。

でも、その静けさは“眠り”ではなく、“思考”のようだった。


壁一面に並ぶスクリーン。

その前には無数のデータ、記録、コード、図面。


まるで、何かを永遠に考え続けているような、機械たちのための祈りの部屋。


中央の机にある端末には、ログインされたままの画面があった。


Project Folder: "Daughters_α - Archive"


その文字に、なぜか胸が締めつけられた。


娘たちの、記録。


恐る恐る、フォルダを開いた。


画面いっぱいに並んだ、名前のリスト。


α01

α02

α03…


そして、それぞれの名前の横には──


α03:自殺

α04:自殺

α05:自殺

α06:自殺

α41:自殺

α42:自殺


まるで、冷たい石に彫られた文字みたいだった。


整然と並ぶ「自殺」の二文字。

読み進めるほど、目が痛くなってきた。


何十人もの“姉たち”が、わたしたちの知らないところで、

ひっそりとこの村で生まれて、そして消えていった。


そして、画面を下にスクロールしていったとき──

そこに、知っている名前があった。


α46:Subject Name – “Rina”(六番目)

α47:Subject Name – “Amelie”(七番目)

α48:Subject Name – “Sera”(八番目)


わたしは、思わず息を止めた。

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