第2話 ありがとう、の声
六番目のお姉ちゃんがいなくなってから、
季節がひとつ、変わった。
朝の風が冷たくなり、村の木々が黄色く色づいてきた。
落ち葉の絨毯が、丘の道をふかふかにしてくれて、歩くたびにカサカサと小さな音が鳴った。
お姉ちゃんたちは、以前と変わらず笑っていた。
食卓を囲み、畑で土を触り、夜は小さなランプの明かりで本を読んだりしていた。
その日々は、まるで何も起きなかったように、静かで、穏やかだった。
でも、わたしのなかには、ぽっかりと穴があった。
六番目のお姉ちゃんの部屋は、誰も入らなくなった。
たまに風が窓を鳴らすと、ふとドアの向こうから声が聞こえる気がして──
わたしは、何度も立ち止まってしまった。
ある日の夕方。
夕焼けが、村を赤く染めていた。
七番目のお姉ちゃんと、ふたりでパンを焼いていたときだった。
生地をこねながら、お姉ちゃんがぽつりと、言った。
「ねぇ、ノア。……もし、わたしが、いなくなっちゃったら、どうする?」
手が止まった。
その言葉は、あまりにも軽くて、でも、重すぎて。
「……どうしたの?」
わたしは、できるだけいつも通りの声で聞いた。
お姉ちゃんは笑った。
目尻にしわが寄る、やさしい、けれどどこか疲れたような笑顔だった。
「ふふ、なんでもないよ。ただの“もしも”話」
そう言って、彼女はパン生地を丸め始めた。
けれど、その笑顔が、うそだってことくらい、わたしにはすぐに分かった。
あの日、わたしが見た六番目のお姉ちゃんの表情と、重なったから。
**
それからの数日、わたしは七番目のお姉ちゃんのそばを離れなかった。
朝は一緒にごはんを作って、昼は丘を散歩して、夜は手を繋いで星を見た。
風に吹かれて笑い合う時間も、あたたかいスープをすする時間も、
すべてが愛おしかった。
お姉ちゃんは、少しずつ笑顔を取り戻していった。
「ノアってさ、まるでお母さんみたいね」
そんなことを言われて、わたしは顔を赤くした。
でも、お姉ちゃんは楽しそうに笑っていた。
ある日、ふたりで花の冠を作って、丘の上で寝転んでいたとき。
お姉ちゃんが、静かに言った。
「……ありがとう、ノア」
「わたし、生きててよかったって、久しぶりに思えた」
その言葉を聞いた瞬間、涙があふれた。
わたしは、彼女を救えたのだと、信じた。
きっと、もう大丈夫。
明日も、明後日も、一緒に笑える。
「じゃあ、明日はパンケーキにしようよ!」
わたしは、明るくそう言った。
お姉ちゃんは、ふふっと笑って、うなずいた。
**
次の日の朝。
彼女はいなかった。
ベッドは冷たく、部屋には誰もいなかった。
胸がざわついた。
わたしは、走った。
あの場所へ。
あの、風の吹く教会の裏へ。
木の枝に揺れていたのは、七番目のお姉ちゃんだった。
ロープが、彼女の首に絡まって。
足が、ふわふわと空を泳いでいて。
昨日の笑顔が、どこにも見えなかった。
わたしは崩れ落ちた。
足が動かなくなって、吐きそうになって、声も出なかった。
「……どうして……」
わたしの喉が、焼けるように痛かった。
体の奥からあふれ出す何かに、飲み込まれそうだった。
そのとき、八番目のお姉ちゃんが現れた。
そして、その光景を見た瞬間──声も出さず、逃げていった。
**
わたしは立ち上がった。
もう、誰もいなくならないで。
お願いだから、待って。
わたしは全力で走った。
足が痛くても、息が切れても、構わなかった。
教会の屋上へたどり着いたとき──
八番目のお姉ちゃんが、屋根のふちに立っていた。
風が吹いていた。
彼女の髪が揺れていた。
目は、もう何も映していなかった。
「やめて、お願い……!」
わたしは叫んだ。
震える手で、その手を掴んだ。
「わたし、絶対に離さない……!」
でも──
三秒。
ほんの、三秒しか、耐えられなかった。
そして、わたしたちは、落ちた。
**
意識が戻ったとき。
わたしの腕は、砕けていた。
足も、うまく動かなかった。
わたしは、壊れていた。
そして──そのとき、気づいた。
わたしは、人間じゃなかったんだ。
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