第27話 レフカの創国記(現代語訳)
黎明の章
神々が最初に現れたのは天界。3体の神はそれぞれ、名を女神・ザルディナール、女神・フォルセリア、男神・イグダラマスという。
神たちは世界を見渡し、世界を4つに分けた。
「黎明の座(天)」「混沌の庭(大地)」「荒涼の静寂(しじま)(海)」「「沈黙の谷(冥界)」
そして神々は長い時間を持て余し、やがてイグダラマスが一人の人間を作った。それがレフカである。
レフカはイグダラマスから剣を習い、めきめきと上達した。それはやがてイグダラマスを打ち負かすほどに。
その強さを見込んだ神々は、混沌の庭を治めるよう、レフカに命じた。
レフカは混沌の庭に降り立ち、まず大気を裂いて風を鎮め、雲を押しのけ、空を開いて地上に光を降らせた。
次に、大地を鍬で割き、石を退け、雨水を受ける溝を穿ち、草も木も育つ床として大地を耕した。
そしてレフカは、女神フォルセリアから賜った命の坩堝を開いた。
すると万の命が地に滴り落ちて、這い、走り、空を舞い、土を裂いて芽吹いた。レフカはその命に大層感動した。
混沌の庭は姿を変え、「命の庭」と呼ばれるようになった。
しばらくレフカはその命の躍動を見つめていたが、ある疑念を抱いた。獣も鳥も、皆、対となって子を成すのに、どうして自分だけ一人なのだろうと。対となる人間がいたら、自分もそうできるのかと。
この問いをイグダラマスに投げたが、イグダラマスは人間のことは詳しくわからぬ。言葉を濁し、なんとかレフカを納得させたつもりであるが、レフカはその疑念を胸に抱きながら命の庭を治める日々を過ごした。
しかし、時が流れるにつれて次第に命の庭は平穏を失い始めた。生命たちは己が生きるため、他を奪い、喰らい、闘い始めたのである。
レフカはこれを憂いて、イグダラマスに問うた。
「敗れた命は、どこへ向かうのか」と。
イグダラマスは答えて曰く、
「その魂、谷へ下る。名を“沈黙の谷”という」
レフカはそれを聞き、その谷へ赴いて、死の淵を覗くことにした。
谷には、死んだ命の残り火が滞り、集い、名も無き意志を持って呻き、未練を叫んでいた。
「命を返せ」「生を寄こせ」
レフカはその叫びが恐ろしく、少しでも早く帰りたかったが、その一部を抱いて庭へと戻った。
庭に連れ帰ればもう叫ばなくて済むと思ったレフカの優しさは、しかしよい方向には向かわなかった。
彼の衣に残ったのは、それこそが禍根──後に「逆徒」と呼ばれるものである。
そして、レフカが沈黙の谷という名前を変えたほうがいい、あまりにも恐ろしかったと神々と語らう間。
逆徒は庭に根を張り、影のうちに増え広がっていた。
秩序の章
谷からレフカが持ち帰ってしまった逆徒たちは、声を持たず、心を持たず、ただ「生」を喰らうものであった。
それらは生命の庭を蹂躙しはじめた。地は哭き、森は倒れ、河は濁り人知れず這い出でた逆徒は、その数を増やし、日に日に強くなる。
天の座からこの様子を見ていた神々は慄いた。。ザルディナールはレフカに懇願した。
「汝こそ、地を救うべき者だ。剣で、あの忌むべきものらを打ち払い、生命を護れ」と。
しかしレフカはすぐには答えなかった。ただ、目を細めて言った。
「ならば、生命の庭は私にすべて委ねよ。それと、より強い剣が必要だ。あれらを斬り伏せるには、神の力を宿す剣が要る。剣だけではない、もっと使い勝手の良い武器もほしい」と。
イグダラマスとザルディナールは、そのレフカの言葉を飲み込んで戦具を作った。
一つ、切り裂く闇の剣。
一つ、すべてを受け止める光の盾。
一つ、遠くを穿つ弓。
一つ、貫く喪失の槍。
一つ、縛め封じる結びのハンマー。
そのすべてに、神の祝福と、レフカの血肉を宿させた。これらはのちに「戦具(せんぐ)」と呼ばれ、人間たちに引き継がれる。
レフカはこれらを受け取り、すぐに庭に降り立った。百日のあいだ、彼は眠らず、食わず、ただ逆徒を討ち続けた。
その姿は雷のごとく、風のごとく、見る間もなく敵を葬り去り、命の庭に秩序を戻した。
その姿を見て感心した神々は、彼に報いを授けようと言った。
「汝に“愛”を授けよう。心を知るもの、庭とともに歩む者を」
このとき授けられたのが、ゼナと呼ばれる人間の女であった。赤ん坊の頃はザルディナールが面倒を見、15になるとレフカのもとに嫁いだ。
そして神は、命の庭をレフカとゼナに与えた。そしてレフカをもう二度と天空の座に招き入れないことも決めた。
「ここに住まい、人々を導け」と。
これが、すべての人の祖となる者らの起こりである。
王の章
レフカは、命の庭に玉座を据えた。ゼナとともに人々を産み、人間を増やした。そして育った子どもたちはみなレフカを父として畏怖するようになり、その姿はまさに「創国の王」であった。
神の力を宿す戦具は、王の傍らにいつもあり、逆徒の残り火を鎮め、人々を守る剣となった。
時に旱魃(かんばつ)、時に疫(えやみ)。
人々が飢えに喘ぎ、災いに伏すたび、レフカは空を見上げて祈り、神の名において導きを与えた。
「汝ら、恐れることはない。我が腕は、命を護る刃である」
そう語るその声に、人々は膝を折り、頭(こうべ)を垂れた。
しかし、レフカはなお、民を知るために望みを重ねた。
「神よ、苦しみを与えたまえ。人の魂は試練によってその形を現すのだ」
そう訴える彼に、神々は渋々応えて試練を与えた。
そして、地には幾度も飢饉が訪れ、逆徒が森より湧き出し、雷は村を焼き、河は流れを変えた。
レフカは、そのすべてを鎮めてみせた。時に自ら戦具を執り、時に民の前に立ち、祈りを捧げた。その姿は「神の器」「救済者」「唯一の王」と謳われ、やがて人々は彼を崇め、城を建て、法を刻み、国を創った。
しかし、王の座に座しながら、レフカの眼差しは民に向いておらず。ただその傍らにいたゼナを、遠くから見ているだけであった。
ゼナは人々とともに生き、笑い、泣き、そして少しずつ、老いてきていた。
時にゼナは、レフカに問うた。
「王よ、なぜこの世に苦しみを与え続けるのです。人は愛をもって育つべきではないのですか。平穏の中で過ごすだけではだめなのですか」
レフカは答えず、ただ空を見上げ、沈黙していた。それでもゼナは王を諦めず、何度も言葉を重ねた。レフカはしばし悩み、ついには民の前で「赦し」を語るようになった。
その日、風はやみ、雨は穏やかに大地を潤したという。
しかし、レフカはすでに“人”の姿から離れつつあった。誰もその心の奥を覗くことはできず、ゼナさえ、そのすべてを知ることはなかった。
終の章
時は巡り、ゼナの命は尽きようとしていた。
王の傍らにずっと寄り添っていた彼女は、老いのしわを刻みながらも、なお王を見つめて言った。
「レフカ様。私のいない未来を、どうか人々とともに歩んでください」
しかし、レフカは首を振った。
「そなたのいない未来などに興味はない。私もそなたとともに逝こう」
レフカは、それからまた数日間剣をふるい逆徒を減らした。
王は知っていた。己の肉体にも、ついに“衰え”の兆しが訪れていることを。
老いとは何か、死とは何か。かつて理解を示さなかった王の身に、初めて「終わり」が宿った。
そして禁じられていた天空の座に赴き、レフカはイグダラマスに言った。
「私を、本当の人間に戻してくれ」と。
イグダラマスはレフカが、自分が本当の人間ではないことに気づいていたことに驚いた。ずっとイグダラマスは、レフカに「そなたは人間だ」と教えていたからだ。
「ゼナを見ていたらわかる。私と彼女は違う。私は、そなたらが混沌の庭を統治するための道具であったのだろう」
しかし、レフカの顔に怒りの表情はなかった。
「それでも、悪くない人生であった。たくさんの子どもに恵まれ、ゼナを愛し、剣を振るうこの手も何千の命を救ったか。しかし、そろそろ終わりにしたい」
天空の座を降りてゼナの元へやってきたのは、一人の老人であった。いや、レフカである。周囲の子どもらはみな呆然としていたが、それでもゼナだけはひと目でわかった。
「あなた。隣に来て」
レフカはゼナの隣で眠った。そして、安らかに逝った。
ゼナとレフカが土に還るとき、天は凪ぎ、風も鳴かず。人々はその静けさを「神の哀悼」と呼んだ。
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