第19話 祈りの砂浜
あの日から続いた雨は、今は糸のように細くしとしとと小さな音を立てて降るだけであった。騎士たちが正装をして首都の少し外れにある大きな国営墓地に集まっていた。この日は、エドラの葬儀である。
「光の盾、エドラ。爵位、男爵。勇敢に戦い、その職務を全うした」
ルグザ・ネルグラスタ総裁が棺の前に立ち、形式的な文を読み上げる。しかし総裁の表情は歪んでおり、エドラの死を心から悼んでいるようであった。
あの後、処理班に救助されたのはレオシュ、ヤナ、そして少し離れた位置にフベルト、シェナだけだった。エドラは逆徒の核の上に皆を守るようにして死んでいたという。その場で目を覚ましたレオシュは、処理班と一緒にヤナを運んだ。
「これより、死者を【祈りの砂浜】へと葬送する」
側近の男から受け取った松明で、総裁が棺に火をつけた。その上には、エドラとともに戦った光の盾が置かれている。
ヤナはその様子を、ただじっと見つめていた。
この国で継ぎ手が死んだ際、棺とともにその戦具もともに燃やすのだ。
使命を終えた死者の魂は小さな船に乗り、波に誘われて真っ白な「祈りの浜辺」にたどり着く。そこへの先導役を務めるのが、ともに戦ってきた戦具なのだ。
そして魂を見送ったあと、新たなる継ぎ手を求めて灰の中に残る。総裁の隣にいたザバリアが口を開いた。
「エドラ、そなたの勇敢な死をここに刻み、今後の人類の行く末を祈りの浜辺から、どうか見守ってほしい。誰よりも、君の戦いぶりは凄まじかった」
(……エドラが死んだときのことなんて、何にも知らないくせに)
ヤナは控えの列に立っていながら、周りにさとられないよう総裁の近くに立っているザバリアを睨んだ。エドラの最期を知っているのは、自分とレオシュだけ。帰りの馬車で涙が枯れるほど泣いて、どうにかこの日までに感情を整理しようと思ったが、今はもうほとんどの感情が凪いでしまったようだった。ただ、ザバリアへの憎しみを除いて。
「継ぎ手の諸君、彼に昇光の儀をお願いしてもいいだろうか」
総裁のその言葉で、継ぎ手たちは前に進み出る。棺の燃える目の前まで出て、共に戦った戦友の魂を見送る儀式である。戦具を天に掲げ、おのおのの権現を見せる。
「こんなの、練習でしかやりたくなかったよ」
泣きながらそう、フベルトが漏らす。
継ぎ手たちの昇光の儀を、騎士団の列の少し後ろにいた野次馬たちが見て声を上げる。剣やハンマーからそれぞれ色も形も違う権現が出れば、それは驚くだろう。それほど、一般人と継ぎ手たちは関わりのない世界で生きているのも事実であった。
「では最後、結びのハンマー、レオシュ・ウィヤード君。【命の楔】を頼む」
「はい」
ヤナの隣にいたレオシュは、総裁の言葉を聞いてハンマーと鎖を持って進み出た。その横顔にも、なんの感情も宿っていないように見えた。
燃え尽くして灰となった骨と棺に、儀式的な【命の楔】を施す。
「エドラ……どうか、よき旅を」
レオシュが他の誰にも聞こえないほどの小さな声で、そう呟いたのがヤナには聞こえた。
葬儀の後。言葉にもできぬような重い空気が継ぎ手の5人とパトリックを包む。シェナは儀式の間も今も変わらず泣いており、フベルトもそれにつられてほとんど泣き通しであった。
宿舎の玄関前まで来て、レオシュが口を開いた。
「みんな、少し時間あるかな?」
ヤナと2人で話していたことを、レオシュが言葉にする。
「公式には、エドラのお墓は国営墓地にあるし、もうお葬式は終わっちゃったけど……宿舎の庭に、僕達だけの、エドラのお墓を作ってもいいかな」
レオシュの言葉に、誰もがまだ状況を読み込めないでいた。
「シェナもフベルトも、あとその2人の救助について行った副指揮官も知らないと思うけど、あのあと、エドラのワッペンだけ……持って帰ってきて……」
枯れたと思った涙が、あふれてくる。その死に様も見たとは言えなかった。上から自重の何倍もの重さで押しつぶされたのだ。盾があったとしても、たくさんの逆徒たちの死体を見てきたヤナやレオシュでさえも、目をそむけたくなるさまだった。
「それで墓を作ろう。お前たちにつらい思いをさせて、本当に悪かったなぁ……」
パトリックがヤナとレオシュを抱きしめた。パトリックは、エドラの最期を書類で知っている。何人もの継ぎ手たちの死を経験してきたパトリックには、2人が何を見たのかも想像できてしまったのだろう。その声は、震えていた。
「オレも、作りたい! そしたら、いつでも庭に来ればエドラに会えるんでしょ?」
「私も……賛成……」
泣いていた2人が、ヤナとレオシュの言葉に賛成する。
それからみんなで庭に穴を掘り、フベルトが好んで集めていた石の中から、1つ選んで墓石にすることになった。フベルトが部屋から戻ってくる間に、シェナとヤナで近くから花を1輪摘んでおく。
「レオシュ! 探してきたよ。この石でいい? お気に入りの1つだから」
「お気に入りなのに、いいの?」
幼いフベルトが、自分の気に入った石を墓石にと持ってきたと知り、レオシュは思わずそう問いかける。
「うん。これ、エドラみたいだなって前から思ってたから」
「エドラみたい……?」
「そ、そうかな……?」
「いやごめん、どこが?」
そのときには、みな少しだけ笑えるようにもなっていた。
「この色とか、あと大きいし、ここが角ばってるのとか。あと、みんなをいつでも見守っててくれそうなところとか。ぴったりでしょ?」
「……うん。ぴったりだね」
石に対する思い入れはフベルトにしかない感性であっても、エドラについてはみんながそう思っている。レオシュが頷き、フベルトが墓石を墓の上に置いた。その様子を見ていたシェナが、ぽつりとつぶやく。
「……私たち、強くならなきゃね。エドラに守られてばかりだったから」
「オレも、もう泣かない。エドラよりも大きくなる。言っとくけど、身長じゃないからな! まぁでも、身長も筋肉もエドラに勝つけど!」
「小さいフベルトも可愛いけどね」
レオシュがそう言って、笑いが起きる。気持ちを切り替えられたかと言われたら、まだ嘘だ。それでも今は、前を向くしかないと思っている。一歩を踏み出そうとしている。
(お前が守ってくれたこの子たちは、俺が必ず守るからな)
笑い合う継ぎ手達を見て、パトリックは人知れずそう心に誓った。
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