第8話 継ぎ手たち
式を終えると、継ぎ手たちの暮らす宿舎へとやってきた。レンガ造りで、クチルは村で見たことのない誂えである。
「さて、いよいよ先輩たちとのご対面だ。準備はいいか?」
パトリックはどこか嬉しそうに笑いながら、ドアを開きイヴァンとクチルを中に招き入れた。そのまま食堂らしきところへやってくると、ほかの継ぎ手たちがテーブルの周りに集まって座っていた。それぞれこちらを見つめる眼差しは緊張感やこちらへの自己開示の様子など様々だったが、その視線になんとか耐えながらクチルは平静を保っていた。
「はじめまして、2人とも。まさか2人同時に来るなんて」
線の細い男の子が柔らかな笑みでそう言った。
「そうだろ、奇跡のようだってみんな盛り上がってたぞ」
パトリックがクチルとイヴァンの頭をぐりぐりとなでつける。
「僕たちは、2人をとても歓迎しています。2人と一緒に戦えるのを楽しみにしていました。これからよろしくね」
柔和な雰囲気の男の子がそう言ってくれるだけで、緊張が少しほぐれる気がした。
「じゃあ、まずは2人から自己紹介するか」
パトリックに促され、イヴァンが先に口を開く。
「はじめまして、イヴァン・レテノアスです。11歳です。よろしくお願いします」
「レテノアス男爵家の子ってことは、同郷だね?」
最初にイヴァンの声に反応したのは、レオシュという色素の薄い髪色をした男子だった。中性的な作りの顔に、長いまつ毛と薄い唇が印象的で、その瞳は光の入り方によっては黄緑色に見える。
イヴァンはその言葉を聞くとすぐに胸に手を当て敬礼をした。
「はい、存じております。結びのハンマー、レオシュ・ウィヤード伯爵様」
「あはは、ここでそんな言葉使いしないで。僕らは仲間なんだから。僕はレオシュ・ウィンヤード。15歳。クチル君、よろしくね?」
「よろしくお願いします……」
なんとなく、レオシュのほうが爵位の高い貴族なのだろうと想像はつく。
「君の名前は?」
「あ……僕は、クチル、です。名字は、なくて……11歳です」
イヴァンのあとに名字なしである自分が名乗るのが少し恥ずかしくなった。だからあえて誰かに聞かれる前に先に言う。
「どこから来たの?」
そう問うてきたのは背の高い女子であった。見た目も少し大人びていて、一見してどこか突き放したような雰囲気がある。しかし、馬車の中でパトリックから継ぎ手のことを聞いていたクチルには、彼女がヤナであることはすぐにわかった。
「ミオラっていう、村……」
「ふーん、ごめん、わかんないや」
自分から聞いておいて興味がなさそうに言うヤナに、少しだけクチルの気持ちがしぼむ。その様子を見ていたもう一人の女子──すなわちそれはシェナである──が、眉を寄せて笑顔を作る。胸元まである髪はゆるくうねっており、顔立ちもどちらかというと柔和である。ヤナに比べるとひと目見て優しそうな印象を受けた。
「どのあたりなの? ここからの方角とか……」
そう言われても、クチルはここまでただ何も言われず馬車に揺られてきただけだからわからない。困ったクチルが自然とパトリックのほうを見上げると、それに気づいたパトリックが声を上げた。
「ミオラ村は大陸のずっと東のほうだな。ここまで1ヶ月かかったんだぞ」
「すっげー遠いな! オレはフベルト! 喪失の槍だ。あと、オレも名字ないぜ! あと、これ新しい人が来たら上げようと思ってた石」
中でも一番幼そうに見える男子が、クチルに手を差し伸べてきた。そして疑問符を浮かべつつも、握れるくらいの大きさの黒い石も受け取る。イヴァンも、白い石を受け取っていた。
「フベルトは石を集めるのが趣味なんだ。部屋にはいろんな石が集まってるから、今度見に行ってあげて」
レオシュがフベルトの行動を説明してくれて腑に落ちる。
背はクチルと同じくらいだが、筋肉量はフベルトのほうが圧倒的に多い。恵まれた体格をしているのが見た目からわかる。クチルは彼の名字がないという一言に心が救われた気持ちになり、その手を握った。
「私は穿ちの弓、シェナ・アルベルト。13歳だから、クチル君とイヴァン君よりも少し年上だね。仲良くしてね」
「闇の剣、ヤナ、14歳。私、教えるときは優しくしないから」
クチルの見立てはあたっていたようで、シェナとヤナが挨拶をしてくれる。ヤナは笑うと少しあどけなさが見えて、クチルは少しだけ心の壁が低くなった気がした。
「これで自己紹介はみんなできたか? あとは、ここの宿舎でみんなの面倒を見てくれている、俺の嫁さんだ」
脇に立っていた、穏やかそうな女性をパトリックが引き寄せる。女性はそれに少し驚いたあと、照れくさそうに笑った。
(この人が、パトリックおじさんの……!)
旅の途中、何度もパトリックから大好きな妻の話をされたものだ。見た目から優しい様子が見て取れて、パトリックが惚れ込んでいる理由もよくわかる気がした。しかもそのお腹は膨らんでおり、二人の子どもがそこに宿っているのもわかる。
「サーラです。ここでみんなのご飯を作ったり、お掃除をしたりしてます。イヴァン君、クチル君、これからいつでも頼ってくださいね」
「はい、ありがとうございます」
しっかり礼を言うイヴァンの声を聞いて、クチルはすぐに我に返った。そしてすぐにぼそぼそと礼を言う。
(……おじさんと、よくお似合いだ)
すでに一ヶ月パトリックと一緒に過ごしてきて、随分と気心も知れた。最初はいつも顔の怖さから、とっつきにくい人だと思われる事が多いから、あえてよく笑うようにしているということや、妻のことが大好きなこと、生まれてくる子どもがとても楽しみなこと、継ぎ手たちのことを本当の子供のように可愛がっていること……そんなことをたくさん知った。それに、なんて呼んでもいいというので、なんとなくおじさんと呼んでいる。
「よし、じゃあ各自自分の部屋に荷物を置いたら、さっそく訓練に出るぞ」
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