第54話 くそ! 私が直々に魔法を教えてやる!
始め、冒険を開始した二人を見つめるミルトの目は穏やかだった。
これでも、公私ともに忙しい身の上だ。誰の目も気にせず、ゆったりしながら少年少女の笑顔を眺めるなどというのは、なかなかに得難い経験だろう。
道すがら、二人が話すなんでもない雑談にも、目を細めて優しげな笑みを浮かべていた。
『そう。僕たちがお金を稼いだことで、孤児院でおかずが増えたんだよね』
『うん。お肉はまだいつも食べられるわけじゃないけど。三丁目のお肉屋さんのベーコンが美味しくて!』
『あと、通りのパン屋さん! 一週間に一回だけ、僕たちこっそり好きなパンを一個だけ買うんです』
『みんなには内緒で。私たちだけの秘密です』
二人の話題は、こんな当たり障りのないものだった。
身バレの危険を考えたらあまり個人的な情報を口にするべきではないのだが、ぶっちゃけ全精霊に身バレしているから今更何か言うことでもない。
あと他に、知っているのは俺たちだけだし。
そして、俺は言いふらさないしミルトの方はといえば。
「ふふ、秘密か。私も聞いてしまったが良いのか?」
「まぁ、誰に言いふらすでもないしいいんじゃねえの」
と、今日知ったばかりの二人の秘密の共有者になれたことに、まんざらでもない顔をしている。
この女、本当に対人関係少なそうだな。
それからも、おそらく彼女が知らない世界の話は続く。
貧乏で道端に生えている雑草を食う話では、顔をしかめ悲しそうにしたり。
古くなった服を買い替えて盛り上がった話では、自分のことのように喜んだり。
昔ベランチョ一味にやられた嫌がらせでは、我が事のように怒ったり。
初めて知った配信という文化を、スポンジが水を吸うように受け止め、凄まじいスピードで肴たちに感情移入していく。
そんな独身二十代後半突入女性の姿がそこにはあった。
「良い子だ。良い子たちだなウィル。これが、我々がダンジョンを攻略した先にある未来の姿か」
「まぁ、未攻略ダンジョンを攻略すれば、人間の生存圏が広がるという点では、あながち間違いじゃないが」
昼間に飲むのはちょっと、とか遠慮していたお堅い国家魔術師団長の姿はもうそこにはない。
俺が促すまでもなくビールをグビグビと飲み、枝豆ときゅうりをひょいぱくし、家では行儀が悪いと怒られるといいながら指についた塩分を舐める女がいた。
いや、こいつちょっと染まりすぎじゃねえの?
まるで自分ちのようなくつろぎっぷりなんだけど、え? ここ俺ん家だよね?
「ウィル、悪かったなウィル、疑って悪かった。確かに、この光景は、楽しむだけの価値はある」
「お、おう」
「私も芸術や音楽ちょっとした出版物などを嗜みはするが、そこにはやはり作者の意図や、パトロンの意向がどうしても絡んで来る。そういった虚飾がこの光景にはない。ありのままの、新人冒険者の姿がありありと浮かんでいる。素晴らしい、素晴らしい光景だ。本当に知れてよかった。知らない世界への入り口を君は用意してくれていたんだな」
そんなことをいきなり早口で言いだした、無駄に目がキラキラのミルト。
うーん。
これはあれだ。
完全に酔っ払ってるな?
もしかしてあれか。飲み会とかでずっと仏頂面だったのは、酒に弱い自分を隠すためでもあったのか。
皆の前で酔っ払って、だらしない姿を見せては示しがつかぬと頑張っていたのか。
普段の疲労もあるだろうに、常に気の抜けない生活を余儀なくされていたことだろう。
それがここにきて、楽しい話、美味しいビール、そして自動で出てくるおつまみという酒飲み三種の神器を手に入れてしまった。
あとはもう、気づいたら酔っ払うしかないというわけだ。
大丈夫かな?
俺の想定したポイントの前でこんなに酔ってるんだけど。
俺はそっと、部屋に壊れたら困る家具とかがないことを確認した。酔っ払っって魔法とかぶっぱなされたらたまらんからな。
そしてついに、問題の場面が訪れてしまった。
『っと、喋っている間に、モンスターと遭遇しました』
『相手は、発光グモですね』
にわかに、場の緊張感が増す。
そう、とうとうこの二人の戦闘シーンがやってきたのだ。
発光グモ。
このクストラケイティ迷宮の一階層に出てくる雑魚の一体だ。
発光と言っているが実際に光っているわけではない。ただ、やたらと派手な色をしていて目がチカチカするからそう呼ばれている。
基本的には巣を張って待ちの態勢でいるクモだが、稀に通路を塞いで巣を張っている場合がある。
そん時は、迂回するか正面から戦うかの選択だ。
まぁ、こんな危険も何もない里山みたいな森で迂回するのは、ちょっと面倒程度なのだが、二人は戦うことを選んでいた。
実戦が人を成長させるわけだから、それ自体は悪い選択ではない。
単純に、道に巣を張っているのはうざいし、人の為にもなる。
問題があるとすれば……。
「む、クモか。ざっと見た限り危険はほとんどないな。あれだけ準備をしっかりやれる子たちなら、そうそう手こずることもあるまい」
と、ミルトはもはや身内感覚で二人を信頼し、緩んだ視線を向けている。
さて、俺は。
新しいビール瓶を二本取り出しておくか。
そして、画面の向こうでは肴一号が嬉々として投げナイフを取り出していた。
『あのクモは見えている通り、基本的にこちらが攻撃しない限りは動きません。つまり最初の一撃はこちらが一方的に与えることができます。そして見てください、これ新しく買った投げナイフなんです。これで仕留めて見せます』
言いながら、肴一号は静かにナイフを投擲する姿勢になる。
その姿だけは様になっているが。
『せいやっ!』
と威勢のいい掛け声とともに放たれたナイフは、その期待に応えることなく明後日の方向へと飛んでいった。
「……え?」
「…………」
ミルトが呆気に取られた声をあげるが、俺は無言でビールをごくりと飲む。
画面の中では、なんとも言えない空気に包まれた肴一号二号と『これ攻撃されたの?』と判断に迷っているクモの姿があった。
『今日は、ナイフの調子が悪かったみたいです。二号、あとはお願い……』
ここで普段の俺ならヤジを飛ばして酒をがぶついているところだが、ぐっと我慢する。
まだだ、まだ笑うな。堪えるんだ。
続きは、続きは二号がやってからだ。
『一号が遠距離攻撃に失敗したので、私が代わりにやっていきたいと思います! 火の魔法は森の中では使いづらいとわかっているので、今回は覚えたての風の魔法を使っていこうと思います!』
ほう、と俺は内心で感心した。
というのもこれまでの二号は、精霊さんたちの間で『ファイヤスターター』と呼ばれるほどの着火の名手だった。
相手をしっかり攻撃しようとすると範囲攻撃になって危うく森を焼き払いかける。さりとて単体攻撃をしようとしてもコントロールが悪く的に当たらずに森を焼き払いかける。
その奇跡の命中の悪さは、このクソザコダンジョンで驚異の命中率五割以下を記録しており、その日何発二号が魔法を当てられるかでトトカルチョが組まれるレベルである。
だが、その弱点を二号は自覚していた。そして学習したのだ。
火の範囲攻撃が問題なら、火以外の範囲攻撃をすればいいのだと。
確かにそれなら、森に引火する危険はない。かしこい。
「彼女は魔法使いなのか。どれ、ここはひとつ私が見てやろう」
一号の投擲芸には度肝を抜かれていたミルトだが、自称魔術師である二号に俄然目を輝かせる。
そう、俺の本命はこっちだ。
一号は確かにアホみたいな挙動をするが、俺は剣士ではないので奴がどれほど素っ頓狂なことをやっているのか正しく把握することはできない。
だが魔法であればわかる。
わかってしまうのだ。
こいつがどれほど、カスみたいな魔法使いであるのかが!
『風の魔法、風の魔法──えっと、ぐるぐる、バーンのイメージ、グルグルバーンのイメージで』
前にも言ったかもしれないが、この世界の魔法っていうのはかなり感覚が物を言う世界だ。
魔術的な理論に基づいた発動など到底できず、イメージが大事かと言われればそうでもなく。
なんとなくこうやったらこうなるかな、みたいな当てずっぽうがバカみたいにうまい奴だけが、魔法を使える。
だから魔法を発動できるだけで偉いのだが、本当に発動できる『だけ』だとどうなるか。
『い、いくよー! ウインドストーム!』
と、二号が威勢良く叫び、その場には竜巻のような風が生まれる。
その威力を見て、クソザコクモくんも『あれ、やばくね?』と怖気付く気配がした。
だが、彼女の本領はここからだ。
『あ、あれ、あれれ?』
ただそれをクモに向ければいいだけなのに、風はいきなり発動地点から逆走を始める。
そして、その向かう先は、ナイフを失くしたことでちょっとしょんぼりしている肴一号だった。
『え? なんで!? う、うわあああああああああああああああ!!』
『一号おおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!』
生じた竜巻は瞬く間に一号を空に巻き上げ、
「は?」
国家魔術師団長は明らかにオクターブが低い声を出した。
くるぞ、さぁ、くるぞ。
俺は、そっとビールを構える。
「な、なんだその魔法は!? 何をしたらそうなるんだ!? まず、最初の起動からめちゃくちゃだぞ! 感覚でどうにかなるといっても、勉強が明らかに足りてない! それに発動まで出来たなら方向の指定の方法もなんとなくわかるだろう!? そこを一切手を加えずに放ったら一番近い相手に向かっていくに決まっている! 何をやっているんだ! 誰に魔法を習った!?」
きたああああああああああ!
画面に向かって、展開が気に入らなくてキレている変な人だああああああ!
自分も無様な光景を晒していることに気づいていない、愉快で面白い人だあああああああああああ!
俺は、ミルトの噴火を見ながらゴクゴクとビールを呷っていた。
そう。俺の目論見に外れることなく、ミルトは肴二号の魔法を見てブチギレていた。
あいつの魔法はもう、まぎれもなくめちゃくちゃなのだ。
確かに魔法は感覚ではあるが、限度はある。
誰かに教わって、魔法ってこういう感じなんだという心得があるとないでは、扱いやすさに違いがあるのだ。
故に、誰にも教わらずに魔法を習熟していくのは、本当にセンスがいることであり、なかなか難しい。俺レベルが要る。
だからこそ、普通の魔術師は誰かに師事したり学校に通ったりするのだ。
そうやって基礎を学ぶことが、魔術師の『基本のき』なのである。
その基礎ができていない魔術師を見ると、できている魔術師は凄まじくむず痒くなったりするのだ。
例えるなら、格ゲー配信者が『ゲームを始めたはいいけど十字キーの使い方知らないので、使わないでプレイします』と言っているのを見て『それじゃ動くこともガードすることもジャンプすることもできないだろ!』となっているのが今のミルトの状態である。
俺はもはや、この雑魚がいつ『これ十字キー使ったほうが楽ですね!』って気づくのかを観測している状態だが、ミルトはその最初の一発目を食らったところだ。
「もう見てられん! くそ! 私が直々に魔法を教えてやる! おいウィル! ちょっとどうにかしろ!!!」
「はーい、こちらどうぞー」
「んっくんっくんっく、ぷはぁ。ち、違う! どうにかしろと言うのは酒のことじゃなくて!」
「はいそのイライラと一緒に飲もうね〜美味しいから飲もうね〜」
「んぐんぐんぐ、ぷっはあぁー。確かに美味しいけど!! 美味しいな本当に……?」
ミルトは案の定、厄介指示厨みたいな危ないことを言い出したので、俺はすかさず用意していたビールを渡した。
渡されたビールを素直に飲んだミルトが、ちょっと不思議そうな顔をしている。
そう、イライラは時としてビールを美味くするための調味料になる。
俺的な見解によると、生じたイライラをビールで解消することが、一種の抑圧からの解放のような精神作用を生むと思われる。
つまり、イライラとビールの組み合わせは脳内麻薬ドバドバなのだ。
「とりあえずミルト。お前がどう思ったとしても、いきなり二人のところに飛んでいくのは明らかにやりすぎだろ? な? 自分の立場に置き換えて考えてみようぜ?」
「ぬぐぐ、確かに、そうだな。すまん、冷静になった」
と、ヒートアップしていた団長殿が大人しくなったのを見て、俺はほくそ笑む。
甘いなミルト。これで終わりと思うなよ。
肴たちの冒険はまだ始まったばかりだ!
なお画面では、巻き上げてしまった一号がなんとか竜巻から逃げ出したところ、たまたまクモの真上に落ちてきて、それがクリーンヒットし見事にクモを倒したところだった。
着地地点に蜘蛛の巣があってよかったね。なかったら死んでたぞ。
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