第51話 お前はこいつが何を企んでいると思う?


 ミルトは、軽く説明したとおりの女だ。

 この国の超スーパーエリート魔術師集団、国家魔術師の中で団長を務めている凄腕の魔術師。

 基本的に年功序列の傾向がある国家魔術師にも関わらず、若い女性でありながら満場一致でトップに抜擢されたことからも、彼女の凄さがわかるだろうか。


 俺が空間魔術に特化した万能型だとすれば、ミルトはオールラウンドな万能型だ。

 空間魔術なら俺の方が頭三つくらい上だが、それ以外で俺がミルトに勝てる分野はない。

 同等か、奴の方が一つ上といったところだろう。


 彼女の率いるミルトチームは、いわゆる未攻略ダンジョンの攻略組の一員だ。

 国家騎士団と連携して、未知の脅威を切り開いていくのが役割であり、後方支援メインであった俺とは、まぁ部署違いだな。


 とはいえ、俺が後方支援に回っていたのは、支援能力が高すぎる点が大きいと言えるし、実際にやりあったら多分俺が勝つ(ここ重要)んだけどな。

 空間魔術最強! 空間魔術最強!


 まぁ、そんなミルトだが、彼女と俺には共通する特徴がある。

 それは、精霊さんの存在を知覚できるということだ。


 国家魔術師クラスになれば、だいたいのやつは何となく精霊さんの存在を感じられるんだが、はっきりと分かる人間は、俺たちを含めて片手の指に入るくらいだろう。


 だが、同じように知覚できると言っても、ミルトと俺とで精霊さんの反応はまるで違う。


 精霊さん的にはミルトは、とてもいい香りがする甘く美しい花のような存在らしい。

 思わず近づかずには居られないが、彼女の前に立つとどうしても気に入られたいという気持ちが先行して、うっかりお行儀が良くなってしまう。

 さっきコメント欄が気持ち悪くなっていたのはそれが理由だな。

 大輪の花と、それに吸い寄せられる羽虫のような感じだ。


 一方、俺は俺で思わず近づかずにはいられない道端のウンコのような──ってだれがウンコだごらぁ!

 俺がウンコならお前らはウンコにたかるハエだろうが!


 と、こういう感じなので、俺の前では精霊さんはクソカスだが、ミルトの前では人が変わったようにお行儀が良いのだ。

 一度、ミルトに精霊さんの本性を懇切丁寧に教えてやったことがあるのだが、彼女は冗談としか受け取らなかった。


 まぁ、そんな感じの女が国家魔術師団長のミルト様になる。

 俺とは部署違いといえど、俺のやっている仕事に一番感謝している人でもあったので、一番引き止めが激しかったのは覚えている。

 だが、俺は鉄の意志で酒飲んで引きこもる生活を選んだので、彼女は最終的には折れた。


 とはいえ、流石の俺でも『これから一生働かずに酒飲んで暮らす生活したいから辞めま〜す』とは言えずに、退職理由はめちゃくちゃぼかしたんだよな。

 それ正直に言ったら、多分辞めさせてもらえなかったからね。それくらい俺めちゃくちゃ仕事してたからね。自分で言うのもなんだけど。







『つまりこう言いたいわけか。このダンジョン監視網には大した意味はなく、ただダンジョンの様子をなんとなく見るために作ったものだと』


「おう」



 と、そんな元同僚ミルトさんが今の状況を説明しろと言うので、俺はこれまた丁寧に説明してやった。

 流石に『冒険者の無様を酒の肴にするため』とまでは言えなかったが。

 なんかこう、いい感じに、ダンジョンで困っている人に、ほんの少しの手助けをしたり、ダンジョン内犯罪を発見して治安を維持したり、そういう目的でやってます。みたいなね。


 まぁ、嘘は吐いてないだろう。

 うん。

 実際の活動的に、ギリ嘘吐いてないラインだと思う。

 むしろ本当のことを言うよりはまだ、人に理解されるまである。


 そんな俺の話を聞いた国家魔術師のトップであるミルト様は、何か感想を言う前に静かに俺に尋ねる。



『ウィル。ちょっと相談に乗って欲しい。

 とある優秀な国家魔術師が、周りになんの相談もなく、引き止める声にも耳を貸さずに突然失踪したんだ。それまで、国のための仕事を散々、そう、散々こなしてきた男が、ある日何かを決断したような顔をして。

 しかも、男が辞めた後の足取りは何一つ掴めず、行き先を誰にも告げておらず、あれほどの能力を持っていた男だというのに目立った動きは何も見せていない。


 そんなある日、気づくんだ。


 その男が、いつの間にか全てのダンジョンを監視せんとする勢いで、あらゆる場所に千里眼を飛ばし、それをリアルタイムで監視、さらに自動で記録、それどころか重要なシーンの自動編集まで行っている。

 つまりは、ダンジョン中の冒険者のデータを、考えられる限り最高の効率で、これでもかというくらい集めまくっているわけだ。


 元国家魔術師が、それも国家魔術師のトップに並ぶほどの能力を持った奴が、国の仕事に不満を持ったことで辞め、現在はどこに潜伏しているのかも分からず、それでいて国の息がかかってない冒険者の情報を大量に集めている。


 なぁ、ウィル。

 お前はこいつが何を企んでいると思う?



「冒険者を扇動しての国家転覆かなぁ」



『私だってそういう結論になるしかないだろう!?』




 ミルトはちょっと涙目であった。

 まぁ、うん。そうだね。

 自分で言うのもなんだけど、そういう風にしか見えねえわ。


 そっかぁ、俺、国家転覆を狙ってたのかぁ。

 初めて知った。



『だから頼むウィル。正直に自首してくれ。今なら未遂だ。私がとりなしてやれる。私はこれでもお前を気に入っているんだ。お前を断頭台に送りたくない』


「ちょっと待とう。何事も決めつけるのは良くない」



 やばいんだけど。

 俺が酒を美味しく飲むために始めた活動で、なぜか斬首刑ルートが開拓されてるんだけど。

 おい精霊さんたち、どうしてこんなになるまで放っておいたんだ。


 ──────

 私たちは何も知りません

 ウィル様がいきなり動画サイト作るとか言い出しまして

 気がついたらこんなことになってました

 僕たちもなんか怪しいなとは思ってたんです

 でも、ウィルくんは友達だから

 ──────


『ほら! 精霊さんもこのように言っているのだぞ! ウィル! 本当のことを言え! 言うんだ!』


 このクソカスどもがよぉ。

 てめえら相変わらずミルトの前ではいい子ぶりやがって。

 俺は精霊さんたちの往生際の悪さに思わず呆れてしまう。


 お前ら、ミルトが見てるってんで慌ててアーカイブのコメントとか隠したみたいだけどなぁ、そういうの絶対後からバレるからな。

 というかレイコの動画めちゃくちゃ上がりまくってるから、どうせお前らが何やってもそのうちバレるからな。

 あれはコメント無しで見ても面白さ隠しきれてないからな。



「わかったわかった。本当のことを言う。いいかよく聞け」


『う、うむ』



 だが、今はどうやって俺の無罪を勝ち取るかだ。

 いや、勝ち取るも何も最初から最後まで冤罪なんだけど、それを説明するにはこう、やっぱりちょっと抵抗があるっていうかね。


 だが、今のミルトは信じて送り出した同僚が国家転覆を狙うテロリストになってたと思い込んでいる状況だからな。

 その辺を落ち着かせるためにも、ここは白状するしかないか……。

 心からの言葉なら、きっとミルトは信じてくれるはずだ。



「実はな。国家魔術師辞めたんだけど田舎が暇で暇で仕方なくてな。暇つぶしに冒険者の無様な姿でも見ながらうまい酒を飲もうかと思って、始めたんだよ、それ」



 はい言った。包み隠さず言った。

 俺の人間性を対価に、無罪を勝ち取るための一手を。

 だが、それを聞いたミルトは、わなわなと震えだす。



『ふ、ふざけるなウィル! そんな、うまい酒を飲みたいなんて理由で! こんな! 前人未到で! 複雑怪奇な! 未だ誰も成したことのない大魔術を構築する奴があるか!? お前は私を舐めているのか!?』


「やっぱり信じてくれないじゃないか!」



 本当のこと言えって言うから、本当のこと言ったのに。

 俺は、人と人とは分かり合えないという悲しい現実に、思わずウイスキーを飲むのだった。

 うーん、ポコの時よりはまだ味がするな。


 さて、何したら信じてくれるのかな?

 とりあえず一旦頭冷やして貰わないとだけど、話してたらどんどんヒートアップしていきそう。

 これじゃ八方塞がりだよ。



 そう思っていた時。



 ピンポーン!



 と、我が家にベルが鳴り響いた。

 これは、まさに救いの一手かもしれない!



「あ、ミルトごめん、ちょっと来客あったからまた今度でいい?」


『は、はぁ?! この状況でおま! 逃げるな!』


「いや逃げるとかじゃなくて、まじ来客きてっから、ほら、聞こえるっしょ」



 そう言っている間にも、玄関のドアを相変わらずドンドンとうるさく叩くガキども。



「おっさーん! 無職のおっさーん!」


「ピンポンしたら早く開けろって! もう何回言わせんのー!」



 相変わらず礼儀はなってねえが、タイミングだけは褒めてやるぜ。



「なっ? ひとまず来客対応すっから? 一旦、一旦頭冷やそう? な? また今度な!」


『あっ、ちょっと──』



 そして、ミルトが何かを言う前に、俺は千里眼を強引に切った。

 まぁ、強引に切ったところで、俺からミルトが見えなくなっただけで、向こうは相変わらず精霊さんが俺を映しているだろうが。

 構わねえ。とりあえず俺がご近所づきあいしているところでも見れば、ミルトの頭も少しくらいは冷えるだろう。

 


 そう問題の先延ばしをしながら俺は玄関のドアを開ける。



「うるせえぞガキども。でも今日はタイミングが良かったから褒めてやる。よくやったな」


「なんか急に褒められたんだけど」

「相変わらず死人みたいな目してんねおっさん」


「誰が死人だ。断頭台に送られるのはこれからだ」


「おっさん、なんの犯罪やったの?」

「あの世でも元気でね」



 相変わらず礼儀のなってねーガキどもと、いつものやりとりをしながら野菜と引き換えに金を握らせてやる。

 この時期は、キュウリとは違う遅めの瓜とか、芋とか、あと秋ナスとかにシフトしてくるみてーだな。

 冬になったら葉物野菜も出てくるんだろうか……いかん、野菜デリバリーサービスのせいでうっかり思考まで健康的に──





「待てウィル! まだ話は終わって──え?」





 突如、俺の背後からいきなり声が聞こえた。

 ガキどもがぽかんと口を開けている。

 俺も冷や汗をダラダラと流している。


 そっと、振り返ると。




「精霊さん? なんでミルトがここにいんの?」




 そこには、さっきまで俺と遠隔で話をしていた筈のミルトの姿があった。


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