第5話 占い師なんて知らないし
「クエストを受けよう」
異世界に来て数日が経ったある日の食事中、リズが深刻な表情でそんなことを提起してきた。
「確かに、こっちの世界来てからまだ何もしてないよなあ。そろそろ何かイベントが欲しいというか」
注文したリザードのハンバーグにナイフを入れながらそんな返事をする。
爬虫類って食べたことなかったから結構抵抗があったのだが、食べてみればさほど違和感の無い肉だった。今ではすっかりお気に入りとなっている。
そんな俺の様子を見てリズはため息をつく。
「いや、そういうんじゃなくて……まあいい。ただ、所持金にも限りがあるし、金が尽きないうちに稼いでおこうと思っただけだ」
確かに、リズの言う通りだ。
現実はゲームとは違う。所持金には限りがある。
ちなみに一度、『金くらい神がどうにかしてくれないのか』と聞いてみたが、どうやら俺を担当したテラシアとかいう神はかなりの変わり者で、面倒臭がって碌に要望を聞き入れてくれないらしい。
教会には泊まれないから仕方なく宿屋を借りているが、毎日の宿代と食費だけでかなりの出費だ。
支出は増える一方で収入が無いのだから所持金が尽きるのも時間の問題だ。
呑気にハンバーグ食ってる奴が何言ってんだって感じだが。
リズは言葉を続ける。
「金が無くなったら、宿屋なんて贅沢はできない。馬小屋で暮らすことになるぞ。いいのか?」
「うーん、馬小屋は嫌だな。血迷った芸術家に寝込みを襲われて作品の生贄にされそうだし」
「運良くのし上がってきたマルチタレントが奇抜さを狙って描いた映画の台本みたいな発想のぶっ飛び方…」
二人して謎の掛け合いをしながら、俺は今抱えている問題点について考えていた。
それは、俺が今圧倒的弱者であること。
前にもクエストを受けようとしたことがあったのだが、そのときのクエストといったら、どれも高難易度で俺達には到底無理なものばかりだったのだ。
一応、他のパーティーと共同でクエストを受けることもできるが、アークプリーストであるリズはまだしも、駆け出しの、しかも最弱職である俺は、はっきり言って足手纏いだ。
恐らく誰も俺と組もうとはしないだろう。
…何とかして、俺達だけでもできるクエストを探さなくては。
◇
食事が終わると、依頼が貼り出された掲示板に向かう。
「ちったあマシになってるといいんだが…」
掲示板に大量に貼られた貼り紙に目を通す。
『ギルド指定危険モンスター、アーマーボアーの討伐。報酬200万セリア』
『アシロの港近くに住み着いたクラーケンを追い払って欲しい。報酬100万セリア』
『コボルト大量発生につき、全滅させられる冒険者募集。※数が多いので、レベル20以上推奨。報酬80万セリア』
危険度を示す判子が大量に押された張り紙。
ギルド指定危険モンスターだの、高レベル推奨だの、ずっとこんな調子で、俺達には到底無理なクエストが殆ど。
戦闘力が必要なさそうものといえば…
『とある女性を探しています。体が綺麗な状態であれば生死は問いません。報酬150万セリア』
これとか。
もしかしたら、俺達にもできるかもしれないが……正直これは受けたくない。
ちなみに、『セリア』というのは、この世界で使われている通貨。
一部を除いた殆どの国や地域でこの通貨が使われている。
リズ曰く、1セリアは1円換算の解釈でいいらしい。
つまり、100万セリアは100万円。
日本人からすれば単発の仕事で100万や200万も貰えるなんて、と思うかもしれないが、死と隣り合わせの危険な仕事でこの報酬なんて、本来なら足りないくらいだ。
「いやあ、相変わらず碌なのが無いな…」
「ほっほっほ、クエストを受けたいのかね?」
気付くと、すぐ隣に小柄な老爺が立っていた。
「うおっ!?びっくりした!」
彼の顔は、髪なのか髭なのか分からない白い毛で隠れており、羽織っているマントが小さな体をすっぽりと覆い隠している。
「え、えーっと、貴方は…?」
少し躊躇いがちに話し掛けると、その老人は骨の浮き出た手で長い髭を触りながら、ゆったりと話す。
「ほっほ、お主の考えを当ててやろう。クエストを受けたいが、高難易度のものばかりで行動しかねている。しかし、このままでは所持金が尽きてしまうので、やむを得ず実力に見合わぬクエストを受けようとしている。どうじゃ?」
おお、合ってる。
な、何だこの爺さんは。よく分からないが只者ではない感が凄い。
ファンタジーものなら、この爺さんが元凄腕冒険者だったりして、旅の手助けしてくれたりするが………まさか、そういう展開?
「ほっほ、そんなお主らに助言してやろう。まずは仲間じゃ。仲間を集めて戦力を充実させるのじゃ。なあに、ここは始まりの街。パーティーを探している奴など、いくらでもおるわい」
うーむ、なるほど。金を稼ぐことしか見ていなかったが、確かに戦力が揃えば、受けられるクエストも増える。
「なるほど、参考になります。ありがとうございました。」
俺がお礼を言うと、老人は満足そうに頷き、ゆっくりとその場を去っていった。
リズが、立ち去る老人の背中を見ながら言う。
「マサキ、お前、ちゃんとお礼とか言うタイプなんだな…なんか意外だ」
「失礼な、お礼くらい言うわ普通に。…それに、礼儀正しくしておけば、また助言をくれるかもしれないだろ?」
「…ちょっと見直したのに、やっぱりマサキはマサキだな。抜け目ないというべきか、狡猾というべきか…」
ニヤリと笑う俺を見て、リズが若干引いているが、気にしない。
「というか、リズ…“アレ”…見たか…?」
「“アレ”?」
俺は冷や汗を手で拭う。
「あの爺さんの…マントの下。服の背中がチラッとだけ見えたんだけど…」
「い、一体何が…?」
リズの声が少し緊張した風になる。
俺はゆっくりと口を開く。
「………背中に…厨二チックな謎の模様が描いてあったぜ…」
「ああそうか。ところでマサキ、一番いらないと思う爪ってどこ?」
「えっ何の質問なの?それ。怖いんだけど」
◇
そろそろ見慣れてきた街を、2人で歩く。
(え、何あれ…?)
(シッ!見ちゃいけませんよ!)
………人々に奇異の目を向けられながら。
「なあ、いい加減やめようぜそれ。怪しまれてるって」
「いいや、これなら手っ取り早く注目を集められる」
横目で街の人を見てみる。
(あの子可哀想…)
(あいつがやらせてんの?最低だなあの男)
誰もが俺達を見て、不審な顔をしたりコソコソ話をしたり。
「…いや、変な目で見られて寧ろ逆効果だから。というか、何もしてないのに俺の評価が下がっていってる気がするからやめろ」
視線を集めている理由。
それは、リズの首にかけられた、『パーティーメンバー募集中』と書かれた板。
歴史の教科書で見た世界恐慌のサンドイッチマンみたいなその格好が、視線を集めているのだ。
正直今の俺達は、怪しい格好の男が女児を虐めているようにしか見えない。
「むむ、いいアイデアだと思ったのに…」
「別にやりたいなら勝手にやればいいけど、俺を巻き込まないでくれ……何なら、俺は待ってるからリズだけで」
そのときだった。
「そこのお兄さん、占いに興味は無いですか?」
何だ、今日はやけに声をかけられる。
見ると、紫色のベールに、紫色のローブと、い◯すとやの占い師みたいな格好をした女性がいた。
……怪しすぎる。
上手いこと言われて金をふんだくられたりしたら嫌だし、関わらないでおこう。
俺は何も見なかったことにして、その場を静かに去ろうとする。
「ちょっと、今こっち見たでしょ。誤魔化せませんよ」
何を言われても無視だ。
頭の中の俺(理性担当)が、こいつに関わってはいけないと告げている。
「聞いてます?そこの貴方ですよ。変な格好のパッとしないお兄さん」
「人おちょくってっとぶっ飛ばすぞ」
しまった!!!
「はあ、やっぱり聞こえてるんじゃない。ささ、貴方達を占って差し上げましょう」
女はいそいそと道具を取り出す。
「いや、えと、今はそういうのは」
「まあまあ、そうおっしゃらず、お金は取らないので、少し話を聞いていってはどうですか!?」
俺がやんわり断ろうとすると、その女が立ち上がって俺の手を握ってきた。
普段の俺なら、女性に手を握られたりしたらジェントルマンモードに切り替わるところだが、こんな怪しい女相手ではそんなことも気にならない。
面倒ごとには極力関わりたくない主義である俺の脳内は、いかにしてここを離れるかでいっぱいになっていた。
「いやあの、本当に間に合ってますんで、またの機会に!あー、そういえばギルドに行かなくちゃならないんだった!なあリズ、そろそろ帰らないとなあ!」
しかし話を振られたリズは、俺が焦っている理由が分からないという顔をする。
「どうした?タダだって言ってるんだし、ちょっとくらいいいんじゃないか?」
くそっ、リズに話を振った俺が馬鹿だった。
やっぱこいつ知能のステータス低いわ。
結果としてこの女の交渉材料を増やしてしまった。
「ね!お嬢さんもそう言っていることですし、ね!?」
「あーもう!なんなんだあんたは!」
誰か止めてくれないかと周りを見てみても、通行人は誰もが見て見ぬふり。
すると、女は辛抱たまらんという感じで早口に話し出す。
「じゃあもうここで占ってあげましょう!視えます、視えますよぉ!新しいお仲間を探しているんですね!」
おお、合ってる。なんだ、ちゃんと占いはできるのか……って違う!
リズの胸元!まんま書いてあるじゃないか!
女はさらに畳み掛ける。
「おやぁ、どうやら新たなお仲間は貴方達のすぐ近くにいるようですよ!」
「な、なにい!?」
適当言ってるだけだと分かっていても、そんなこと言われたら気になるじゃないか。
「そう、その仲間とはズバリ、今貴方の目の前にいます!どうですか、私をパーティーに入れてみませんか!」
「お前かい!」
なんかもうこの女とコントをしてる気分になってきた。
「やだよ!占い師なんてパーティーに入れてどうすんだよ!」
「ぐぬ…」
すると一瞬、俺の手を掴む女の力が緩んだ。
今だ!
かつてない緊急事態に研ぎ澄まされた俺の神経は反射的に手を振り払う。
晴れて解放された俺はリズを置いて全速力で駆け出した。
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