第7話 束の間のまどろみ

オットー様への報告を終えた私は、そのまま身体を休めるために自分の部屋へと向かった。 

オットー様と……恐らくは褥を共にしていたであろう女王の寝室がある城館とは少し離れた、城砦の棟にある一室。壁に灯る蝋燭を伝って部屋の前まで来たところで、扉越しに部屋の中にも灯りが灯っていることに気づいた。

不審に思いながら取っ手を握って少しばかり引くと、鍵を掛けていた筈があっさりと開く。


「……盗人ですか?」


もしもに備え、腰に提げた得物に手をかけながら、ゆっくりと扉を開けて中に入る。

すると、其処にはオットー様への報告を前に別れたはずの獣人……フィオネが椅子に堂々と腰掛けながら寛いでいた。

被りっぱなしだった三角帽子が脇に置かれ、ぼさぼさの髪と頭から伸びた動物のそれに近い大きな二つの耳が露わになっている。着ていたローブも脱ぎ捨てており、格好は肩と背中が露出したノースリーブだった。


「あ、おかえりなさぁい。早かったですねぇ?」


こちらに気づいたのか、にへらとした顔で我が物顔とばかりに出迎えの挨拶をする彼女に、私は辟易としたものを感じた。


「……此処は私の部屋なのですが」


「んんー……、ちょっと私の部屋の鍵、見つからなくてぇ」


「鍵を掛けていた筈なのですが……?」


「キシシ、そこはぁ、ちょちょいと鍵開けの魔術でね?」


悪戯っぽい笑みを浮かべ、右手で鍵を開けるジェスチャーをするフィオネ。

どうやら魔術というのは、私が知らないだけでだいぶ小手先の技術まで存在しているようだ。


「だったら、自分の部屋の鍵をその魔術で開ければいいのではないですか」


「あー……、私の部屋はねぇ、そういうの効かないようにしてあるんだよねぇ」


成る程、どうやら自分の部屋の防犯を確りし過ぎた結果、些細なミスから自分で勝手に他人の部屋に入り込むことを実践することになった、ということか。

言いたいことはあるが、とはいえ追い出そうにも抵抗されるだろうし、何より先程オットー様から言われたことが、私の中で幾度にも渡って反芻される。


「……ハァ、わかりました。ですが、妙なことはしないで下さいよ」


「キシシ、流石、ヴィネア様は話が分かる人ですねぇ」


一先ず、と眠るためにベッドへと足を運ぶ。

上着を脱ぎ捨て、上半身を下着だけの姿にした私はベッドに倒れ込んだ。


「んー、何か食べたりしないんですかぁ?」


シャリシャリと、何処からか取り出したのか林檎を齧りながら、魔女が態とらしく問いかけてくる。


「……結構です。」


私が断ると、フィオネはそうですかぁ、と言いながら林檎を芯もろとも丸ごと咀嚼する。バリボリとした音を立てながら、部屋を照らしていたランプの火を消した。


「それじゃ、おやすみなさぁい」


そう言うと、獣人は何故か私が横になったベッドに飛び込んできた。


「……このベッドは二人用ではないのですが」


「いいじゃないですかぁ、こういうの、やったことないのでぇ」


言い終わるよりも前に、隣で横になった獣人の方から思ったよりも可愛らしい寝息が聞こえてきた。

何とも横柄な奴だ、と呆れながらも私は目を瞑り、ほんのひと時の微睡みの中に沈むことにした。




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