第二話 魔法ってまだ使えるのかな

   §




 ハイデマリーの館の居候となったわたし。

 第一客室を寝室として使っていいと言われ、ありがたくそうさせてもらうことにした。


 この館に住んでいるのは、主であるハイデマリー。

 彼女の子どもであるツバキ(ちゃん)とサクラ(くん)。

 住み込みで働いている家事使用人のエッダ、インゲ、ナディヤの三人。彼女たちは全員十七歳で、ハイデマリーの育った孤児院の出らしい。仕事熱心で、掃除、炊事、洗濯、何でもこなす。


 通いでやってくるのは四人。

 まず双子の家庭教師であるジルケと、マナー講師のダニエラ。

 ジルケはいかにも家庭教師らしい厳格そうな見た目をしていた。

 ダニエラはザ・淑女という雰囲気を醸し出している。

 それから庭師のベンヤミンとグスタフは、この館に出入りする数少ない男性だった。


「……やることが、ない」


 わたしはベッドに寝転んだ。

 ヨーロッパ旅行のお土産で貰うハンドクリームみたいないい香りが、ふわりと漂う。


 ヴェリヒトに転移して一週間(正確にはこの世界はグレゴリオ暦じゃないけれど! 一週間ってつい言っちゃうのである)が経っていた。

 わたしのしたことといえば、美味しいご飯を食べたり、のんびりと庭を散歩するくらい。


 ハイデマリーは領主としてたいていどこかへ出かけているし、双子たちはジルケやダニエラの授業を受けているから食事以外で顔を合わせることがほぼない。


 大学を卒業して以来、転職こそしたもののずーっと社会人として会社勤めをしてきた身として、やらなきゃいけないことがないというのは……逆に退屈だった。

 宝くじを当てて一生遊んで暮らせたらどんなにいいだろうなんて思いながら、満員の通勤電車に閉じ込められていた時代もあったというのに。


「やることが、ない……」


 元の世界ではどれくらいの時間が経っているんだろう。

 残業で作り上げた報告書は、ちゃんと印刷ボタンを押せていただろうか。報告書だけ残して消えた三十歳女性のことを会社は気にかけてくれているだろうか。

 アパートの、冷蔵庫の中身は……腐ってるかな……。

 家賃や水道光熱費とネット関係のサブスクは引き落としだからなんとかなるとして。

 彼氏と別れたばかりだったのは不幸中の幸い……?

 って、何を考えているんだ、わたしは。人間、暇になるとろくでもないことばかり考えてしまう。いけないいけない。


 ということでわたしは部屋から出ることにした。

 ひとつ、確かめたいことがあったのだ。




「ハイデマリー。ちょっといいかな?」


 日中珍しく、執務室で事務仕事をしていたハイデマリーを訪ねる。


「どうした?」


 ハイデマリーは、事務仕事中は眼鏡をかけている。細い金縁の眼鏡が彼女によく似合う。


「この館に、魔法を使っていい場所はある?」


 確かめたいこと。

 それはわたしがまだ魔法を使えるかどうか、だ。

 当然ながら元の世界では魔法を使えない。だけど再びヴェリヒトへ来たからには、魔法が使えるのであれば――使ってみたかった。


 この世界ヴェリヒトでも、すべての人間が魔法を使える訳ではない。

 ルーツがエルフ族の人間(何十代前だとしても、一度でも血が混じっていればいいらしい)じゃないと素質がないらしい。

 かつてのわたしに魔法が使えたのは、いわゆる異世界チートだと思っている。


 にっ、とハイデマリーの口角が上がる。瞳の奥が光ったのもわたしは見逃さなかった。


「地下に私専用の修練場がある。案内しよう」

「ありがとう!」

「私も、久しぶりにクルミの魔法を見てみたい」


 はうっ。笑顔が眩しい……!

 ハイデマリーは女性ながら、国中の女性から絶大な人気を誇る魔法剣士だった。

 家事使用人ガールズたちからは今でもハイデマリーの人気は継続中で、ファンクラブもあると教えてもらった。わたしも入りたいと思ったのは秘密である。


「ま、まだ使えるかどうかは分からないよ!?」

「元の世界では魔法そのものが存在しないんだったか」

「うん。だから、今のわたしがどうなのか、確認したいんだ」


 立ち会おう、とハイデマリーは言ってくれた。


 あたたかな地上階と違って、地下室はひんやりとしていた。


「すごい……!」


 巨大な、いや、巨大すぎる空間が広がっていた。

 山も湖も川もある。

 地下室なんてのは名ばかりで、村といっても過言ではない。

 ちゃんと土っぽいにおいも漂っている。


「いついかなる脅威が襲ってきても対応できるように、鍛錬は怠らないようにしている。さて、クルミ。川の向こうに大岩が見えるかい?」


 二級河川くらいの幅の川の、向こうには大きな岩があった。


「あれは相応の魔力をぶつけることで割れるようにできている。やってごらん」


 やってごらん、なんてさらりとハイデマリーは言うけれど。

 そんな簡単にできるものではないと思う。


「そ……そんな大がかりな試し方じゃなくてよかったんだけど」

「最強の魔法使い・クルミにふさわしい舞台だよ」


 ぽん、とハイデマリーがわたしの背中を優しく叩いてくれた。


 わたしは両腕を空(天井?)へまっすぐ伸ばした。

 それから目を瞑ってイメージする。

 十七歳のわたしがどんな呪文を使っていたかはあまり覚えていない。

 魔法を使うには、言葉を組み合わせればいいというのは知っている。

 力を借りる存在への挨拶と自己紹介からはじめて、どんな風に力を借りたいか説明する。そしてどう具現化するか言葉にすることで、魔法というのは使えるようになる。


「『雷の精霊ドナーへ人の子クルミが請う。わたしに閃光を導く資格があるのか、あなたの判断を教えてほしい。もし力を貸してくれるのであれば……姿を見せて』」


 天井へ向けた手のひらに熱が集まってくるのを感じた。

 わたしは目を開けて、まるで弓矢を引くような動作をする――


 きらきら……

 しゃらしゃら……


 現れたのは光でできた天使のような何か。雷の精霊が呼びかけに応じてくれたのだ。


「来てくれてありがとう」


 わたしの言葉に反応して、雷の精霊は悪戯っ子みたいにはしゃいで空中で一回転。

 そのまま光の弓矢へと姿を変えた。今だ!


「『岩を砕いて』!!」


 ――ぱしゅっ! どごんっ!!


「ほぅ」


 ハイデマリーの感心したような呟きが聞こえるのと同時に。

 大岩は見事、粉々になってくれた。


 魔法……使えた……!

 わたしは息が上がっていた。心臓の鼓動がやけにうるさい。


「できた……」


 自分自身でも信じられなかった。ちゃんと、まだ、魔法が使えるなんて。

 ずずっと鼻をすすってしまったのは不覚にも泣きそうになってしまったからだ。


「最強の魔法使いの名は、健在のようだ」


 ハイデマリーが言った、そのときだった。


「すごいですわ!」

「えっ!?」


 地下室の入口に、ツバキとサクラが立っていたのだ。

 叫んだのはツバキだった。頬を紅く染めている。

 わたしたちが振り返ったことに気づいてばっと口を両手で抑えたものの、時既に遅し。

 つかつかとハイデマリーが双子のもとへ歩いて行った。


「地下室へ入ってはいけないと教えているだろう?」

「ごめんなさい、お母様」

「ごっ、ごめんな、さい」


 穏やかな口調だけど、背中しか見えないけれど、ハイデマリーが怒っているのはよく分かった。

 昔の旅の途中でも度々見かけたことがある。主に、勇者に対して。


「でも……」

「でも?」


 ツバキは怯んだけれど、負けじと叫んだ。


「わたくしも魔法使いになってお母様のお役に立ちたいのです!!」

「駄目だ。ツバキは武官じゃなくて、文官になる。そのために勉強しているのだよ」

「でも……」


 みるみるうちにツバキがしぼんでいく。

 その隣でサクラはずっと泣きそうな表情をしている。


 つまり、ツバキは魔法使いになりたくて。

 ハイデマリーとしては危ないからそんなことはさせたくないと思っている、という話のようだ。

 珍しくハイデマリーが館にいて、しかもわたしと一緒に地下へ向かっていたから、ツバキとしては後をつけずにはいられなかったんだろうか。

 サクラはツバキを止めようとしたのか、無理やり連れてこられたのかは分からない。


「クルミ様! クルミ様からも、お母様を説得していただけませんか!?」

「へっ!?」


 突然話を振られたわたしは、間抜けな反応を返してしまった。


「クルミ様なら分かってくださいますよね? お母様と共に戦いたいという、お母様をお守りしたいという気持ちが」

「それは……」


 分からなくもない、けれど。かつてのわたしがそうだったから。

 でもハイデマリーの気持ちだって分かるのだ。

 冒険は危ない。自分の子どもの危険な目には遭わせたくないだろう。


 はぁ、とハイデマリーがため息をついた。


「分かった、ツバキ。それならひとつ条件がある」

「なんでしょうか!」

「クルミがよければ、クルミから魔法を習うといい。だが攻撃魔法はだめだ。まずは『』をひとつ、使えるようになってみせなさい。それで魔法使いとしての才能があるかどうか判断する」


 ツバキの表情がぱぁっと明るくなった。そして期待に満ちたまなざしをわたしへ向けた。


「クルミ様! お願いします!」

「どうだい、クルミ? 嫌なら断ってもいいのだよ」


 ツバキが攻撃魔法を覚えて戦う。

 それを諦めさせるための試練としてハイデマリーが考えているのであれば、断ることなんてできない。


「分かった。うまく教えられるか分からないけれど、よろしくね」

「ありがとうございます! サクラ! やりましたわ!!」

「……ツバキ……」


 はしゃぐツバキの横で、サクラはただただ瞳を潤ませていた。 

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