第11話

岩陰から弾けるように飛び出した瞬間、心臓が跳ねた。

全身の筋肉が収縮し、水を蹴って、一直線にアーマータートルへと向かう。

狙うのは首元、唯一硬い甲羅に覆われていない急所。


相手は俺の接近に気づいた。

ぶるる、と重たく身体を震わせ、遅れて動き出す。


(遅い!)


俺はその鈍重な動きを読み切っていた。

正面から突っ込んでくる敵には、真っ向からは立ち向かわない。


間一髪で横に飛び、水圧噴射を浴びせた。

視界が一瞬白く濁り、アーマータートルが迷ったように首を振る。


その隙を逃さず、牙を剥いた。


首元へ一直線に飛び込み、噛みつく。

皮膚は分厚かったが、俺の牙は確実に食い込んだ。


「ぎぎゃっ!」


アーマータートルが低いうなり声を上げ、暴れ出す。

巨体が海水を巻き上げ、周囲に小さな渦を作る。


必死に食らいついたまま、俺はさらに力を込めた。

裂傷スキルを発動させ、傷口を広げる。


ズバッと肉が裂け、濁った血が水中に漂った。


だが、それでもアーマータートルは倒れない。

強靭な生命力を持っている。

この程度の傷では、簡単には死なない。


俺は一度距離を取り、態勢を立て直した。


相手もこちらを警戒している。

無策に突っ込めば、逆に叩き潰されるだけだ。


(どうする……どう攻める……)


冷静に、素早く思考を巡らせた。


相手は防御特化、動きは鈍重。

だが、パワーは圧倒的だ。

一発でも直撃すれば、俺の身体なんて軽く砕かれる。


ならば、ヒット・アンド・アウェイしかない。


感知スキルで相手の動きを読み、水圧噴射で撹乱しながら、急所にだけ集中攻撃を仕掛ける。


長期戦になる。

だが、やるしかない。


(ここで逃げたら、何も得られない……!)


再び水を蹴り、間合いを詰める。

今度は背後から回り込み、甲羅と甲羅の継ぎ目に噛みついた。


がぶり、と鋭い手応え。

手応えはあったが、致命傷には至らない。


アーマータートルが反転しようとする。

だが、その動きも鈍い。


俺はすかさず後退し、水圧噴射を浴びせる。

濁った水流が相手の視界を奪い、動きがさらに遅れる。


(まだだ……まだいける!)


次の隙を狙い、また飛び込む。

牙を突き立て、裂傷を与え、すぐに離脱。


地道な削り合い。

体力勝負。


でも、こういう戦い方なら、俺にも勝機がある。


アーマータートルの動きが、徐々に鈍ってきた。


血の流出量が増え、あたり一面がうっすら赤く染まっていく。


(効いてる……確実に効いてる!)


感知スキルが伝えてくる。

相手の敵意が、さっきよりも弱まってきている。


ダメージが、確実に効いている証拠だ。


ならば、ここが勝負所。


俺は最後の突撃に賭けた。


一気に加速し、首元へ飛び込む。


牙を限界まで突き立て、思いきり噛みちぎる。


ズバァァッ!!


濁流の中で、確かな感触を得た。


アーマータートルの身体が震え、ぐらりと傾く。


そして、動きを止めた。


【経験値を獲得しました】

【レベルが8に上昇しました】

【新スキル:硬鱗化(初級)を習得しました】


(やった……勝った……!)


水中に浮かびながら、俺は拳を握りしめた。


死ぬかもしれなかった戦いに、勝ったんだ。

たったひとつの命を賭けた、ギリギリの勝負に。


ステータスウィンドウを開く。


【種族:サハギン(幼生)】

【レベル:8】

【HP:26/26】

【MP:4/4】

【筋力:10】

【敏捷:12】

【知力:3】

【耐久:8】

【スキル:水中遊泳(初級)、噛みつき(初級)、水圧噴射(初級)、感知(初級)、硬鱗化(初級)】


筋力も敏捷も伸びている。

そして、新スキル──硬鱗化。


すぐに詳細を確認する。


【硬鱗化(初級):一定時間、鱗の硬度を高め、物理防御力を上昇させる】


(これも……強い!)


防御が上がれば、耐久戦もできる。

逃げるだけじゃない、正面からぶつかることだってできるかもしれない。


一歩一歩、俺は強くなっている。

確実に、着実に。


もう、最弱のサハギンじゃない。

雑魚でも、餌でもない。


俺は、進化する。


この海を、いつか手に入れるために。

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