第23話 できること
夜。
屋敷の居間にて、ガリアードレとミューゼア嬢、そして俺の三人は酒を飲んでいた。珍しく俺も飲みたい気分だった。
遣る瀬の無い気持ち、とでも言うのだろうか。
胸の内をキュッと締められたような感覚が、ずっと続いている。飲んでも飲んでも、それは胃の奥に流れていってくれはしないが、飲まないと渇きで酷い気持ちになっていく。
少なくともガリアードレは俺と同じような気持ちだったに違いない。
長らくの時間、俺たちは無言で酒を飲んでいた。
そんな中、言葉の口火を切ったのは、苦しげに笑ってみせたガリアードレだった。
「……なにも言えぬのぅ、あんな顔をされてしまっては」
そうだな、ともすぐに応じられず、俺はカップをあおる。
強い酒のはずなのに、酔わない。酔えないのだった。
「わしはな、ギリアムよ。あ奴に事情を聞いて、その上でライゼルへの移住を勧めるつもりじゃった。刺客だったとしても説得し、この町でやりなおせ、そう言うつもりじゃった。だがな、あんな目をされてしまうと、わしなどの言葉では到底ルナの奴を救うことは出来ぬと思わされてしまう」
俺も思い出していた。あのときのルナの顔を。
『だからお願いです、あの人のことを、教えてください』
そう懇願していたルナは、続くミューゼア嬢の言葉で絶望に満ちていったのだ。
『ごめんなさい』
とミューゼア嬢は顔を青くしながら言った。『本当に、知らないの』と。
答えることが出来なくてごめんなさい、と彼女は謝った。
『じゃあ、なぜ魔道具のことを知ってるの』
と問われても、ごめんなさい、としか答えられないミューゼア嬢は、肩を震わせていた。ずっとずっと、ごめんなさい、と言い続けていた。彼女の『予知』の話は、余人に話しても納得して貰える類のモノじゃない。だからミューゼア嬢は、ルナに謝ることしか出来ない。本当に『あの人』のことなど知らないのだろう。ルナの恩人である『あの人』とやらのことなど。
ミューゼア嬢が黙ったタイミングで、屋敷の周囲で遊んでいるらしい子供たちの声が、微かに地下室へと届いた。キャッキャと楽しそうな声、笑い声。――幸せそうな声。
ルナが自分の首輪を握り締めた。
「あの人がこの首輪をくれたとき『これで生きるチャンスが生まれるから』と言ってくれた。奴隷として逃げられない魔法契約の枷にもなるけど、生きてはゆけるって」
ぽそり、とした小声。
「ホントは自分の目で、この広い世界を見たかったんだけど、その未来は貴女にあげるね、って。あの人は言った。ボク、助かるんだって……思った。あの人が自分の代わりに死んでいくのに、ボクは自分が助かることに、どこか安堵を感じてた」
彼女にとって大事なモノでもある魔道具。
同時に彼女が奴隷である証でもある首輪。そこには彼女の、やりきれない思いが沁み込んでいた。後悔。罪悪感。自責の念。
ああ。と嘆息したルナの目か、凍てついてゆく。
「この町、……なんでこんなに幸福に満ちているんだろう。ボクには、そんなの眩しすぎる。ズルいや」
ボソリと呟いた。
『ねえミューゼア・セルベール、あなたも凄い幸せそうだよね。なのにあなたは、ボクになにも教えてくれない。絶対に知ってるはずなのにさ。ああそうだよ、魔族だけじゃない。この町にいる奴らは、全員ズルい。迫害なんかそしらぬ顔で、幸せそうに、楽しそうに、愉快そうに』
凍ってゆく目の中に、冷たい炎が宿っていた。
『妬ましい。妬ましいなぁ』
そう言っていたときの、ルナの目。
俺とガリアードレは、あの場にミューゼア嬢を長居させては危ないと思い、尋問を終えることにしたのだった。
そして今、俺たちはミューゼア嬢にも酒を飲ませている。
彼女は遠慮したがっていたが、あまりにも蒼ざめていたので、俺たちは半ば無理やり彼女にカップを空けさせた。
「どこかで会えていたのなら、どんなに話が簡単だったでしょうか」
呟くようにミューゼア嬢が言った。あまり酔いが感じられないのは、それだけ深刻な気持ちになってしまっているからに違いない。
「私の知識は薄っぺらいんです。ゲームで表現されている、上っ面の情報しか持っていない。アイテムの由来程度は知れても、どんな人がどんな思いでそれを持っていたのかなんてことまではわからない」
それは独り言だった。返事を期待したものではないことくらいわかる。
その証拠に、俺とガリアードレが沈黙していても、彼女の話は続いた。
「思えば、これまで私がしてきた『破滅回避』だって薄っぺらです。こうだから、ああすれば。ああなったから、こうしよう。必死なつもりになってただけで、全部ゲームの知識を利用してただけ。全然わかってもいないのに、わかってる気になってただけ。結局最後はセルベール家の力を削ぐ為に家族を裏切って……」
そう言えばミューゼア嬢は、家に迷惑を掛けて疎まれたからこんな辺境に嫁がされることになったんだっけ。
「……セルベール家の力を削ぐって。ミューゼア嬢は中央に居たとき、いったいなにをやらかしたのですか?」
「裏帳簿や闇社会との繋がりを示唆する書類を、ほうぼうにバラ巻きました」
――ブホッ。
俺とガリアードレは、同時に酒を噴き出してしまった。
「ゲホ! ゲホゲホ! なんてことを、ミューゼア嬢!」
「恐ろしいことしよるな、この娘!」
そりゃあ……、恨みも買っていることだろう。
公爵家である彼女の実家は、王よりも王らしく、黄金も王よりたくさん持つゆえ、一部では
そんな怖い相手に喧嘩を売ったのか。なんと恐ろしい話だ、公爵家から命を狙われているというのも仕方ない気がした。
一番の被害を被ったのが、彼女の兄であるエグドア・セルベールだったという。
謀略を幾つも抱えていた彼は、ミューゼア嬢のせいで王や周囲の有力貴族からここぞとばかりに糾弾されたらしい。
ミューゼア嬢が大辺境であるライゼル領に嫁ぎに来たのは、周辺貴族が発案したセルベール公爵家に対するイヤがらせだったが、エグドア・セルベールも乗り気で賛同したのだとかなんとか。
「私、エグドア兄さんたちが魔族を奴隷に使って悪いことをさせてることを知っていました。その中には、ルナさんより小さな子供すら居たことも。そんな子たちを、使い捨てのように扱っていたことを知っていました」
「……だから、ミューゼア嬢は自分の家の告発を?」
「いえ」
自嘲気味に笑うミューゼア嬢。
「これは、言い訳です。実際のところ私は破滅したくない一心、……私の都合で告発しただけに過ぎません」
「のぅミューゼアよ」
ガリアードレが酒を注ぎ足しながら首を振った。
「それでもお主は、奴隷である彼女たちのことを心のどこかで考えながら告発をしたのじゃろう? あまり思い詰めるな、きっと主の行為で救われた弱き者もおるはずじゃ」
「そうでしょうか」
「そうに決まっておる。感謝するぞミューゼア、我が同胞のことを気に掛けてくれて。魔族の王として、わしはお主に礼を言う」
実際はどうであったか、俺たちに確かめる術はない。
だけどそうだと信じたい気持ちは理解できた。力を付けよう。目に見える範囲を、見えて来た範囲を、少しづつでも変えていける力を。
「ミューゼア嬢、貴女は貴女のために行動しただけ、と言う。でも、その横で幸せになれた人が居たかもしれない。居るかもしれない。少なくとも、俺たちやライゼルは貴女の行動のお陰で幸せになっていけてる」
やれることをやる。
それだって勇気が必要なことなんだ。俺は彼女を凄いと思っている。一緒に歩むことができることが、誇らしいと思っている。
そう言って励ました。もちろん本心からの言葉ばかりだ。
「ありがとうございます、ギリアムさま……」
「なーに、いざとなったら一緒にセルベール家をぶっ潰そう」
俺が笑ってみせると、彼女はテレくさそうに、この場で初めての笑顔を見せた。
「やめてください、あれは、その……、私も言い過ぎたと思っているのです」
「あはは。ほんとですか? とてもミューゼア嬢らしいと、今なら思うのですが」
俺たちが笑っていると、ガリアードレも乗ってきた。
「うむ。笑うのは良いことじゃ。大変なときこそ、笑っていきたいものじゃの」
「たまには良いこと言うじゃないか、ガリアードレ」
「わしは良いことしか言わぬ。出来ることを出来る範囲でやったなら、あとは笑って過ごすのが良い」
「違いない」
俺たち二人が笑っていると、ミューゼア嬢が一人、口元に手を置いてブツブツ言い出した。
「出来ることを、出来る範囲……?」
――ん。あの顔には見覚えがある。
確かあれは……ああそうだ、大黒魔石のことを調べるときに、書庫で考え事をしながら本を開いていたときの顔だ。
そしてなにかを思いついたように、俺たちに向かって笑顔を向けた。
「そうか、そうですよ……出来ることは、まだあるじゃないですか!」
「え?」
「あの魔道具――首輪を外せるようになる魔法が、あるかもしれないということです」
首輪を外せれば、奴隷の運命から離れられる。ルナは自由になれるはず。
彼女は興奮した様子でそう言った。
「そんな魔法、どこにあるのじゃ!?」
「この屋敷の書庫には、魔族由来の魔法書が色々とありました。魔族の古い魔法なんて、今の世で覚えている者なんてほとんどいませんし、ゲームでも魔族の魔法に関してはそこまで深く描写されてませんでしたから、私が存在を知らなくても不思議ありません!」
ミューゼア嬢の言葉に、俺とガリアードレは顔を見合わせた。
「私たちは書庫で魔法を調べ、ガリアードレさまは魔族領に帰っているデカールさまに魔法の通信鏡でお伝えください『強力な解呪の呪文を探してください』と」
俺たちは酔いが冷めやらぬ頭のまま、夜中にも拘らずさっそく調べ始めた。
そのまま寝食を忘れての調べもの。
『もしかすると、と考えて少し調べてみたのですがミューゼアさま』
と、魔族領に居るデカールから連絡があったのは三日ほど経った頃だ。
『アレをお使いになられたらよろしいのではないでしょうか?』
デカールは魔族に伝わる文献を調べ、いくつかの解呪事例を見つけたと報告してきた。そしてそれは、とある魔道具を使うことで実行できる。
「そ、そうか! すっかり忘れておった、アレがあったのじゃ!」
といってガリアードレは、俺が『魔族から借りたまま忘れてた』とある魔道具を手にし、
「確かにこれを使えば、あ奴の身から呪いを解いてやることができるやもしれぬではないか!」
そう言って歓喜した。
魔道具。そうそれは、以前この地から大黒魔石を排除するために必要となり、ガリアードレから借り受けていた魔族の『宝具』。
指輪の形に加工された古い骨片だ。ガリアードレは『原初の骨』と呼んでいた。古くから魔族たちに伝わる強力な『破魔の指輪』だという。
大黒魔石のときは、食べてしまったヴェガドが同化してしまっていたので使いようもなかったので、すっかり存在を忘れていた。
ミューゼア嬢もすっかり忘れていたようで、バツの悪そうな顔をしながら俺たちの方を見る。
「……考えてみれば迂闊でした。この宝具は黒魔石の強力な魔力ですらも中和して破壊可能にするほどの物です。他に使い道があって当然……ああ、これも私の知識が『魔族の宝具で大黒魔石は破壊できる』という表面上の物でしかなかったから」
「なんのミューゼアよ、お主のお手柄じゃて! お主が諦めずに方法を探そうと言ってくれたお陰なのじゃからな!」
そうだ。彼女が、まだやれることがあると発奮させてくれたのだ。
俺たちはそれを信じて頑張ったにすぎない。ミューゼア嬢の言葉がなかったら、この宝具のことは当分忘れたままだったろう。
「よしガリアードレ、ミューゼア嬢。さっそく試してみようじゃないか。首輪を外すだけであの子を救えるわけじゃないけど、それでも一歩前進できるはずだ」
俺たちが喜びながら地下室に向かうと、そこはもぬけの殻だった。
その日、――ルナは地下室から脱走していたのだった。
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