第17話 ライゼル領の繁栄と
ユーノスが、ベルクラウス商会の跡継ぎとして正式に認められてから半年が経った。
大手商会であるベルクラウスが大々的に取引を始めたということで、ライゼルは一躍の注目を浴びた。
特にレン草の特産地としての評判は一気に知れ渡り、旅商人たちがこぞって訪れる町となったのだ。
大きく市場価格を壊さないよう、レン草の売買には多めの税を掛けることにしたのだけれども、それでも売れる。おかげでだいぶ町の金庫が潤ったものである。
ユーノスは一度、こちらに顔を出しにきた。
彼の今の身分は『大旦那見習い』。ユーノスの父君を始めとした指折りの商人の下で、商人としての修行を積み直しさせられているらしい。
「いやもう、修行というよりはシゴキだよ」
苦笑しながら頭を掻くユーノスだったが、やる気みなぎる表情から察するに充実した日々を送っているようだ。目の下に大きなクマこそ目立つものの、笑顔が力強い。こういう顔をしてる奴は、生きてることが楽しくて仕方ない奴ばかりなんだよな。
「ありがとう、ギリアムのお陰だ。俺だけでは絶対に、父さんを納得させられなかったと思う。感謝してるよ」
「勘違いするなユーノス。俺は俺で、自領の発展を目論んで、おまえに力を貸しただけなんだからさ」
「だとしても、だよ」
嬉しそうに目を細めて、ユーノス。
「実はさ、あれから父さんも調子が良さそうなんだよ。医者が驚くほど動けるようになって、毎日俺を鍛えてくれてるんだ」
へえ。
やる気や希望が病魔を退ける。そういうケースは稀にあるらしいが、まさかこんなところで目にする事になるとは。
よかったじゃないか、いい話だ。身内が心血注いで自分を鍛えてくれる、それは凄く贅沢で、幸せなことだろう。
「父君の心に火が点ったんだな。そりゃ生きているうちに一人前になって、是非とも喜ばせて差し上げないと」
「ああ。俺もそう思う、父さんを喜ばしてやりたいなってさ。その為にはコツコツと、ってね。ギリアム、よかったら協力してくれないかな」
「おう、いいぞー。俺に可能なことなら、なんだって」
「もちろん不可能なことなんて頼まないさ」
ニッ、と笑ったユーノスが持ち掛けてきたのはレン草の税率に関する話だった。ベルクラウス商会に対してだけ安くして欲しいという。
「代わりにウチが出せる条件は……」
「おい待ってくれ。税率とかそういう難しいことを決めてるのはミューゼア嬢とセバスだ。俺にそんな話をされても!」
「分かってるよ。これからお二人と会う予定だから、ギリアムは俺の横に付いててくれればいい」
なるほどね、俺はもう同意している、という体にしたいのか。そうなるとあの二人も、ユーノスの提案を無碍にできないだろうからな。
「可能、だろ?」
にっこりと爽やかに笑いながら、ユーノス。
うーん、商人ぽい。愛嬌ある笑顔がズルいんだよな、父君に鍛えられた結果なのか天然なのか。思わず苦笑してしまう俺だった。
「わかったよ、父君への回復祈願だ。手を貸してやる」
「助かるよギリアム!」
結局、そのまま話をうまく転がした彼は、セバスとミューゼア嬢との交渉を成功させて帰っていった。
しっかり商人としての成長を感じさせてくれた出来事だ。頑張れよユーノス、大きくなって、ウチも一緒に儲けさせてくれ。
さて。
この半年の間で、街道作りの為にライゼルへと出稼ぎに来ていた魔族は、その数を倍増させていた。
加えて旅商人の訪れが増えたので、宿泊移設を始めとした町の設備が全然足りていない。拡張の為に急いで施工を開始したが、とてもじゃないがライゼルの領民だけでは手が回らない。
なので、町の拡大工事にも魔族の皆に手を貸して貰った。
町中に魔族の姿が増えたライゼルは、旅商人たちにとってかなり奇妙に見えたらしい。最初はだいぶ怖がられていた気がする。
しかしガリアードレがリーダーシップを発揮してくれていたお陰か、人と魔族の間に目立った軋轢や問題は起こらなかった。それどころか、陽気なガリアードレを中心として領民との絆が強くなった気すらする。具体的には、祭りのような楽しい大騒ぎが増えた。
それらはだいたい突発的に起こる。
ガリアードレが突然に武闘大会を開いたり、魔法のコンテストを開いたり、広場を舞台いにやりたい放題だ。
ライゼルは、土地柄というべきか案外腕自慢が多いので、この手のイベントはすぐ盛り上がる。魔法コンテストはこれまで行われたことがなかったが、魔族がライゼルに持ち込むようになった『魔道具』のお陰で、少しづつ流行りだした。
魔法が使えない者でも、魔道具の力を借りると魔法が使える。
人間の社会にもあるものだったが、どうやら魔族たちの作る魔道具は、こちらで流通している物よりも質が高い。
魔法コンテストという突発イベントのせいもあって、この話題は商人たちの間を駆け抜けた。あっという間に『魔道具』はライゼルの特産品となったのだった。
彼らが買い漁るので魔道具の値段は高騰気味、ライゼルの領民が手に入れにくくなってしまったので、そこだけは皆ちょっと不満そう。
まあこれは仕方ない。良い物は皆欲しがる、皆欲しがる物は、どうしても値が上がってしまうのだ。
夏が過ぎ、収穫の秋が来た頃には、パパラ米もよく売れた。
これも魔族領が主な栽培地で、人の土地では珍しい品種なのだ。
一般的なお米よりもモチモチしており、炊いた場合にふっくらとなる。魔族領やライゼルでは、主食。オカズと一緒に口に入れて食べることが推奨されており、味つけの濃い物とは特によく合う。
「な、なんだこの食感は!?」
初めてライゼルを訪れた商人がパパラ米を口にすると、だいたいこういう反応を示す。モチモチのお米を口いっぱいに頬張りながら、味の濃い漬物や味付け肉を食べると、食が止まらない。
皆、目を丸くして驚くのだ。
――美味しい! と。
「それはよかった。じゃあ次は、この食べ方でどうですか?」
広場で店を立てる領民は、旅の商人に二段構えでパパラ米を食べさせる。
この二種目の食べ方は『ドンブリ飯』と言い、ライゼルでもつい最近広まったばかりの大人気料理だ。
考案者はミューゼア嬢。
深い椀に炊き立てのパパラ米を盛り、その上に甘辛タレと一緒に煮た揚げ鳥と、軽く火を通したトロトロ状態の卵を乗せる。
タレが米に染みわたり、卵も優しく米を包む。甘すぎず、くどくなく、優しい味。
これがウマい。マジでウマい。
パパラ米を食べ慣れた俺たちが食べても、それは衝撃的なウマさだった。ミューゼア嬢に、どこでこんな食べ方を知ったのかと聞いても言葉を濁すだけ。ただ彼女は、
「パパラ米を初めて食べたときから、絶対これが合うと思っていたんです。ほんと懐かしい味です、美味しい」
と、不思議なほどウットリとした顔で、『ドンブリ飯』を食したものだった。
まあわかるよ、これは本当に美味しい。官能的とすら言っていい。食べることが楽しいと、領民たちにも大人気。旅商人たちも当然。
「ンマーイ!」
皆声を揃えて飛び上がる。
この秋、パパラ米も飛ぶように売れていったのだった。
そして今は冬。
積もる事こそ多くはないが、ときおり雪も降る季節。
旅商人は、それでも減ることはなかった。
広場は今日も熱気に満ちている。ガリアードレが今日興じているのは、ドンブリ飯の大食い大会。あいつにもちゃんと給金を支払っているのだけれども、せっかく高額を渡してもすぐに使い切ってしまう。この大食い大会の出資者はガリアードレなのだ。
「に、二十四はーい!」
大食いードレとでも呼んでやろうか。小柄な肉体のどこにあんな飯が入っていくのか、わからない。デカールが先に魔族領に帰った今、大食い大会でも武闘大会でもガリアードレの無双状態だ。
武闘大会では最近審査員に回ることが多くなった分、大食い大会を企画したようだけれども、この分だと大食い大会でも審査員側に回る日はそう遠くなさそうだな。
大会の喧騒を聞きながら、商人たちは広場の端で売り物の魔道具を吟味する。
ライゼルはより活気のある町になった。
ユーノスのお陰もあるが、もっと根っこのことを言うならば、これらは全てミューゼア嬢がこの土地に来てくれたお陰だと、俺は思っている。
「おつかれっす、ギリアムさまー。お水どうぞー」
「ああ。ありがとう、丁度喉が渇いていたんだ」
町娘から水を受け取る俺。
「……ギリアムさま、すっかり女性恐怖症が治ったみたいっすねー」
「そうみたいだなぁ」
「なに他人事みたいに言ってるんスか」
町娘が苦笑する。
仕方ないじゃないか、なんかいつの間にか治ってたんだもの。自覚がない。
「ミューゼアさまのお陰なんでしょうネ。お熱いってもんです」
「やっぱりそう思うか?」
「思うかもなにも、それ以外にあり得ないじゃないッスか」
俺と町娘の視線の先で、ミューゼア嬢が大食い大会の手伝いをしていた。
俺たちの視線に気がつくと、遠くから小さく手を振って笑う。ガリアードレほどじゃあないのだろうけど、彼女も祭りの類が大好きだ。時間があるときは、よくガリアードレの手伝いをしている姿を見掛ける。
「ミューゼアさまは、この町に色々なモノをもたらしてくれたッスよ。ありがたや、ありがたや」
両手の平を組んでミューゼア嬢を拝む町娘だ。
確かにな。ミューゼア嬢がキッカケをくれたんだ、町が変わっていくキッカケも、俺が変わっていくキッカケも。
「はは、そうだな。ありがたや、だ」
俺は町娘に礼を言いコップを返すと、ミューゼア嬢の方へと走っていった。
たまには俺も、ガリアードレの奴に『挑戦』してみるか。その大食い勝負、乗った!
「おーっと、ここで領主のギリアムさまが飛び入り参加だー!」
司会が盛り上げていく。よーし、負けてられないぜ。
「ふはっ! ギリアムよ、わしに大食いで挑んでくるか!」
「たまにはおまえの舞台で挑戦してやるよ。簡単に勝てるとは思うなよ!?」
『いっぱいめー!』
コールと共に、ドンブリ飯が即席テーブルの上に置かれた。給仕をしているミューゼア嬢が、俺に向かって笑顔を向けた。
「頑張ってくださいね、ギリアムさま」
「見ていてくださいミューゼア嬢、俺の胃袋の強さってものをね!」
たぶん今、ライゼルは幸せで、――幸福だ。
◇◆◇◆
中央。セルベール公爵領首都、アークナイツ。
寒々しい冬の景色を窓の外に眺めながら、一人の青年が部下からの報告に目を細めた。
「なに……? ライゼル領が、商人たちの間で評判だと!?」
長い金髪に翠の瞳、切れ長の目にはまつ毛が長く、男性とは思えぬ美貌を有している。どことなくミューゼアを思い起こさせる容姿を持ったその男の名は、エグドア・セルベール。ミューゼアの兄だ。
「どういうことだ。あの地は魔物だらけの不毛ではなかったのか!」
「そ、それが……どうしたことか魔物が討伐され、今やレン草を名産とした一大市場になっているとか」
「バカな! 私は不毛の地だと聞いていたから彼の地にミューゼアを追放したのだぞ!? これでは追放どころか、あの妹に力を与えてしまっただけになるではないか!」
「は……っ。申し訳ありません」
「謝って済む話か!」
頭を垂れるしかないとばかりに、部下は深々と頭を下げ続けた。
エグドアは美貌を鬼の形相として怒鳴りつけ続ける。
「ミューゼアは我が公爵家を裏切ったのだ、辺境でボロ雑巾のようになって死んでゆくのが似合いだったというのに……!」
握った拳に血管が浮いている。どれだけ力を込めているのか、この手はワナワナと震えていた。
「あの妹は昔から異常だった。妙に災厄を言い当てたり、秘密であるはずのことを知っていたり……。それでも家の為に尽くしているうちは、奇行も多めに見ていたのだ。それがまさか、恩を仇で返すようにセルベールの暗部情報を外にぶちまけて我が公爵家を危険に晒した」
「…………」
部下は頭を下げ続けるしか出来ない。
なにか言葉を挟めば、エグドアの癇癪がこちらに向くことを知っていた。
「あの不気味な妹め、ライゼルでまたなにかをしたとでもいうのか……? おい、その辺の調べはついているのか!?」
「も、申し訳ございません。まだそこまでは……」
「バカ者が! 動け、報告の前にさっさと動け! ライゼル領とミューゼアのことを、さっさと調べろ!」
「はっ! さっそく」
勝手に動けば動いたで癇癪が爆発するのだ。
『仕える』というのは本当に大変なものである。しかし何代も前からセルベール家に仕える家の出である彼に、選択の余地はない。
「可能なら、ミューゼアを抹殺してしまえ!」
――ライゼル領に、暗雲が近づいていたのだった。
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