第13話 全ての道は
街道を整備してゆく。
監督をするのはフリューゲント商会が連れて来た職人……ではなく、ミューゼア嬢。
これには俺も驚いて、どういうつもりなのか彼女に訊ねた。彼女が言うには、なんでも試してみたい工法があるらしい。
よくわからないが、よくわかった。任せよう、うん。
まずミューゼア嬢は、最初の二週間を掛けて『測量』をした。
彼女が言うには、
「この世界の地図は正直あまりアテになりませんので」
とのことらしい。街道をなるべく真っすぐにするため、正確な地理の把握をしたかったという。現在の街道は、多かった魔物との遭遇をなるべく回避する為もあって蛇行していたという事情もある。
ガリアードレ配下の魔族に、短い時間ながら空を飛べる魔法の使い手が居たのが幸いしました、とミューゼア嬢は喜んでいた。なにやら地上からの複雑そうな計算と、空からの確認とを織り交ぜることで、予想していたよりも楽を出来たとのこと。
完成した新しい地図を見たガリアードレが声を上げた。
「なんじゃこれは、今までわしが使っていた地図と、だいぶ異なるようじゃが」
ほんとだ。山の形や川の有りようが、ウチに伝わる地図とも違っている。
ミューゼア嬢が作ったという地図に比べて俺の知っている地図は大雑把だし、土地の形も少し違う。
「ミューゼア嬢。これ、どうやって作ったのです?」
「三角測量――いえ。ええとそうですね、実家である公爵家に伝わる秘伝の方法を使いました」
さすが公爵家のご令嬢といったところか。俺たちの知らない知識を持っている。
ガリアードレも感心したらしく、舐めるように地図を見ていた。
「うーむ。どう思うかの、デカール」
「今は判断の材料がありませんな」
「ふむ」
「ですが、これから作業を進めていけばこの地図が正しいのか、自ずと知れてくるのではないかと」
「それもそうじゃな」
ガリアードレはミューゼア嬢に向き直って頭を下げる。
「済まぬのミューゼア、あまりに見事な地図すぎてビックリしてもうた。なにせ正確な地図とは国の宝。良いのか? わしらにこのような情報まで提供して」
「これから一緒に作業をする仲間です。ふふ、それに」
ミューゼア嬢がクスリと笑って俺の方を見た。
「ギリアムさまが何も仰らないのです。問題なんて一つもないかと」
え、俺?
突然なぜに俺?
「確かに。この男は昔から、妙なところで器が大きかったものじゃ」
ミューゼア嬢、ガリアードレ、デカール。
三人が申し合わせたように俺をみる。お、おい、だからなんで俺!?
「ギリアム。お主とミューゼアの信頼を裏切らぬことを、わしは誓おう。この仕事、全力でやり遂げる」
「あ、はい」
いや助かるけど。これどういう展開?
えー、あー、んー。
……ああそっか、正確な地図があれば
まあ俺はガリアードレのことを信頼してるし、結果はオーライだ。
もし奴が再びウチと
俺も奴も変わったんだ。……って、んんん?
そういやミューゼア嬢の予知の一つでは、ガリアードレが魔族の王として人類を滅ぼす可能性もあったとか言ってた気がする。
俺が変わり、奴に勝ったことで、奴も変わったんだよな。
ミューゼア嬢の影響力、実は凄いんじゃない?
俺は不意に鋼黒竜ヴェガドの言葉を思い出した。
世界を破滅から救う、予言の巫女。奴はミューゼア嬢のことをそう呼んでたっけ。
あのときはなんのこっちゃと思っていたけど、もしかすると本当のことなのかもな。
……奴の声が聞こえたような気がする。いや幻聴だろうけど。
うるさいよ、守るって。ちゃんと彼女を守る。
そのためにも。
「ウチの領地開拓が大事ってことだ」
「お、おう? そうじゃな? どうしたのじゃ急に」
あ、いや。
「すまん、なんでもないガリアードレ」
苦笑で誤魔化す俺。
もし鋼黒竜ヴェガドの言うことが本当なのだとしたら、なおさらこの開拓を頑張らないとな。ライゼルを大きく育てることは、公爵家の脅威からミューゼア嬢を守ることにも繋がるんだから。
◇◆◇◆
『正確な地図』に沿って、俺たちは商業都市ポルトガに繋がる大街道まで一直線に道を作り始めた。時間があるときは俺も魔族たちと一緒に臨時宿泊所で寝泊まりしつつ、工事を手伝う。
ミューゼア嬢の提唱する『街道』は、なかなかに大変そうな作りをしていた。
商人の荷馬車が行き違えるだけの幅がある広い車道と、その両脇には人が通るための歩道。雨が降ってもグチャグチャにならないよう、排水路となる側溝まで設けてあるのだ。
さらに極めつけは、大きさの違う石や砂を三層仕立てで敷き詰めた路面。
水はけを重視したその道路は、正直見たことないくらいに高度なものだった。
都会ではこんな道が普通なのだろうか。
そんな疑問を俺の代わりに訊ねてくれたのはガリアードレだった。
「ミューゼアよ、中央の都ではこのような道が当然なのかの?」
「いいえガリアードレさま。これはローマ式の街道……ああいえ私が考案した街道で、たぶんこの世界では初の試みではないかと思います」
世界初だって!?
おいおいなにそれ。さらっと凄いこと言ってないか。
「そうか、ちょっとホッとしたのじゃ。もしこれが人の世の普通であったなら、わしは正直ひっくり返っておったわ。人間の文化、恐るべしと」
「予算はフリューゲント商会持ちなので、ちょっと凝ってみようかと」
おお、可愛そうなのは商人か。
凝り性の現場監督は、きっとどこの世界でも金食い虫なのだ。レグノア・フリューゲントの青ざめている顔が目に浮かぶ。
「だがミューゼア殿」
と、この場で一番働いている身長三メートルの巨漢デカールが、道に敷き詰める為の石をたくさん抱えたまま言った。
「この凝りようを続けていたら、街道完成など夢物語ではなかろうか。工事を開始してそろそろ一ヶ月半、まだ我々はライゼルの町が見えるところ程度までしかこの道を伸ばせていない」
そうだ。その辺はどうするつもりなのか。
彼女は二ヶ月ほどで、商人たちの反応があるはずだと言っていたが。
「いえ。むしろこんなに伸ばせたと驚いておりますデカールさま。たったの10人と言えど、さすがは魔族の中でも高い能力を持った方々。ですがそうですね、ここから先はとりあえず大雑把に形を成した街道作りに変更していきましょう」
「ん? このままこの形式の街道を伸ばしていくわけじゃないんだ?」
思わず俺も訊ねてしまった。
「はい。ここまでは、この街道を通るであろう商人たちにライゼルの存在感をアピールする為のモノです」
「どういうことです?」
俺の問いにミューゼア嬢は、ふふ、と笑った。
「人は家に入るとき、まず玄関を見るのですよギリアムさま」
そしてその第一印象が、その後の反応に根強く影響するのです。――と。
彼女は続ける。
「この街道はライゼルの玄関です。この道を通るとき、商人たちはきっと思うことでしょう。『なんか凄そうだぞ、この町は』と」
「つまり……ハッタリ?」
俺がそう反応すると、何故かミューゼア嬢は突然無の表情で。
「はい。まあ、そうなのですが」
言った途端、うな垂れてしまう。あれれ!?
いや! 別に俺は、あなたの発想をクサしたつもりはなくて! むしろ、よく考えついたな、と!
「……いけませんね、商売のことを考えると卑しいことをつい考えてしまいます。そうですね、確かにこれはただのハッタリでしかなくて。別に誰のためになる、という話でもなくて」
「いやいや、良いのですよミューゼア嬢! 商売には外連味も大事と聞きます。ここはひとつ、ドーンと胸を張って!」
「……はい。どーん、どーん」
なんてこった。ミューゼア嬢が壊れてしまった。
横を見ると、ガリアードレが俺に非難の目を向けていた。責任取れよ、と奴の目が語っている。そ、そんなことを言われたって! いや言われてないが!
「ド……ドーん!」
俺は最初は小声で。
「ド、ドーン!」
次は少しトーンを上げて。
「ドーン!」
と大きく。ミューゼア嬢が俺の方を向く。今だ。
「ね、ミューゼア嬢、俺が本当のドーンって奴を見せてやりますよ」
「……は?」
俺はスコップを振りかぶった。そして。
「
地面を叩きつける。
「
叩きつける。
「
街道を伸ばしていく予定のルート上を、ガムシャラにスコップで叩きつけた。
土砂が舞い、砂が降ってくる。そんなことにお構いもなく、俺は先へ先へと「
「す、すご……」
ミューゼア嬢が呆然とした顔で呟く。
「ひひ、やるのぅギリアム。ならわしも」
ガリアードレがニカッと笑いながら巨大な鉄篭手を右手に装備した。そして声を上げる。
「ドーンドーン、なのじゃー!」
地面を叩き始めた。土が噴出したかのように埃立てる。
それを見て、デカールは部下の魔族に号令を掛けた。
「よし、皆散れ! ここから先一直線を、ドーンドーンしてくるんだ!」
「「「わかりました」」」
と魔族たちは散り、皆が皆、地面をドーンドーンと叩いたのだった。
――その結果。
「どうだろうかミューゼア嬢、一気に道馴らしが出来たと思うのだが」
俺は苦笑しつつ、彼女の元に戻ってそう報告した。
見渡すと一直線に、遠くまで。それこそ地平線に向かって、道の原型とも言えるものが出来ていた。
「バカですね、ギリアムさまは」
彼女は笑う。
「……一気に仕事が進んじゃったじゃないですか」
夕焼けの地平に、大きくて広い道が一本。
どこまでも続いていたのだった。
◇◆◇◆
ポルトガに向かおうとしていたとある商人が、街道で馬車を引いていた。
地鳴りが凄かった。どこからともなく地響きがして、地面が揺れていた。
恐ろしくなって、馬車を止めてその日は野営。
本当は急いでポルトガに着きたかったところなのだけれど、馬が怯えて身動きが取れなくなったのだ。何故なら今も地響きは続いている。
陽が落ちた月夜、この時間になっても地面は揺れていた。
商人は不安で仕方ない一夜を、ほとんど眠れずに過ごした。
だけどどこかで疲れが襲ってきたのだろう。気がついたら朝になっていたのだ。
昨日の地響きが嘘のような静けさ。
本日は快晴。馬も機嫌を戻し、これなら大丈夫とポルトガへの街道を進んでいくと――あれ? なんだろう、見たこともない道の分岐が。
なにかで叩いて鳴らしただけの、まだ荒々しい、道とも言い切れぬような、その道。
だけど男は、そのヘンテコな道に、妙に惹かれた。
ポルトガへの進路を変更し、その道を進むことにしたのだ。
こうして魔物が減ったあと初となる旅商人が、ライゼルへと向かっていく。
それはギリアムたちが街道工事を始めて、一ヶ月半が過ぎた頃のことだった。
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