第43話

フィンの研究室に入った瞬間、空気が変わった。


紙とインク、乾いた革表紙と封じられた魔力の匂い。

それは、戦場の空気とはまったく違う。けれど確かに“知の戦場”だった。


「戻ったか」

本の山の奥から、フィンが現れた。


カイルは無言で、持ってきた封筒を差し出す。

術式札、補修片、そして崩れた制御核の断片。


「……ありがたい。予想より早いな」

フィンはそれを受け取り、手袋の指先で丁寧に扱いながら光にかざす。


「制御構文だな。しかも、ただの継続じゃない。“連動”が前提の設計だ」


「つまり、どこか別の場所と繋がっていた」

カイルが静かに応じる。


「可能性は高い。複数の設備が“同時稼働”する設計思想……これは、封印よりも“管理”に近い」


「うわ……またそういう面倒くさい言い方する」

ソファにだらりと座っていたセラが、頭の後ろで手を組んで言った。


「わかりやすく“一件落着”とはいかないのかねぇ」


「残念ながら」

フィンは微かに笑いながら、術式片を脇に置く。


「これ単体じゃ動かない。ということは――動かすための“本体”が、どこかにある。

君たちが止めたのは、あくまで“出力端子”のひとつにすぎない」


セラが苦い顔をする。


「それ、つまりまだ終わってないってことだよね……」


「だが、確かに“次への道”は見えた」


そう言ったのは、部屋の隅で黙って話を聞いていた少女――エナだった。


彼女は小さなノートを膝に開き、何かを必死に書き留めていた。


「……やっぱり、この術式、補助系の魔道具制御にも応用できそうな気がして」


「お。ちゃんと見てるじゃないか」

フィンがわずかに驚いたように笑う。


「君の視点は魔道具寄りだが、だからこそ“本来の使い方”に近づける。

この構文を強化に使ったのは、むしろ応用の歪みだ」


エナは顔を赤くしながらも、うれしそうに頷いた。


カイルはそのやりとりを見ながら、口を開いた。


「俺も、ちょっとだけ“見えた”ことがある。……あのゴーレムの踏み込み」


セラが顔を上げる。


「動き、何かわかったの?」


「硬化じゃない。でも、あれは“流し方”だった。

重心移動と魔力の加速――いままでは“形”で見てた。でも、今は“流れ”が見える」


「観察の精度が、上がってるってことか」

フィンが静かに言う。


フィンの机に資料をまとめ終えたあと、

カイルが小さくつぶやいた。


「ギルドへの報告、どうしますか」


「……私も同行しよう」

フィンは即座に言った。


「これは学術の範囲を超えつつある。現場の危機として、ギルドの判断材料にもなるだろう」


その言葉に、カイルも頷く。

セラは「それならちょっと安心かも」と肩を回した。


エナも小さく「ついていってもいいですか」と尋ね、フィンは静かに許可を出した。



ギルドの応接室。

マスターは資料をめくりながら、フィンの説明にじっと耳を傾けていた。


「なるほど……魔力炉の設備を利用していた可能性があると」


「はい。再稼働ではなく、“止めないように保っていた”。

術式の構造から見て、単発ではなく“連携”を前提とした設計です。

つまり、これは“偶発的な目覚め”ではない。“仕組まれていた”と考えるべきです」


フィンの声は冷静で、重かった。


マスターは腕を組み、ゆっくりと息を吐く。


「……事が大きくなってきたな。

ここまでの連動設計……もはや地方の盗掘者や闇術師の仕事ではない」


「加えて、戦闘用に調整されたゴーレムの存在も確認されています」

カイルが付け加える。


「防衛機構というより、管理と監視の“兵器”です。

……誰かが、残していた」


「わかった」

マスターは資料を閉じると、静かに言った。


「引き続き、この件に関してはギルドとして正式に追跡を進める。

そして、君たちには改めて――次の調査任務を依頼することになるだろう」


「……了解しました」

カイルが軽く頷いた。


そのやりとりの横で、エナがメモを取っていたが、ふと顔を上げて言った。


「何かを守ってた……って、私、思ったんです。

あの炉も、ゴーレムも、攻撃っていうより“持ちこたえる”ような作りで。……もしかしたら、まだ“何かを閉じ込めている”可能性も」


フィンが目を細め、マスターが驚いたように彼女を見た。


カイルも、わずかに眉を上げてエナを見つめる。


「……面白い視点だな」

フィンがぽつりと言った。


その場に、ほんの少しだけ、次に繋がる空気が流れた。

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