第32話
カルー村までの道のりは、思った以上に静かだった。
だがそれは、決して安心できる静けさではなかった。
木々のざわめきの合間に、風の流れとは異なる微かな気配が混じっている。
「気を抜かないで。何かいる」
セラが小さく呟く。
カイルも頷き、腰の剣にそっと手を添えた。
やがて、曲がりくねった小道を抜けた先、開けた草原の端に異変は現れた。
何かを引きずったような跡。踏み荒らされた草。微かに漂う血のにおい。
「……最近の痕跡だな。多くて3日、いや、昨日か?」
カイルがしゃがみ込み、地面の様子を観察する。
セラは少し離れた茂みに目をやり、視線を鋭くした。
「足音が二つ……いや、三つ。低くて速い。来るよ」
その瞬間、茂みをかき分けて二頭の魔物が飛び出した。
漆黒の体毛を纏ったウルフ系の魔物。
だが、それはカイルたちにとっては“確認すべき雑魚”でしかない。
「セラ、左を頼む」
「了解!」
ウルフが唸りを上げて飛びかかってくる前に、カイルの剣が一閃した。
無駄のない動きで魔物の喉を断ち切り、返す刀で振り払った血を地面に散らす。
セラも、踏み込んできた個体の動きを見切り、杖の先から放った光弾で目を眩ませる。
その隙に、俊敏な足さばきで懐に入り、横薙ぎの一撃で魔物を叩き伏せた。
「……片付いたね」
「この程度なら、問題なし。だけど……」
カイルは静かに魔物の死体を見下ろす。
「この距離で、ウルフが出てくるのはおかしい」
セラも頷く。「完全に、人里の近くまで来てる」
二人の目が合ったその時だった。
──ザッ、ザザッ……!
後方の小道から、複数の足音が駆けてくる。
カイルが素早く振り返り、剣に手をかける。
だが、現れたのは魔物ではなく、五人の若い冒険者たちだった。
「待ってください! 俺たちも行きます!」
先頭に立っていたのは、まだ少年の面影を残す剣士。
17歳ほどか。息を切らしながらも、その瞳には強い光が宿っていた。
「……君たちは?」
カイルが問いかけると、剣士の少年は胸を張って名乗った。
「リオンです! 俺たちはカルー村出身の冒険者です!」
その声に、セラの目が丸くなる。
「村の子たち……? じゃあ、あなたたちが……」
「はい! ギルドには登録してます。Dランクですけど、村を守りたいんです!」
リオンの隣に立つ、銀髪の少年が軽く手を挙げた。
「バルドとノアの双子、そしてマルルとエナ……俺たち、みんなで来ました!」
五人の若者たちが一歩ずつ前へ出てくる。
バルドは無言で力強く頷き、ノアはその横で「もう、また黙ってんのー!」と肘でつつく。
マルルは落ち着いた瞳で周囲を見渡し、エナは静かにセラを見て一礼した。
「まっすぐだね、みんな」
セラがぽつりと呟く。
カイルは数秒黙った後、柔らかく笑った。
「……気持ちは受け取った。けど、ここから先は危険だ。自分たちの力を、冷静に判断できるなら、ついてきていい」
「もちろんです!」
リオンが力強く答える。
その返事に、バルドが小さく拳を握り、ノアは元気よくガッツポーズを決めた。
「よし、じゃあ……まずは一緒に村の様子を確かめよう」
カイルは剣を鞘に収め、歩き出す。
その背中を、新たな5人の影が、力強く追いかけた。
カルー村の手前、小高い丘の上で一行はひとまず足を止めていた。
村の屋根が遠くに見えるが、まだ警戒は解けない。魔物の気配は周囲に残っており、油断できない状況だ。
雑木林の中を抜け、少し開けた岩場で短い休憩を取ることにしたカイルたちは、同行するカルー村出身の若いパーティに視線を向けた。
「そういえば、名前ちゃんと聞いてなかったね」
セラが水筒を手渡しながら、にこりと笑った。
「あっ、はい! 俺たち、自己紹介させてもらいます!」
一歩前に出た剣士の少年が、胸を張る。
「俺はリオン。カルー村生まれ育ちの17歳です。剣一本で、村を守りたくて仲間とギルドに登録しました。……まだ未熟ですけど、どうかよろしくお願いします!」
まっすぐな声だった。やや緊張しているのが分かるが、その目は真剣で、何より仲間を引っ張ろうとする意思が伝わってくる。
「私はマルルっていいます。えっと……魔法が得意で、古い本とか好きです。遺跡とか封印術にも興味があって……あ、喋りすぎてたらすみません」
15歳のマルルは、小柄でおっとりとした話し方だった。胸元には自作の魔法符らしきものが下がっており、研究熱心な雰囲気がにじんでいる。
「……バルド」
低く、短く名乗ったのは、筋肉質な体格の少年。無言で拳を軽く握って見せるだけだったが、言葉よりも強さが伝わる不思議な存在感があった。
「って、また黙ってんの!? ほんっと無口なんだから!」
その横で明るく声を上げたのは、どことなく少し似た顔立ちの少女だった。
「ノアだよ、バルドの双子の妹! 弓を使ってるの。バルドのサポートは私の仕事だから、そこは任せて!」
バルドが微かに照れたように視線を逸らし、ノアが得意げに胸を張る。双子とは思えないほど性格が真逆だが、息の合い方は抜群に見えた。
「私はエナといいます。回復と支援魔法を使います。……あまり話すのは得意じゃないんですけど、皆さんの役に立てるよう頑張ります」
控えめな声で話したエナは、15歳ながら落ち着きのある印象で、仲間たちをさりげなく見守っている様子が頼もしい。
「……いいパーティだな」
カイルがぼそっと呟いた。
「まっすぐで、まるで昔の私たちみたいだね」
セラが笑いながら肩をすくめる。
リオンたちはそれを聞いて少し頬を染めたが、誇らしげでもあった。
「リオン、仲間を大事にしてるんだね」
「はい。村の皆を守れるようになりたくて……でも、本当はまだ不安でいっぱいです」
「それでも来た。それだけで、十分立派だよ」
カイルの声は穏やかだったが、重みがあった。
リオンたちは一斉に背筋を伸ばす。自分たちの決意が認められたことに、目を輝かせていた。
「じゃあ、そろそろ村へ向かおう」
カイルは立ち上がり、腰の剣にそっと手を添える。
魔剣は静かに眠っている。
だが、何かが近づいている気配は確かにあった。
小さなパーティと、新たな仲間たち。
共に歩き出すその一歩が、やがて大きな戦いへと繋がっていく。
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