第8話

戦いが終わり、森に静けさが戻った。


カイルは、剣を引き、少女の前に立った。


 


銀色の髪、やせた体。

手には重そうな剣を持っていたが、その手は細く、今にも震えそうだった。


年は、カイルと同じくらい。もしかしたら、少しだけ年下かもしれない。


(どうして、こんな子が……)


カイルは、自然にそう思った。


 


「大丈夫?」


声をかけると、少女は小さくうなずいた。


「うん……助けてくれて、ありがとう」


声は少し掠れていたが、はっきりとした意思を感じる。


ただ、疲れと緊張で体は限界に近い。

何より、ここに一人でいた理由も分からない。


 


リュークとミリアが後ろから駆け寄ってきた。


「よかったな! 間に合って!」


「けが、してない?」


ミリアが心配そうに尋ねると、少女はまた小さく首を振った。


カイルは、そっと彼女を観察した。


 


(……この子、ただの一般人じゃない)


剣の持ち方、足の運び、戦い方。ぎこちなくはあるが、根本的な部分に”経験”のにおいがあった。

普通の子なら、こんな状況で立っているだけでも無理なはずだ。


だが、今は詮索する時じゃない。


 


「名前、聞いてもいい?」


カイルが尋ねると、少女は少し躊躇してから、答えた。


「……セラ」


 


「セラ、か」


カイルはその名を口にし、軽くうなずいた。


リュークが言った。


「よし、町まで一緒に戻ろうぜ!」


「うん! 無理に歩かなくても、俺たちが支えるから!」


ミリアも笑顔を向けた。


だが、セラはそっと顔を伏せ、そしてかすかに首を振った。


 


「私は、大丈夫。……一人で、行ける」


 


その頑なな態度に、リュークとミリアは戸惑った。


だがカイルは、何も言わなかった。


 


無理に引き止める気にはなれなかった。

この子には、この子なりの事情がある。

それだけは、何となく分かった。


 


「……分かった」


カイルは小さく言った。


「じゃあ、またどこかで」


 


セラは驚いたようにこちらを見た。

すぐに、ほんの少しだけ、顔を緩めた。


「……うん。また」


 


それだけのやり取り。


だけど、カイルの胸には、微かな引っかかりが残った。


この子は、普通の子じゃない。

それでも――なぜか、また会うような気がした。


 


リュークとミリアと一緒に森を後にしながら、カイルは心の中で思った。


(きっと、また)



森を抜け、町へ戻ったのは夕暮れ時だった。リューク、ミリア、そしてカイルは、ギルドの受付で討伐依頼の完了を報告する。小型魔物の討伐に加え、異変への対応も評価され、ギルドの職員たちから思わぬ高評価を受けた。


「お疲れ様! 新人にしては上出来だよ!」受付の女性が笑顔で言い、銀貨を手渡してくる。


報酬を受け取った後、カイルたちはギルド裏手の小さな広場へと移動した。そこに立つと、リュークがぽつりと口を開いた。


「なあ、カイル。お前、これからどうする?」


カイルは少しだけ考え、静かに答える。


「僕は、もう少し一人でやっていくよ。」


リュークは納得したように空を仰ぎ、「だろうな。お前、なんか違うもんな」と言った。


「え?」


「いや、悪い意味じゃねえよ。」リュークはにやりと笑う。「お前は、群れるより、自分で積み重ねるタイプだ。きっと、そういう奴なんだろうな。」


ミリアも柔らかく微笑み、「カイルくんは、きっと……すごい冒険者になると思う」と静かに言った。


カイルは、胸の奥がほんの少し熱くなるのを感じた。まだ何も成し遂げていないのに、そんな風に言ってもらえることが、素直に嬉しかった。


「ありがとう。二人も、きっとすごい冒険者になるよ。」


リュークが笑い、「へへっ、言ったな? いつか俺たち、冒険者同士で肩並べるからな!」と拳を握り、ミリアも「私も。だから、また必ず会おうね」と言って手を差し出した。


カイルも笑い、二人の手をしっかり握り返した。それは、まだ幼い約束かもしれない。それでも、確かに心に刻まれるものだった。


「またな、カイル!」


「またね!」


二人は手を振りながら広場を後にした。カイルはしばらくその背中を見送っていた。


 


町の灯りがともり始める中、カイルはギルド裏のベンチに腰を下ろした。


(僕は……)


手の中には、あの錆びた剣。そして、まだ名前しか知らない少女――セラとの出会いの記憶がある。


すべてが、始まったばかりだ。


(強くなろう)


誰かに認められるためじゃない。誰かを見返すためでもない。ただ、自分自身が、自分を誇れるようになるために。


カイルは夜空を見上げ、静かに誓った。


旅は、まだ始まったばかりだ。

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