第1話
この世界では、十歳になると“スキル”を授かる。
それは生まれながらに備わるものではなく、神の祝福として与えられる特別な力。
人によっては剣の才能、魔法の才覚、治癒や農業、さらには動物と会話する能力まで――
千差万別のスキルが存在し、それは一生変わらぬ“個人の特性”として生き方を左右する。
だからこそ、十歳のスキル授与の儀式は、子供にとっての人生の分岐点だった。
「いよいよ、明日だね」
夕焼けに染まるミルダ村の丘の上で、リアナがぽつりと呟いた。
栗色の髪を後ろで束ねた彼女は、村でも“しっかり者”と評判の少女で、カイルと同じく明日スキルを授かる予定だった。
「うん……楽しみだけど、ちょっと怖いかな」
カイルは草の上に寝転びながら、空を見上げて答えた。
「グライド兄さんみたいに、戦えるスキルがもらえたらいいなって思うんだ。僕も、いつか冒険者になりたいから……」
「ふふ、やっぱり英雄譚の読みすぎじゃない?」
リアナは笑いながらも、その横に腰を下ろした。
「でも、私も似たようなものかも。父さんや母さんの役に立てるスキルがいいな。家族のために、何かできる人になりたいって、ずっと思ってたから」
風がやさしく草をなで、村の鐘の音が遠くで響いた。
「ねえ、カイル」
「ん?」
「もし、“変なスキル”が来たら……どうする?」
「変なスキル?」
「たとえばさ、使い方が分からなかったり、誰にも役に立たないって言われたりするような……」
「……それでも、きっと、何か意味はあると思う」
カイルは少し考え込んでから、ぽつりと答えた。
「だって、神様がくれるんだよ? ただの遊びで授けたりしないよ、きっと」
その言葉に、リアナが目を細めて微笑んだ。
「うん、そうだね」
日が落ちて、村に灯りがともり始める。
二人はそのまま並んで歩き、夕闇の中を帰っていった。
* * *
朝霧の立ちこめるミルダ村の空に、にわかに太陽が顔を出した。
十歳の少年たちが、今日という日を迎える。
教会で神よりスキルを授かる――一生に一度きりの祝福の儀式の日だ。
「よし、行ってこい。転んで頭打つなよ」
木の戸を開けた父が、ぶっきらぼうに背を押してくる。
その隣で母リーネが、いつも通りのやさしい笑みを浮かべた。
「カイル、緊張しなくていいからね。何が来ても、カイルはカイルよ」
「うん……行ってきます!」
玄関を飛び出すと、小さな声が背中を追いかけてきた。
「おにーちゃん、がんばれ〜!」
妹のメイナが、小さな手をぶんぶんと振っていた。
カイルも少し照れながら手を振り返す。
(僕も……グライド兄さんみたいに、“戦えるスキル”をもらえたら……!)
二年前、同じようにスキルを授かったグライドは〈剣術適性〉を得て、村の訓練場でも一目置かれる存在になった。
十五になったら王都へ行き、冒険者ギルドに登録するのだと、堂々と語っていた。
広場を抜けた先、教会の前で、そのグライドが待っていた。
「お。来たな、カイル」
「グライド兄さん!」
グライドは革の胴着に村の鍛冶屋が打った模擬剣を腰に下げている。
目にかかる前髪を払って、いつものように笑った。
「ついにお前もスキル持ちか。緊張してねぇか?」
「してるよ。でも……すごいのをもらえるといいなって」
「ま、俺の剣術適性を超えるのは無理だと思うけどな?」
「むっ……僕だって、負けないよ!」
「ははっ、言ったな。楽しみにしてるぜ。俺は十五になったら王都のギルドに行く予定だからよ、お前も遅れんなよ?」
「うん!」
* * *
教会の中は、しんと静まり返っていた。
石造りの祭壇に立つ神父バシルが、手にした聖典を開き、低く祈りを唱える。
「次――カイル・ミルダ、前へ」
鼓動がどくん、と高鳴る。
カイルは深呼吸して、列から一歩踏み出す。
祭壇の前に立つと、バシル神父が銀の杖を掲げ、光を宿した。
「偉大なるルメリアの名において、祝福を――」
杖の先が淡く輝き、カイルの額に暖かな光が落ちる。
胸の奥がふわりと熱くなった。
「カイル・ミルダに授けられしスキルは――
一つ、〈具現〉。
二つ、〈観察〉。」
一瞬、空気が凍ったような静寂が落ちる。
「二つ!?」
「スキル二つ持ちだって!」
驚きの声が広がったが、それはすぐに微妙なざわめきへと変わる。
「具現って……あれ、モノを出すだけのやつだろ?」
「日用品くらいなら作れるけど、戦えないじゃん」
「観察? なんだそれ?聞いたことねぇぞ」
「誰でも観察くらいできるよなあ……」
ちらりと見たグライドの顔が曇っていた。
リアナは何か言いたげに唇を引き結んでいる。
けれど、誰も声をかけてはくれなかった。
(……みんな、がっかりしてる)
胸の中で何かがしゅうっとしぼんでいく。
さっきまでの期待が、嘘のように消えていた。
* * *
儀式が終わると、カイルは家族の元へ戻った。
母は何も言わずに、そっと手を握ってくれた。
「カイル、二つもスキルをもらえるなんて、素晴らしいことだよ」
妹のメイナがぱっと顔を輝かせる。
「おにーちゃん、すごいのもらったんでしょ!?」
祖父のバルンがにやりと笑い、背中をぽんと叩いた。
「力の価値は、見た目じゃない。使い方で決まるんだ。忘れるなよ、カイル」
その言葉に、胸の奥に小さな火が灯るのを感じた。
(……うん、僕は……)
拳をぎゅっと握りしめる。
(このスキルで、きっと誰よりも強くなってみせる――!)
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