第25話 名前を呼んで
夜の帳が下り、焚き火の炎がぱちぱちと静かに音を立てていた。
風が木の葉を揺らし、遠くで夜鳥の声が響く。
アイリスは、焚き火の向かいで眠る少年を見つめていた。
白銀の髪、透き通るような肌、そして眠っているその横顔には、確かに――かつての弟、ルークの面影があった。
「……本当に、戻ってきたんだね」
誰に聞かせるでもなく、ぽつりと呟いた言葉は、焚き火に吸い込まれるように夜の空気へと溶けていく。
ルークはまだ眠っていた。だが、眉のあたりが時折ぴくりと動く。まるで夢を見ているようだった。
アイリスは毛布をそっとかけ直し、その額に手を当てた。熱はない。けれど、その手に触れた体温が、今の彼が“生きている”という事実を何よりも強く伝えていた。
ふと、ルークの口元が動いた。
「……ねえ……さま……」
小さな声だった。でも、それは確かに――
「お姉さまって……呼んだの?」
アイリスは、思わず涙ぐみながらも笑った。
あのとき、森で初めて彼が発した言葉。それが「……あね」だった。
この子は、やっぱり私の弟なんだ――そう、確信した瞬間だった。
そのとき、ルークがゆっくりと瞼を開けた。
「……アイリス、姉さま……?」
はっきりとした声で、自分を呼ぶその名に、アイリスは目を見開いた。
弟は、確かに自分を覚えていた。記憶の奥底から、それが戻ってきたのだ。
「ルーク……! 本当にルークなの?」
彼女は思わず身を乗り出した。ルークは少しだけ困ったように笑い、首を小さく縦に振った。
「全部……とは、言えないかもしれない。でも……姉さまの声とか、手の温もりとか、ずっと心の中に残ってた気がするんだ」
アイリスは、堪えきれずに涙をこぼした。
これまでどれほどの時を、言葉も通じず、姿も違うままに過ごしてきたか――けれど、それでも想いは消えなかった。
「……ごめんね、ルーク。ずっと、一人にして……」
「違うよ、姉さま。ずっと、そばにいてくれた。姿は違っても、僕には……ちゃんと分かってた」
そう言って、ルークは小さな手をアイリスに伸ばした。
アイリスはそっとその手を取り、ぎゅっと握りしめる。
もう、二度と離さない。
「これからは……ずっと一緒よ」
「うん……」
二人の手が焚き火の光に照らされていた。
夜は静かに更けていく。だが、二人の心の中には、確かな希望の光が灯っていた。
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