第22話 再びこの手を

眩い光が収まると、そこには白銀の鱗を失い、淡い栗色の髪と柔らかな表情を持った少年が立っていた。


小さな肩、あどけない輪郭。そして何よりも、あの目――。

かつて弟だったルークが、そこにいた。


「……お姉ちゃん?」


震えるような声が、アイリスの名を呼んだ。


その瞬間、アイリスの目から大粒の涙がこぼれ落ちた。

嬉しさと、安堵と、喪失と……すべてが入り混じった感情が胸にあふれ、どう言葉を返せばいいのかわからなかった。


それでも、彼女は一歩、また一歩とルークに近づき、そしてその小さな身体を、ぎゅっと抱きしめた。


「ルーク……ルーク……っ、会いたかった……ずっと……!」


ルークもまた、アイリスの背に腕を回し、しがみつくように抱き返す。


「ごめんね……ぼく、たくさん泣いてた。さみしかった。でも……お姉ちゃんが、名前をくれたから、ぼく……お姉ちゃんの声、ずっと聞こえてたんだ」


その言葉に、アイリスの胸が再びきゅっと締めつけられる。


ルークは確かに、記憶を一部失った。

けれど、それでもなお、アイリスとの絆は――彼の中にちゃんと残っていた。


泉の水面に再び光が揺れると、精霊の声が静かに響いた。


『選択は完了しました。これより先、彼は人の姿を持って生きることになるでしょう。しかし、その身に宿る竜の力は完全には消えません。どうか、その力をもって、彼自身の道を選びなさい』


泉の光はゆっくりと消えていった。


アイリスとルークは静かにその場を離れ、結界の出口へと向かう。

森の中の風が、二人の髪をやさしく揺らした。


「ねえ、お姉ちゃん……これから、どうするの?」


ルークの問いに、アイリスは立ち止まり、空を見上げた。


追手はまだ遠くないだろう。精霊の泉に導かれたとはいえ、この世界に安息の地など、そう簡単には見つからない。それでも――


「これからは、一緒に逃げよう。……いいえ、違うね」


アイリスはルークの手を取った。


「一緒に、生きよう。今度こそ、ずっと」


ルークが笑う。その笑顔は、竜だった頃の彼にはなかったものだった。人の心を取り戻した笑顔。誰かと手を取り合う、未来のための笑顔。


「うん……! ぼく、お姉ちゃんと一緒にいたい!」


その瞬間、森の中に鈍い音が響いた。


――ドォン!


続いて地面が震え、大木が倒れ込むようにして崩れる。

アイリスはとっさにルークを庇い、身を伏せた。


「なに……!?」


「お姉ちゃん、あれ……!」


ルークが指差す先、木々の向こうに黒ずんだ甲冑がいくつも現れる。王国騎士団の紋章が刻まれた騎士たちが、馬にまたがり、森の中を進軍してきていた。


「精霊の泉が結界を閉じなかった……見つかったんだ……!」


アイリスはルークの手を強く握った。


「逃げるよ、ルーク! 今度は、もう絶対に離さないから!」


「うんっ!」


二人は走り出す。森の中を駆け、枝をかき分け、迫る足音から距離を取るように。


――そして、その背にはもう、竜の影はなかった。

けれど代わりに、ふたつの影が並んで伸びていた。


姉と弟。

失われた時間を繋ぎなおし、今、新たな旅が始まろうとしていた。


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