第5話 弟のしぐさ
その日、アイリスは木の実を集めるために、森の奥へと足を運んでいた。
葉の裏に隠れるように実る赤い実は、ほんのり甘く、ルークも気に入っているようだった。
「ほら、今日もたくさん採れたよ」
戻ってくると、ルークは丘の上で陽に当たりながら、目を細めて眠っていた。
竜の姿なのに、なぜかその寝顔には懐かしさがあった。
近づいて座り込むと、ルークの尻尾がぴくりと揺れた。
彼の鼻先に木の実を差し出すと、ゆっくり目を開けて、ぺろりと舌で舐め取るように食べた。
「……やっぱり好きだよね、これ。昔もよく、おやつに食べてた」
そう言って笑ったときだった。
ルークが、ごろんと横を向いて、前脚をくいっと折りたたんで寝転んだ。
「あ……」
アイリスの胸が、きゅうっと締めつけられる。
その寝方。
肘を曲げて、片方の頬を地面につけて眠るくせ――それは、弟のルークが子どものころ、眠るたびにしていた癖だった。
「やっぱり……やっぱり、あなたは……」
そっと手をのばして、鱗の上に触れた。
硬いのに、どこか温かくて、震えそうになるのをこらえながら手を握りしめる。
ルークは目を開けたまま、ゆっくりと彼女の手を見る。
その瞳に、なにかが宿っている気がした。
「聞こえてるんでしょう? ルーク……お返事、してよ」
小さな声でそう呟いたとき――
「……あね……」
空気が震えた。
確かに、それは言葉だった。
竜の口から漏れた、かすれたような、小さな声。
アイリスは、息を呑んでルークを見た。
「今、言った……よね? “あね”って……」
竜の目が、まっすぐ彼女を見ていた。
言葉の意味を完全には理解していないような、それでも彼女を呼びたいという強い意志を感じる視線。
震える手で、アイリスはその顔にそっと触れる。
「……ありがとう。聞こえてるんだね、ちゃんと、伝わってるんだね……!」
涙がこぼれる。けれどそれは悲しみではなく、ずっと心の奥で求めていた希望の証だった。
白銀の竜は、何も言わず、ただそっとアイリスの手に頬を寄せた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます